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「ここにいると目立つから、教室に行きましょう」

 苦笑くしょうめいた響きを含む水木の声に促されて、柊はすっと枝折の頬から手を離すと、難しくまゆをひそめて校舎へと歩き出した。中庭を横切ってそのまま建物の中に入っていく柊を見送りながら、棗は「決まり悪そう」と楽しげに呟く。

「先に行くよ、枝折ちゃん。また教室で」

 棗は枝折に手を振ると、軽い足取りで柊の後を追った。

「鳥海くん、楽しそう」

「あいつ、性格がひねくれてるから」

「仲よくないの?」

 突き放した水木の言い方が珍しくて、枝折は尋ねる。前に教室で言い合いをしていた二人は、和気藹々わきあいあいとした空気を作り出してはいたが、お互いの目は笑っていなかった。

「棗と? まあ……昔から馬が合わないのよねぇ。さあ教室に行こう、枝折ちゃん」

 少し意外そうな表情をしながら、水木はあっさりとわだかまりのないふうに言う。

「うん」

 枝折は水木の言葉に頷いて、水木と昇降口へと向かい始める。


 一年七組の教室に入ると、室内は閑散かんさんとしていた。

 廊下側に男子が、窓側に女子の席がはいされたクラスの中に、柊と棗の姿はなかった。

「柊たちが、いない」

 枝折は窓寄りの机に進みながら、先に校舎へ入った柊たちがいないことを不思議に思う。

「九鬼たちは、理事長室に行っているわよ」

「そう……」

 教えてくれた水木に相槌を打ちながら、朝はホームルームが始まる直前に柊が教室に来ていたことに気づく。

 彼が現れるとクラス内の空気が変わるから、見ていなくてもすぐにわかる。熱を帯びる女子たちの雰囲気と、警戒や恐れがじり、空気が張り詰める。

「枝折ちゃん早いよぉ。昇降口で待っててくれてもいいのに」

 教室内に入ってすぐ仁王立ちで佇む優美が、枝折たちに置いていかれてすねているのか、つんけんとした声を出す。

「ごめんなさい」

 神妙しんみょうに謝った枝折を見て、優美は「よし」と大きく頷く。

「優美、ここに突っ立ってると邪魔」

「は~い」

 希子に押し退けられた優美はあっけらかんと返答をして、自分の席に歩き出した。

「そう言えば、枝折ちゃんんちって親睦会に誰か来るの?」

「……親睦会?」

 席に座った優美から話題を振られて、枝折は優美に訊き返した。

「そう、今度の土曜日に。女子寮と男子寮それぞれで、新しく寮に入った生徒を歓迎するんだよ」

 希子の説明に「楽しみだねぇ」と声をはずませた優美が言葉を続ける。

「でも、男子とは別々にやるの。つまんなくない?! 合同でやればいいのに」

「女子と男子の寮が離れているんだから、物理的に無理でしょ」

 優美の不満に希子が素っ気なく指摘すると、優美は更に不満げな声を上げる。

「えぇ~」

 希子と優美のやりとりを、枝折は余所よそごとのように聞いていた。

「優美の家は両親来るの?」

「うん、昨日の夕方連絡が来た。枝折ちゃんの家は? 誰が来るの?」

 希子の質問に答えた優美が続けざまに、同じ問いを枝折に投げた。

「……まだ、聞いていない」

 親睦会に寮生の家族が来ることを知らなかった枝折はうろたえて、優美にぎくしゃくと返す。

「そう。希子の家は?」

「うちは来ない。予定があるんだって」

 希子たちの話を聞きながら、枝折は水木を見る。

「寮の親睦会って、家族も参加できるの?」

「そうよ。学校から自宅に案内が送られているわ。一度、寮での生活を見てもらえば、家族も安心するでしょう」

 自宅という言葉を聞いた枝折の表現が翳る。入寮した日の父の心配そうな、さみしそうな顔が浮かぶ。心配性の父がその案内を見たら、予定をなげうって来るだろう。

「枝折ちゃん――」

 枝折の異変に気づいた水木が呼びかけた時、「おはよう」と明るい声と一緒に、カルガモの行進のように女子生徒の集団が教室に入ってきた。

真木まきさんの家は、お兄さんが来るの?」

「そうなんだよ。土曜日は両親が仕事で来れないからって」

「お兄さんどんな人? カッコイイ?」

「えー、フツーだよ」

 期待のこもった女子たちの会話で、室内がぱっとにぎやかになる。

 クラスメイトが続々と登校してきたクラスが親睦会の話題で盛り上がる中、枝折だけが沈んだおもちでいた。

「ほら、席に着け。ホームルームを始めるぞ」

 チャイムが鳴り、担任教師が七組に姿をあらわすと、自分の席に移る生徒たちの中に柊と棗の姿があった。

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