31

「……雰囲気が悪くなるのは、私のせい?」

 女子寮の建物から出た枝折は、前を歩く水木の背中に前から懸念けねんしていたことを投げかける。


 食堂の、砂利を含んだような空気。

 クラスの女子たちの、きりきりと刺ささる視線。

 今までの、気味きみの悪いものを見る目つきと違う、生徒たちの眼差し。忌避きひではなく、もっと強い感情を枝折は感じ取っていた。


 水木は高校に通じる門に向かっていた足を止めて振り返った。

「そうじゃない、と言えば嘘になるわね」

「そう……」

 水木の返答に、枝折は心の中で「やっぱり」と納得した。

「別に、気にすることはないわよ。誰からも悪口を言われない人なんて、一人もいないわよ」

 ツキン、と胸が痛む。

 わかっていたことだけど、事実を突きつけられるとつらい。

「どちらかと言えば、九鬼に原因があるから」

「柊に……原因があるの?」

「あの見た目だから、女子たちに言い寄られるのよねぇ」

 水木は興味の薄そうな声音で答えると、この話題を切り上げるかのように歩き出した。

「……そう」

 水木の言葉にどう返したらいいのかわからないまま相槌あいづちを打って、枝折は水木の後を追う。


 柊に言い寄る女子生徒たち。

 彼が鬼だと知っても、態度を変えないのだろうか。


 女子寮から高校の敷地に入ってすぐ立ち止まった水木を、枝折は不可解に思いながら視線を前方に向けると、目を閉じて太い幹に寄りかかる柊と、彼に話しかける女子生徒の姿があった。

「相変わらずねぇ」

 あきれた口調で水木が呟くと、すぐ近くから同意する棗の声がした。

「九鬼だから、しようがないね」

 声が聞こえた方向を見ると、女子寮との境に並ぶ植木に沿って棗が歩いてくる。

「どこにいっていたの?」

「お邪魔虫だから、ちょっと退散してた」

 批判めいた水木の問いかけに、棗は面白おもしろそうに答えた。

「楽しそうね……それで、あれは誰?」

 棗から柊の方に視線を移して、水木が寒々さむざむとした関心のない声で尋ねた。

「二年の風波かぜなみ菜々子ななこ。そう名乗っていたよ」

 棗の言葉を聞きながら、枝折は柊の隣に立つ女子を見つめる。


 色白の小さな顔に右目の泣きぼくろが印象的な愛らしい顔立ちは、喜色きしょくが溢れている。小さな背中に広がった茶色の髪は、日本人形のように直毛。

 鶴のように細い肢体したいは、力一杯摑んだら折れてしまいそう。


「柊って、もてるんだね」

 ぽつりと零れた枝折の呟きを、棗が拾い上げる。

「昔っから、あんな感じだよ。気になる?」

 さりげなく問いかけられて、枝折は視線を女子生徒の隣に移す。


 ……気になる?


「……何に?」

「ごめん、ごめん。何でもない」

 小首こくびかたむけて棗の言葉の意味を考える枝折に、棗はからりと笑う。

「お待たせしました、九鬼」

 けらけらと笑う棗と戸惑う枝折を横目に水木が柊に声を掛けると、柊はゆっくりと瞳を開く。

「遅いぞ、お前ら」

 地をうような声が、不機嫌きわまりない柊の心情しんじょうを物語っていた。

「すみません」と謝罪した水木は、女子生徒に遠慮して柊に近づこうとしない枝折を連れて歩き出す。

「行くぞ」

 枝折をひと目見ると、隣にいる人間には目もくれずに校舎へ向かい始めた柊に、隣にいた菜々子はめんらって立ちくす。

「えっ?! ちょっと、九鬼くん……」

 柊の二歩後ろを歩きながら、枝折は困惑こんわくした菜々子の声を背中で聞きていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る