30

 食堂に入ると、カウンターに並ぶ優美と希子の姿を見つけた。

「おはよう。滋堂さん、枝折ちゃん。一緒に食べよう」

 枝折たちに目敏めざとく気づいた優美が手を振ると、遅れて希子が振り向いて「おはよう」と一本調子に言う。

「おはよう。うん、ありがとう」

 挨拶を返して、枝折は誘ってきた優美に答える。

「枝折ちゃん、パンでいい?」

「うん……パンでいい」

 水木の問いかけに答えると、水木は枝折の持つトレーにパンとおかずを載せていく。

「先に席取っとくよ」

 朝食をチョイスし終わった希子はそう言うと、優美と連れ立って空いている席を探しながら歩き出した。

「枝折ちゃん、こんな感じでいい?」

 トレーの上の水木が選んだメニューを見て、枝折は食べきれる量か確認する。

「うん、大丈夫。ありがとう」

 答えてから、水木の持つトレーを見るとサラダとフルーツとコーヒーが載っていた。

「細谷さんたちが待っているわよ」

 水木はそう言うと、ぐるりと食堂内を見渡して優美と希子の姿を探し出すと、二人の座るテーブルに向かった。


「滋堂さんと枝折って、仲がいいよね」

 クロワッサンを千切ちぎりながら、希子がひとごとのように呟く。

「ホント。滋堂さんって、枝折ちゃんのお母さんみたい」

 オレンジジュースを飲みながら、優美は希子の言葉に同意する。

「九鬼に頼まれているから」

「九鬼くんと枝折って、前から知り合いなの?」

 水木が告げた内容を確認するように、希子は枝折に尋ねた。

「うん、そう」

 枝折は思い出したばかりの事実に、ためらいがちに首肯しゅこうする。

「へぇ、知り合いだったんだ」

「そうなの?! 前から知り合いなんだぁ。だから、九鬼くんが気にかけてるんだね」

 目を丸くして興奮気味に張った優美の声の大きさに、枝折は内心ぎょっとする。食堂内が一瞬で静まり、生徒の目が枝折たちに向けられた。


 ざりっ……。

 空気が変化したのを、枝折は敏感に感じた。


 砂利じゃりを含んだみたいな空気に、フォークを持った枝折の手が動かなくなる。

「枝折ちゃん、もう食べられない?」

 枝折の食欲が失せたことを悟った水木が訊くと、枝折は素直に頷く。

「そう。じゃあ、部屋に戻ろうか。ごめんなさいね、先に戻るわ」

 水木は希子たちに断りを入れてから、ぎすぎすした雰囲気に表情を固くした枝折を立ち上がらせてる。

「あ、ありがとう」

 トレーをふたつ持って歩き出した水木に、枝折はあたふたとお礼を伝える。

 言葉なく食堂の出入り口に歩を進める水木の背中から、ピリピリとした気配が漂ってくる。

「水木さん、どうかした?」

 警戒をしている彼女にそっと問いかけると、硬質な声が返ってきた。

「あそこの空気がよくなくて」

「食堂の?」

「そう。枝折ちゃん気をつけてね。よくない感情が出てきたわ」

 食堂を振り返った水木の鋭い双眸に、枝折の心音がれた。


 ……気のせいじゃなかった。


 食堂で感じた、ざらざらとした、裸足はだしで砂利を踏んだような痛み。


「絶対、一人にならないでね」

 部屋の中に入り、ドアを閉めた水木が注意する。

「とりあえずは、隠形鬼がつねにいるから、大丈夫だけど」

「いつも……?」

「そう」

「お風呂の時とか……は?」

 枝折はふといた疑念を口にした。

≪そういう時は離れているから安心しろ≫

 直接頭に響く男性の声。

 枝折は背後に気配を感じて振り返ると、窓際まどぎわに無表情で佇む青年の姿があった。

のぞくわけがない」

 興味ないと言わんばかりの、素っ気ない口調。

「そんなことをすれば、九鬼の逆鱗げきりんに触れるわね」

 からかいを含んだ水木の言葉に、隠形鬼は彫刻のような冷ややかな目を向けると、そのまま姿を消した。

「逆鱗?」

 水木の発した内容を不思議に思う枝折に、

「それは、おいおいね。早いけど、学校行こう」

 水木は曖昧あいまいに答えてから、学校へ行く支度したくを始めた。

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