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    ◆   ◆   ◆



 そこは、深い森の入り口。

 その前に差しかかった幼い女の子は、木陰こかげの中が涼しそうに思えて、そのまま足を踏み入れた。

 緑の葉を透かし、キラキラと差し込む木漏こもがまばゆい。日常と違う空間に、わくわくと幼い心がはずみ、どんどん森の奥へと入り込む。


 せわしないセミの声が、不意に途絶えた。

 徐々に影が濃さを増したことに気づかない枝折は獣道けものみちを進む。

 ガサリ。

 すぐ近くで音が立った。

 あまりの大きな音にびくついた枝折は立ち止まり、周囲を見回す。風景はずっと同じ木立こだちの中なのに、ひんやりとした空気にじ気づく。

 ようやく場の雰囲気が変わっていることを悟った。


 ……な、に――?


 ピリピリと緊張した空気に、不安が拡散する。枝折の心臓があばれ出す。

 逃げろ、と本能が警告するが、根が生えたみたいに足が動かない。

 呼吸が荒くなり、全身が粟立あわだつ。

 草をきわける音は、枝折との間を縮めるために近づいてくる。確実に、わざとゆっくりと近寄る音は、少女の恐怖心をあおる。


 ……コワイ。


 乱れた呼吸音で、居場所が気づかれてしまう。枝折は思い至り、呼吸を整えようとするが、身体が震えて余計に荒くなる。

 極度の恐怖に耐えられなくなった枝折の心が「もう無理」と悲鳴を上げる。身体から力が抜けて、その場に座り込んだ。

 一際ひときわ大きな音に、枝折の身体が勝手に上げようとした瞬間。

「っ――」

 突如とつじょ、背後から伸びた手に枝折の口がふさがれた。


 いや――っ!!


 パニックにおちいった枝折はのがれようともがき、大きな手を思いきりんだ。

「……っ」

 背後で息をむ気配がした直後、枝折の身体が後ろに引っ張られて、知らない感覚に包まれる。

「静かにしろ。喰われるぞ」

 低く静穏せいおんな声が囁く。男の人の声。

 小さな枝折の身体を、まるで気配を隠すように深く抱き込んだ。


 ……だれ?



    ◆   ◆   ◆

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