27

 意識が眠りに沈みながら、保健室のドアが開く音を知覚ちかくした。

 足音を立てないで、ゆっくりと枝折に近づく気配。


 ……誰――?


 やんわりと頭をなでる大きな手。ちりちりと頭痛とは別の刺激が肌に沁みる。

 人とは違う、ぎ澄まされた気は、やっぱり触れると切れそうだ、と枝折は思った。

 起こさないように、という気遣いを感じ取り、痛みで眉間みけんしわを寄せていた枝折の顔があわほころびる。


 ――必ず、まもる。


 別の人から聞いた言葉が、今はその人物の声で頭の中によみがえる。

 その気になれば、簡単に人をらうだろう、鬼たち。それでも、自分に接する態度は、人以上に優しい。

『何があっても、傷つけない』

 そう断言した、真摯しんしな声。

 その言葉の通りに。


 ……そんな約束をしてしまって、後悔しないのかな?


 助けなければよかった、と思う時が来るのではないだろうか。

 彼が、のちのち悔恨かいこんの念をいだくのではないか。

 それだけが、心がかり。


 ぬくもりのないかたい手のひらが枝折の額にそっと触れる。ひやりとした心地に、枝折の気がゆるむ。

 不器用な優しさに涙が溢れ、枝折の頬をすべり落ちた。

「……たす、けて――」

 弱くなった痛みに替わり寄せてくる眠気の中で、枝折の思いがぽろりとこぼれた。

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