26

 おさまる気配のない頭痛に苦しみながら、枝折はのろのろと歩を進める。足がつくたび衝撃しょうげきのように痛みが走る。

 水木に支えられて保健室にたどり着くと、保健医の木蓮がドアを開けて待っていた。

「どうしたの?」

「授業中、急に具合ぐあいが悪くなったみたい」

 木蓮の問いかけに、水木が答える。

「まず、彼女をベッドに連れていって」

 水木は枝折を引き連れて、木蓮が指差す方向に進む。

「何かあった?」

 保健室の扉を閉めてから水木たちを追いかけてきた木蓮が、枝折をベッドに座らせながら尋ねる。

「背後に、男の人だと思うんですが、人の気配があって……」

 枝折の途切とぎ途切とぎれの言葉に、木蓮は目を見開く。

隠形鬼おんぎょうき、姿を見せたの?」

≪そんなことは、しない≫

 不審ふしんげな木蓮に対する答えが、頭に直接響く。不意に気配を感じて、枝折は窓際に目を向けた。

 空気が揺らぎ、人の形に凝り固まる。


 黒い髪を後ろで束ねた、長身の青年。

 中性的な顔立ちは、教室の中で見たもの。柊より年上で、木蓮よりは若く見える風貌ふうぼう

 血のような、深紅しんく双眸そうぼうが目を引く。

 それは、人とは違う異形いぎょうだというあかし


「隠形鬼だ。九鬼より守護を命じられている」

 淡々たんたんと告げる青年に、枝折は首をかしげる。

「オンギョウキ?」

 聞き慣れない言葉。

「隠形――姿も気配も消す、鬼」

 木蓮が説明すると、隠形鬼と名乗った男は、するりと姿を消した。

 枝折は突然の出来事に瞠目どうもくして、すぐさま目を凝らす。

 ひかえめな気配をらえた。

 ズキリ、と痛みが差し込む。

「体調不良は、寝なさい。健康人は授業に出ろ」

 木蓮にベッドに押し込まれた枝折は、にぶい痛みを引きずったまま横になる。

「木蓮、後はよろしくお願いしますね」

「はい、はい」

 わざとらしく強調させた水木の言葉に、木蓮は適当に返した。

 おさ気味ぎみの足音がゆっくりとベッドから離れていく。水木が部屋を出ると、空間が一遍いっぺんにひっそりとした。


「――その痛み、取り除く?」

 波打つ長い髪を払いけて、枝折の耳に顔を近づけた木蓮がく。痛みのせいで鋭敏えいびんになった枝折の感覚に、木蓮の気配が針のようにさった。

 痛みから解放されたかった枝折は、内容をよく吟味ぎんみしないまま、ゆっくりとかぶりを振る。

「そう……ゆっくり休みなさい」

 木蓮は優しい教諭きょうゆみたいな口調で囁くと体勢を戻して枝折から離れた。

 静寂せいじゃくの中に、木蓮の気配だけが動く。カツカツとヒールが移動する音に続いて、そろそろと窓が開く音がした。

 清々すがすがしい外気がいきが入り、さらりと枝折の額をかする。

 硬質こうしつな音を響かせながら、木蓮はドア付近の机に向かった。

 椅子が動く音。少しして紙をめくるような、かすかなかわいた音。


 ……わずかな音で、自分の居所いどころを教えてくれてるみたい。


 警戒しないように、わざと音を立てている。枝折は痛む頭のはしで、そんなことを思った。

 枝折の都合つごうのよい解釈かいしゃくかも知れない。

 それでもいい――痛みの合間あいまに、枝折はそう感じた。

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