21

 ふわっと内臓が浮くような感覚に、枝折はにぎる手に力を込めた。

 風がやむ感触に目を開けると、目の前に灰黒色かいこくしょくのネクタイがある。臙脂えんじ色のシャツに、ダークグレーのネクタイ。

 目の前にある男の胸に驚き、身体を離すと同時に、枝折の足が地面についた。

 騒がしかった周囲の音が、やにわに霧散むさんしていた。現状の変化に追いつけていない枝折は、辺りを見回す。

 敷地の周りを囲う庭木。芝生に覆われたスペース。その先にあるグレーの長方形の建物を見て、枝折はここが女子寮だと思いおよぶ。

 予想していない状況に、枝折は目をしばたたかせる。

「今日、学校に行くのは、やめておけ」

 枝折を見下ろす柊は、言い含めるようにゆっくりと告げた。

 口ぶりはいつもと同じ、突き放すみたいに。


 ……どうして、助けてくれるの?


 身体の向きを変えた柊のジャケットのすそをとっさに摑み、枝折は問いかける。

「どうして……?」

よこしまな気が集まっていた」

 射貫くような眼差しを校舎の方に向けて、柊は告げる。その横顔を見上げていると、視線を枝折に移した柊と目が合う。

「怖いなら、怖いと言え。我慢がまんするな」

 ジャケットを持つ枝折の手を包み、柊は諭すように言う。

 ぬくみを感じない手のうち。その肌触はだざわりで、さっきまで背中にあった手を思い出し、枝折は彼にかかえられていたことに思い至り頬を赤らめた。

「わかったな」

 いつもより柔らかく感じた柊の声に、枝折は素直に頷いて、握っていた手をのろのろと開く。


 ……どうして、気にかけてくれるの?


『何があっても、我々はあなたを傷つけない』

 そう言い切った水木。

『必ず、九鬼があなたを護る』

 その言葉通りに、助けてくれた。


水鬼すいき、後は頼む」

「お任せを」

 水木を見据えて冷淡れいたんな語気で発語はつごした柊に、水木はうやうやしく答える。

 水木の言葉を聞くと、柊は用件は済んだとばかりに高校の方に足を向けた。

「枝折ちゃん、行こう」

 水木に促されて女子寮へ三歩進んだ枝折は、足を止めて振り返る。通りすぎた門を閉めて、校舎に向かう柊の背中を眺める。


 ――危ないと思ったら、引き返せ。わかったな?


 照らし出されたみたいに、柊の言葉と後ろ姿が昔の記憶を呼び覚ます。

 淡々とした男声だんせい

 小さい頃、柊と同じように言われたことを思い出した。

「どうかした?」

 水木の問いかけに、枝折は記憶を掘り起こすことをやめて、声のした方へ身体を向ける。

「ううん。何でもない」

 心配する素振そぶりの水木の間近に行き、枝折は答える。

「とりあえず、部屋に戻って落ち着こう」

 寮内に入るようにすすめる水木にしたがい、枝折は目の前の建物の中に入る。

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