19

 朝食を終えて、水木と優美と一緒に寮の二階に戻ってきた。

 部屋の前で優美と別れて、室内に入った枝折は、学校に行く用意を整え始める。教科書をバッグに入れてから、枝折は顔を横に向けた。

 窓際に佇み、けわしい表情で外を眺める水木の姿がある。

 食堂に行く途中までは、いつも通りだった。優美と会って、一緒に食事をしていたあたりから、水木の口数が減った。

「……水木さん、何かあった?」

 枝折は気にかかり、水木の横顔に問いを投げかける。

「ちょっと、ね。取り越し苦労なら、それに越したことはないんだけど」

 顔を枝折の方に向けて、苦笑めいた声で呟いた水木には、いつもの打ち解けた雰囲気がない。

 何かを警戒している。水木の考え込む相形そうぎょうに、枝折はそう感じた。


 ――傷つけない。必ず、あなたを護る。

 鬼だと、正体しょうたいを明かした翌日。

 水木が真剣に告げた。

 そのちかいのような言葉を、彼女は守っているのだろう。


「……あの」

 水木に声をかけようと枝折が口を開いた時、部屋のドアをノックする音がした。

「枝折ちゃん、どうかした?」

「ううん、何でもない」

 枝折は来訪者に遠慮して、引き下がる。

「そう」

 水木は部屋の出入り口に歩み寄りドアを開けると、校章が刺繍ししゅうされたバッグを手にした優美が立っていた。

「準備できた?」

 食事を取っていた時の約束通りに、優美が顔を覗かせて枝折に声をかける。

「今、終わったところ」

「じゃあ、学校行こっ」

「うん」

 かす口ぶりの優美に、枝折はこっくりと頭を動かして、机に置いてあるバッグを持つ。

「水木さん……」

 水木の方を見て呼びかけた枝折は、何て伝えたらいいのかわからなくなって、言葉がつかえた。


 一緒に行く? それとも、一緒に行こう。


「ええ。行くわよ」

 枝折の言いたいことをんで、水木が答える。枝折は言いたいことが伝わり、ほっととして小さく笑むと、出入り口へと移動した。

「ごめんなさい。お待たせ」

 ドアを開けて待つ優美に言うと、優美ははじける笑顔を枝折に向ける。

「ぜんっぜん。さあ、行こう」

「うん」

 廊下へ消えた優美を追って部屋を出る枝折を、水木は眺めていた。

 気さくな優美の態度に戸惑っているが、嬉しそうな枝折を見て、水木は静観せいかんすることにした。

 戸締まりをして部屋を出た水木は、枝折たちから少し離れてついていく。


 女子寮から錬鉄れんてつ製の門を通り、高校の敷地に入る。特別棟と中庭の間の道を、枝折は優美と並んで歩く。

 中庭を過ぎて、通用口に向かって教室棟の脇を歩いていると、ぞくりと足下から悪寒がい上がった。

 熱を奪われ、身体がかじかむ。

 枝折はもの恐ろしさから立ち止まり、周囲を見回す。

「どうしたの?」

 枝折を振り返り、優美が怪訝けげんな顔をした。


 ……ダメ。


 心が警告すると同時に、

≪――上だ!!≫

 脳内に響いた声に反応して、枝折は上を見る。

 落ちてくる窓ガラスが目に映る。枝折たちの頭上を目がけて。

「危ないっ」

 枝折は反射的に隣の優美を突き飛ばすように倒れ込んだ直後、荒々しい風が砂埃すなぼこりを巻き上げて、枝折を見舞う。

「枝折ちゃん!!」

 悲鳴のような優美の叫びが上がる。

 肌を刺すような狂風きょうふうに、枝折はきつく目をつむる。


 ……誰も、えにならないで。


 それだけを、強く願う。

 耳に入るガラスの割れる音に、枝折は身体を硬直させた。

 ガラスの割れる音に混じって、ケタケタと嗤う声が聞こえた気がした。

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