18

「大丈夫?」

 気遣う声とひんやりとした感触に、枝折は目を開けた。

 どくどくと、うるさいくらい鼓動が早い。息苦しさに肩で息をしながら、視線を動かす。

 眼界がんかいに入ったのは、ルームメイトの心配する顔。

 曇りのない、何もかも吸い込んでしまうような漆黒の双眸に、枝折は綺麗と感じる。

 ピリピリと肌を刺激する空気は、彼女が鬼であるあかし

 びくりと身体が反応してしまうのは、枝折自身の生理作用だ。

「あ……ごめんなさい。大丈夫」

 そう伝えると、細くすらりとした手が枝折の額から離れる。その手のひらを見て、昨日の大きな手を連想した。


 ……女性の手だ。


「あまり無理しないように」

「うん、ありがとう」

 枝折の言葉を受け取ると、水木は音を殺して立ち上がる。

「そろそろ着替えて食堂に行かないと、時間なくなるわよ」

「……うん」

 枝折が上体じょうたいを起こすと、水木は枝折のベッドから離れる。反対の壁際にあるクローゼットの前に立った水木はパジャマを脱ぎ始めた。


 ……綺麗な肌。


 制服に着替える水木のなめらかな白磁はくじのような肌に、枝折は見惚みとれる。

 しかし、その下には凶暴な牙と爪を隠し持つ。


 ここには、どれだけそういう存在がいるんだろう。


「そんなに熱い視線で見つめられると、穴がきそうよ。枝折ちゃん」

 水木の言葉で、枝折は自分が彼女の背中を見入っていたことに気づく。

「え……あっ。ご、ごめんなさい」

「赤くなって、可愛い」

 着替え終わった水木が身体ごと向き直り、楽しそうに笑う。

「……」

「そろそろ、着替えて食堂に行こう。時間がなくなるわよ」

 赤面して言うことが何も浮かばない枝折は、水木の言葉に頷いてベッドから出ると、自分のクローゼットに近づく。




 制服に着替えた枝折は、水木と一緒に部屋を出た。

 部屋のある二階から階をひとつ下りて、食堂に向かう。

「おはよう。滋堂さん、枝折ちゃん」

 談話スペースにいた優美が声をかけてきた。

「おはよう、細谷さん」

 心安く話しかけてきたことを嬉しく感じた枝折の声が、心なしかはずむ。

 優美は談話スペースの椅子から立ち上がり、廊下にいる枝折たちに歩み寄る。

「枝折ちゃん、一緒に食堂行こう」

 有無を言わさない勢いで枝折の二の腕を摑むと、優美は食堂に足を運ぶ。

「あの……細谷さん、一人?」

「そう。希子が同室なんだけど、部活の朝練に行ってるんだぁ」

「部活?」

「そう。剣道部。なかなか強いみたいだよ」

 食堂に入ると、近くにあるトレーを手にした優美は、それを枝折に差し出してきた。

「ありがとう」

 枝折が感謝を伝えると、優美は笑顔を返して、料理が並ぶカウンターに歩いていく。

「早く食べて、一緒に学校行こう」

 素早く料理をトレーに乗せた優美はそう言うと、空いている席へと歩き出した。そんな優美の姿を眺めていた枝折は、ふと水木のことを思い出す。

 部屋を出てから一度も声を発していない水木に首をかしげる。

「……水木さん、どうしたの?」

 振り返り目が合って優しく笑む水木に問いかける。

「何でもないわ。細谷さんが待っているわよ」

 水木は思案顔を包容力のある優しい微笑に飲み込んで、枝折を優美が手招きする場所へ誘導した。

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