14

「避けられてんの?」

「そうよ!!  悪い?!」

 嬉々として訊く棗に、水木が牙をむく。

 昼休みの理事長室。

 応接セットで葵と木蓮がくつろぎ、部屋の奥の窓辺には柊がたたずむ。


 授業が終わって教室で枝折を待っていた水木は、他の生徒と食堂に向かったと知り、話しかけてくる男子たちを適当にあしらって理事長室へ足を運んだ。

 枝折に友人らしきものができたことは喜ばしい。だが、こちらは避けられるようになり出した。

 昨日の枝折の表情が、水木の胸裏きょうりにこびりついていた。

 納得したような、安心した様子の微笑びしょうで、泣き出す一歩前の瞳には、いかりも悲しみもなかった。

 昨日の理事長室での状況を熱望した。望みはかなったが、後味あとあじはよくない。


「あら、まだ彼女を手なずけていなかったの」

 理事長の机と応接セットの間に立ち、目の前にいる棗を睨む水木に、木蓮は意想外いそうがいとばかりに驚いた声を上げる。

「そうよっ! なかなかなつかないのよ。昨日、中途ちゅうと半端はんぱな説明をするから、余計に警戒され始めたじゃない」

「人のせいにするな」

 水木はソファーの方をめつけて更に声を張り上げると、葵がバッサリと言い捨てた。

「とりあえずは、隠形鬼おんぎょうきがいるんだし大丈夫なんじゃない」

 あっけらかんと告げたのは、枝折と水木のクラスメートでもある棗。あきらかに、この状況を楽しんでいる。

 のろのろと背後をかえりみて、水木は無言で殺気じみた眼光を彼に向ける。

「確かにあいつならずっと隠形して、傍にいることが可能だな」

 木蓮の対面のソファーに座る葵が単調に言う。

「隠形鬼だって、すぐ勘づかれる」

 苦虫にがむしみつぶしたような顔で、水木が断言した。


 彼らのやりとりを聞き流す柊の心のうちにも、枝折の複雑な笑みが残ったままだった。

 せつなげに揺れた瞳がキラキラと光っていた。


 ――あんな風には笑わなかった。


「……」

 目をつぶれば、眼裏まなうらに愛らしい少女の笑い顔が映る。

 つい昨日のことのように、ありありと。

 驚いたり、笑ったり。感情のまま、ころころと表情を変えていた。


「あの子の見鬼の力は、少しずつ強くなってるわよ」

 水木の言葉に柊は目を開ける。

 眼前に広がる森の空気が、ゆらりと動いた。

 水に黒インクをしたたらせたように、徐々じょじょに周囲の空気のしつが変化していく。

「気が、ざわついてる」

 端整な目許めもとに険をにじませ、柊は冷然れいぜんはなつ。

  室内の空気が一瞬で張り詰め、四対の目が一斉いっせいに柊に向けられる。

 葵は立ち上がって窓際に歩み寄ると、柊と同じ方向を見やる。

「あまりよくないな」

 事務的な言葉つきで告げた葵の視線の先には、青葉闇あおばやみとは違う、くらかげりがみ広がっていた。

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