13

 休み時間になるたびに、棗が枝折の席に近づいて話しかけてきた。

「好きな食べ物は? 趣味は? ここに来てもう慣れた?」

 彼のばやな質問に、枝折はついていけずに尻込しりごみしていると、水木が間に割って入る。

「まくし立てるのは、やめなさいよ」

「枝折ちゃんと仲よくなろうとしているのに邪魔じゃましないでよ」

「聞き方が早急そうきゅうすぎるって言ってるのよっ」

 席に座っている枝折の頭上で言い合いが始まった。

「枝折ちゃんがカワイイから、つい――」

 愛らしく舌を出した棗に、水木はばっさりと言いはなつ。

「つい、じゃない」

 枝折をはさんで掛け合い万歳まんざい様相ようそうの棗たちを、男子たちは面白おもしろそうに眺め、女子たちは冷めた目を枝折に向けている。

「ほら、着席して。授業を始めるわよ」

 四時限目の数学教師が姿を見せると、水木たちは席に戻り、授業が始まった。


 ……痛い。


 視線を感じる。

 背中に、首筋に。

 しなさだめするみたいな。まと射貫いぬく矢のような視線が枝折に届く。

 見られている所に穴がきそう。

 周りの目を避けるように、枝折は下を向く。その視線の中に、敵愾心てきがいしん鋭敏えいびんに感じ取った。

 どうして……と、枝折は困惑こんわくする。

 九鬼たちに心をつかわれて、それが発端ほったんで女子生徒から反感はんかんを持たれた。

 見目みめい柊たちが間近まぢかにいて気にかけられているこの状況に、女子たちがねたんでも仕方ないのかも知れない。

 ――だけど、彼らは鬼。




「今日は、ここまで」

 授業の終わりを告げる女性教師の声に、クラス内がざわめき始めた。

 教師がクラスから去るのと同時に、枝折は一目散いちもくさんにトイレへ向かう。誰もいない女子トイレで、枝折は肺がからになるほど息を吐き出すと、どっと疲れを感じた。

 とげを含んだクラスメイトの目からまぬがれたかった。


 ……これからどうしよう。


 教室に戻ったら、水木はいるだろう。そうしたら、彼女がずっと一緒にいることになる。気にかけてくれる水木にはもうわけなく思いながらも、柊たちから少し距離を置きたかった。

 目立つのは苦手。波風の立たない、穏やかな生活を送りたい。

 ふさぎの虫が胸の奥に居座っているかのようで、枝折はそれを追い出そうと溜め息をつく。

 トイレのドアが開き、枝折は驚いて出入り口の方を振り向く。

「枝折ちゃん、見つけた。お昼一緒に食べない?」

 ひょこりと姿を見せた優美が問いかけてきた。彼女の誘いに戸惑いながらも、枝折は頷く。渡りに船のこの現況に、枝折は胸中きょうきゅうで感謝した。

「授業が終わったら、枝折ちゃんがいなくてビックリしたよぉ」

「あ……ご、ごめんなさい」

 無邪気むじゃきな笑顔を見せられて、枝折はまごつく。


 わざわざ探してくれたなんて……。


「枝折ちゃん、いた?」

「うん、いたよ」

 優美の背後から希子の声がすると、戸口に立って答える優美を押して希子がトイレの中に入ってくる。

「よしっ。さあ、食堂に行こう」

「ここの食堂って、美味しいらしいよ」

 りげなく枝折の右腕に自分の腕をからめながら優美が呟く。

「マジ?! それは楽しみだ」

 希子はうきうきとした顔色で言うと、枝折と優美の背中を押して食堂に歩を進めた。

 優美たちの優しさに、敵意に身をさらしていた枝折の胸が温まる。

「……誘ってくれて、ありがとう」

 枝折が感謝を伝えると、二人はほがらかに笑う。

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