7

「そんなに緊張しなくても、大丈夫よ」

「……うん」

 校舎に入り、教室のある三階へと階段を上っていた水木は、踊り場で一旦立ち止まると後ろを顧みて枝折に声をかけた。

 凶暴性を見せた上級生にいだいた恐怖を引きずったまま、枝折は水木の後ろを重い足取りで歩いていた。

「肩の力を抜かないと、疲れて、身体壊すわよ」

 強張った表情の枝折に、水木はたまれなくなる。怯えきった枝折は、今にも倒れるんじゃないかと心配になるほど、紙のように白い顔をしていた。

 精神が細いな。

 こんなに繊細せんさいで、この先、生きていけるのだろうか? 世知せちがらい世の中にり切れて、んでしまうんじゃないだろうか。

 心配になってしまう水木は、まるで親の気分だ。

 自然と考えた内容に、水木は失笑した。


 最初は柊の命令だった。

 一週間、ほとんど一緒にいて、恐怖の裏にある芯の強さや優しさを感じた。怖がりながらも、相手を思いやる所は元来の性質だろうか。

 その様相ようそうが思いの外、可愛らしく、保護欲をり立てられた。

 この私が甲斐甲斐しく世話を焼くなんて……。水木は自嘲じちょう気味な微笑を浮かべた。

 しかし――

 我々の実情を知ったら、枝折はどういう反応を示すのだろうか。

 ショックを受けるのだろうか。拒絶するのだろうか。それとも、怒るだろうか。

 確実に恐がるだろう。

 わずかに嗜虐しぎゃく性を刺激された水木は、その瞬間を見てみたいとひそやかに熱望した。


 三階にたどり着き、階段すぐ脇の一年七組の教室に入ると、ほとんどの生徒は席に着き、後から入ってきた枝折たちを一斉に見た。

「――っ」

 枝折の肩が微かに跳ねたのを、水木は見逃さない。

 他人が苦手なのか。

 枝折の怖れように、内心呆気あっけに取られつつ、水木は空いている席を探して教室の中を進んだ。

 くるりと振り返り、枝折を誘導するように手招きをする。


 どうして、ここまでしてくれるのだろうか。


 枝折は不思議に思う。

 知り合って、まだ一週間。不慣れな枝折に、あれこれと教えてくれる。屈託なく、それでも深追いはしてこない。親切だが、近づいてほしくない時は、すっと距離を置く。

 他人と一緒にいることに抵抗はあったが、水木に対して拒絶反応を感じていなかった。

 赤の他人に、こんな風に接してもらうことがなかった。

 感謝している。


 水木に誘われるまま、廊下側の真ん中の席に座る。

 うつむいて枝折がそっと息を吐き出した時。

 ザワッ。

 教室の中の空気が騒ぎ出す。

 熱を帯びたような異様な雰囲気に、枝折は驚いて目線を上げる。

「あれって、九鬼さんじゃん。同じクラスなんだ」

「新入生挨拶をしていた人だよ」

 女子たちの色めき立つ声。男子生徒の驚きの口調。

 その中をぞんざいに歩く柊の後から、棗が室内に入る。

「おはよー」

 明るくクラスの人間に声をかけたのは、可愛らしい容姿をした棗。顔だけ見ると女子とも見えるが、制服のズボンを見て、男子たちは軽く失望する。

 柊たちが席に着くと、教師らしき男性が姿を見せた。

「静かにしろ。始めるぞ」

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