6

 少し前を歩く枝折たちの姿を観察していた鳥海とりうみなつめは、近接きんせつする気配を感知した。

「入学式早々、襲われそうだったよ」

 気配が隣に着くタイミングで、棗は視線は前に向けたまま軽い口調で喋りだした。

「知っている」

 そう不機嫌に返した柊は、横目で脇に立つ少年を眺めた。


 柊の肩くらいの身長に、ほっそりした体形。柔らかそうな栗色の猫っ毛に、茶色の大きな瞳。一見いっけん、女子とも見紛みまごう、愛らしい顔立ち。

 柊と同じ制服に身を包み、彼は無邪気むじゃきに笑っていた。


 柊は、棗と同じように枝折の背中を見つめた。明らかに緊張している後ろ姿。

 少し前、柊の心に直接届いた声なき悲鳴は恐怖に染まっていて、重く彼の胸に突き刺さり、とっさに枝折の姿をさがした。

 最悪の事態は想定していない。枝折には常に二名がついて守護している。余程よほどのことがない限り、その護りは強固だ。

 それなのに、何故、少女の姿を見つけ出そうとしていたのか。

「……」

 柊は自分の衝動的な行動を、不可解に感じた。

「入学したばかりなのに今から大変だねぇ。どれだけ、引き寄せられるのか…楽しみだね」

 興味本位に呟く棗をきつく睨み、柊は吐き捨てた。

「いい加減にしろ」

 柊の気配が一瞬で先鋭せんえいなものに変わると、からかう口調の棗の雰囲気もゆっくりと鋭さを帯びた。

「へぇ。そんなに大事なの」

「冗談を言ってないで、護れ」

 棗の言葉には触れず、柊は別のことを口にして、そのまま目線を棗から枝折の背中に戻した。この話は終了だ、と言わんばかりに。


 ひとなつっこい面貌めんぼうの棗の気が冷え冷えとする。風が巻き起こり、癖のある明るい彼の髪が揺れた。

「僕を誰だと思っているの? 九鬼の命令は、遂行すいこうするよ」

 にっこりと笑い、怒気どきのこもった声で告げた棗の周りの空気が一気に膨張ぼうちょうすると、鋭利な刃を隠した風が拡散した。

「よく知っている」

 感情のない瞳を枝折に固定したまま、柊は嘆息した。

 不意に振り返った枝折は、棗の凶悪な存在感を察知して、気配のもとを探しているのか、不安な気色きしょくで周囲を見回していた。

「――凄いね、彼女」

 感嘆かんたんした棗の気配が瞬時に静まる。

「これ以上、警戒させるな」


 やりづらくなる。


 遠目にもわかるほど強張った背中。青ざめた面差しで辺りを見渡す枝折に、隣の水木がかがみ込んで何かを伝えている。しばらくして枝折はわずかに頷くと、水木と並んで歩き始めた。

 常に、おびえるように警戒する少女。

 八瀬高校に来て一週間。その状況は一向に変わらない。むしろ、日に日に警戒心が強くなっているようにも見受けられた。

 普段は物静かな水木にさえも気を張っているという。

「水鬼が、手こずっている」

「へぇ、そうなんだぁ……」

 柊の言葉に、棗の目が輝いた。

 水鬼をからかうネタができたらしい。

 見た目にだまされがちだが、棗の本性は好戦的で喧嘩けんかぱやい。


 嬉々とした目顔めがおの棗を見て、柊は胸臆きょうおく大息おおいきをついた。

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