9
キキタクナイ。
「君の目は、見えざるモノが視える」
葵の台詞に、枝折の瞳がひび割れて
『ウソツキ!!』
そんな枝折の様子を、少し離れた場所で水木はそっと観察する。
「
「だから、我々の気配を察知して、怖れている」
葵の発した内容を引き継いで木蓮が続ける。木蓮の穏やかな表情に、少し前の攻撃的な空気が重なる。
追い詰められていくように、枝折の心が
どうして? なぜ、知っているの?
「あ……あなたたちは、誰? ここは……何?」
「ここは、
「――ハザカイ?」
「
聞き慣れない言葉に困惑しながらも、鬼という単語に敏感に反応した。
……やっぱり、人じゃなかったんだ。
思い浮かんだのは、二本の
室内にいる人たちを見回す。ここにいる彼らは人間と同じ姿形をしている。
目を引く
自分の勘は正しかったんだ。枝折は、恐怖に一歩足を引く。葵の鋭い視線が、枝折を捕らえる。
逃がさない、というように。
「君は、普通の人間とは違う。この外で生きるのは辛い――違うか?」
葵の言葉が、枝折の心に突き刺さる。
……ああ。やっぱり――
枝折の顔がわずかに笑む。
哀しげな、でもどこか安堵したような複雑な面持ちに、水木は目を瞠る。
どこにも、居場所がない。
そう思い知ると、泣きたくなった。枝折は
何も考えずにひたすら走る。
無我夢中に。
ここでも、知られてしまった。もう、ここにもいられない。
『キミワルイ』
不意に
得体の知れないものを見るような目つき。
一人、また一人と離れていく友人。
じわりと目の奥に熱がこもる。
ザワリ。
不快な空気に鳥肌が立ち、枝折は立ち止まる。
周囲を見渡すと深い森の中。光が届かないほど茂る樹木の間に立ち
気づかない内に正門を通り抜けて、学校の敷地の外に出てしまったらしい。
ねっとりと纏わりつくような、冷気。
――ダメ……。
本能が、拒絶する。
枝折はふと思い直す。
このまま死ねば、こんな苦しい思いをしないで済む。死ぬのって、どれだけ苦しいんだろう。でも、どれほど痛くても、この一回きり。
密やかに、しかし確実に近寄る気配に、周辺の空気も冷え出す。
悲鳴を上げるように、ザワザワと木々が震える。
死んでしまえば、どんなに楽だろう。
それでも――怖い!!
あまりの冷気に身体が
枝折の前で立ち止まり、
「――っ」
息を止めて衝撃に備えた瞬間。
シュッと、鋭い気配が枝折の脇を通り過ぎた。この森に
見慣れない後ろ姿が視界に入った。
凛とした広い背中。自分と同じデザインのジャケット。苛立ちを露わにし、殺気を隠そうともしないで、枝折と捕食しようとするモノとを遮る形で佇む男性。
誰……?
枝折は思いもしない事態に呆然とする。
「――何しに来た」
冷淡に告げた声は、少し前に耳にしたものと同じ。講堂内の時より、理事長室で聞いたものより、非情な響き。
≪…………≫
柊の言葉に反応し、浮遊する気配が
≪ク……イ…タ、イ――≫
形のない存在の視線を、枝折は強く感じた。突き刺さるような、獲物に狙いを定めた捕食の意思。
「形すら
強張った首を必死で動かし、枝折は背後を見る。
楽しげに笑うのは、ルームメイトの水木。その目には
「消え失せろ」
左手を優雅に持ち上げると、流水のような気配が枝折をすり抜けて黒い澱みを囲む。それとは別の温かい空気が、冷気で冷えた枝折の身体を優しく包み込む。
柔らかな暖かさに枝折の緊張がほどけると同時に眠気が襲う。
……スイキ。
スイ――
水の、鬼。
枝折は、意識を手放した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます