第14話 楽しむ為にうまれてきたから



「俺思うんだけどさー」

「なんですか、天泰さん」

「こんなところに首吊り下げてるから客来ないんじゃないの?」

 カラスの鳴き声が似合いそうな、おどろおどろしい雰囲気を醸し出している水鏡遊園地の正門ゲート真上には、斬首されたフランス役人っぽいカール頭が何個もぷらぷら揺れていた。無論、作り物だ。なんかドンキとかで売ってそう。

「そ、そんなことありません! パパが考案した『オバケ屋敷っていいよね』リニューアルは、いまのところ好評だってパパが言ってました!」

「いくらなんでも全部オバケ屋敷にリニューアルはやりすぎだと思うよ……」

 一応チケットを買って入場すると、そこかしこに植えられた街路樹とか、そこに張ったクモの巣とか、足元をサササッ、と走り抜けていくネズミの玩具ロボットとか、なんというか遊園地に来たのかカプコン社のバイオ村に来たのか区別がつかなくなりそう。

「このへんゾンビとかいそう」

「ギャーッ!」

「いたし」

 俺が分厚い街路樹の葉っぱを避けると、特殊メイクをしたゾンビスタッフがカッと目を見開いてなにか叫びながらどこかへ走り去っていった。微塵も怖くなかったけど、客の冷えに負けずに最後まで全力疾走したのは評価する。

 鷹のジョニーはこの雰囲気に喜んで「ぶぁっさぶぁっさ」してるけど……

「ちょっとオバケ屋敷ってガラじゃないよな~俺ら」

 俺らはクソ田舎者だが、中学の修学旅行で某ネズミーランドとか行ったことあるので、このぐらいじゃビクともしないよ。なあ兄貴。

「……天国だ」

「は?」

「天国だあああああああああああああああああ!」

 レンガで舗装された道を転がっていく高校球児。

「いやっほおおおおおおおおおおおおおう!! なんて、なんていいところなんだ! ここにはボールも、バットも、グラブも防具もパフパフもない! ああ、神様ありがとう!」

「あ、兄貴……」

 西洋風の外壁にぐるっと囲まれた広場のど真ん中で、膝をつき、天空見上げて神に祈り始めた熱也の姿はちょっと関わり合いになりたくない感じだった。

「ううっ、よ、喜んでもらえて嬉しいですっ……連れてきてあげてよかった……」

 ハンカチで目を拭い始める俺の妹。チラチラこっちを見てくるのは「お前も感動しろ早く」という催促なのか? いつからこんなオシの強い子に? なんか熱也のそばにゾンビがワラワラ集まり始めて祈り始めてるし、なんなんだこのノリは……えっ、なに俺も祈るの? ええー。

 まさか入場二分で疲れる羽目になるとはさすがの天泰さんも思わなかったが、そんなこんなで兄貴とゾンビと兄妹のふしぎなお祈りも済み(なんだったんだいったい)、俺たちは入り口で買ったパンフを見ながら場内を見回ることになったのだった。

「帰りたい」

「どうしたんだ天泰、入場してまだ五分じゃねーか! なにがあった?」

「あんたのせいだあんたの!!」

 つ、疲れる……この野郎、昔っからワケのわからんテンションで弟を振り回しやがって……「お前んちの兄貴、ちょっとヤバくね?」って同級生に言われた時に愛想笑いするしかなかった俺の気持ちなんかわかんねーんだ兄貴には。ぷんすかぷん!

 まァ俺の不機嫌なんて乗り物一個乗れば直るので、別エリアへの移動も兼ねた長距離コースターから降りた頃にはご機嫌だった。なんか、日曜なだけあって女子大生のお姉さんズっぽい人たちが集団でキャッキャウフフしながら通り過ぎていったりして、そろそろ暑いし薄着だし、いやあ、いいとこだわ。

「……天泰さん? 遊園地、楽しんでます?」

「楽しんでるよー」

「……楽 し ん で ま す ? 遊 園 地」

 ケバブ喰いながら俺の脇腹をつねってくる風嶺ちゃん。痛い痛いー。ゾンビになっちゃう。

「天泰~、お前ちょっと目つきがヘンタイだぞ」

「それは君たちの心が汚れてるからそう見えるんだよ」

 通りすがりのお姉さんの横乳見ることの何がいけないんだ。

 まだ俺のことをジト目で睨みながら、風嶺ちゃんがパンフを広げる。

「えーと、天泰さん、熱也さん。ここの遊園地には目的があってですね、いろんなところを回って、ゾンビを倒すワクチンの材料を集めなくてはならないんです」

「へぇー。そういう趣旨なんだ。おもしろいね、集められないとどーなるの?」

「死にます」

 首を「ぎぃーっ」とやってみせる風嶺ちゃん。なんか、一生懸命な感じが可愛い。よしよし。頭撫でちゃう。

「……。まあ、その、全部のワクチンを集めると、この遊園地と提携してる特撮番組のヒーローが使ってる銃のオモチャが貰えるんです。あの、知ってます? 『滅菌戦隊カニバマン』……」

「ああ、一話でヒロインがバラバラに吹っ飛んだやつか」と俺。

「いくら剣とか槍とか武器のネタ尽きたからってヒロインの腕で殴りかかるのはどうかと思うよな」と熱也。

「は、はは……」ぽりぽり、と頬をかきなぜか視線を逸らす風嶺ちゃん。

「……お二人とも、あんまり、お好きではない? ですか……カニバマン」

「え? いや普通に好きだけど。なんで?」

「いえ……実は、あの番組の脚本を書いてるのが……うちのパパなんです」

「俺、今度トシさんの肩揉むわ」

「そうしろ天泰。あれ作ったやつ頭おかしい」

 さらっと流したが、いやあ、驚き桃の木。……古いね。

 まあ、それはともかく、どうもこのオバケ遊園地は、トシさんが公私混同していろんなところにワガママを言って作ってあるっぽい。

「しっかし……脚本家って儲かるんだなあ」

「いえ、それだけじゃなくて副業でゴニョゴニョゴニョ……」

 などと言っている熱也と風嶺ちゃんのちょっと後ろで、パンフ片手にアトラクションをめぐっていく順路を考える俺。こういうのはキチッとやっとかないとロスになるからね。

 で、パンフ越しになんとなーく、兄貴と妹の背中を見る。

 野球やってる熱也は背こそそれほど高くないが、最近地夏に贅肉をマヨネーズ出すみたいに絞り尽くされてちょっと精悍さが増している気がする。それにちょっと小走りでついていき、なにかわたわたと話している風嶺ちゃんは健気で一生懸命で、なんとなく二人は兄妹に見えなくもなかった。血はまったく繋がっていないが……不思議だよなあ。このまったく関係ない二人が、俺にとってはどっちも兄であって、妹であって……やべっ、またウルルン滞在記きた。

「どうした天泰、妹のうなじばかり見て」

「…………天泰さん…………」

「罪を犯してしまった人を見る目はやめろよ。……ああもう畜生てめえら、やる気はあるかあっ!!」

「ありま――――す!」と熱也。

 そして男子の唐突なテンション切り替えについていけない風嶺ちゃんはおろおろ。いいんだよ、心を解き放つんだ。

 俺はパンフを握り締めた手を高々と掲げた。

「とりあえず、ワクチン探すぞーっ!」

「おおーっ!」

「お、おぉー……?」

「声が小せぇーい!! おおーっ!!」

「お、おおーっ!!」

「ゾンビ倒すぞー! 遊園地救うぞー!」

「おおーっ!!」

 ようやくあってきた掛け声に、言葉にはできない一体感を覚えていたら、隣を通り過ぎていったお姉さんたちが、

「うわ、ウザ、キモ」

「これだから田舎者はないわ」

「なんでユニフォーム着てんのあの子、熱血系?」

 ……と。

 なかなか辛辣なことを呟きながら去っていき、

「……い、いこっか」

「おぉー……」

 俺たちはしょんぼりしながらアトラクションめぐりを始めたのだった。

 ……ま、負けないぞ、ああいう冷めたノリにはな!


 ○


 なかなかよくできたもので、ワクチンは園内にある四つの大型オバケ屋敷をクリアすると貰えるようになっていた。移動はジェットコースターなので、広い遊園地をめぐることはそれほど難しくない。平日とかなら空いてれば三時間ぐらいで回れるんじゃなかろーか?

 ……ま、今日は日曜日だったので当然混み混み、ジェットコースターなんかに律儀に乗ってたら(そしてこの遊園地の目玉のスプラッシュコースターなんかに乗ろうとした暁には)徒歩より遅ぇという移動革命にハナクソがついたようなオチが待っていた。

 そして当然、コースターには『待ち時間』というものがつきものなわけで……

「おーい、天泰。水買ってきたぞ」

「サンキュードラゴンボール」

 俺は熱也からミネラルウォーターのボトルを貰って、ベンチで寝てる風嶺ちゃんの頭をそっと持ち上げてやった。

「大丈夫か、我が妹よ。ほら、水だ」

「うう、すみません……ま、まさか熱射病になるなんて……」

「いいってことよ。日差しがきつかったしな」

 コースターを待っている時に、風嶺ちゃんが倒れてしまったのだ。慌ててベンチまで運んで休ませてあげたら、ちょっと顔色はよくなってきたが、さっきまでかなり青かった。

「ごめんな。俺が帽子貸してあげればよかった」

 と落ち込む熱也。いまはその帽子は、風嶺ちゃんがおなかの上で握り締めている。ちなみに帽子代わりになっていた鷹のジョニーはコースターが加速した時、そのまま風嶺ちゃんの頭から射出され第二宇宙速度に乗っかって星になった。

「い、いえいえ! 気にしないでください。すいません、せっかくの日曜日なのに、こんな……」

「気にすんな。結構遊べたし、充分だよ」

 広場の時計を見上げると(それにも血のりがついていた)、もう四時半。そろそろ閉園だが、ワクチンは三つしか集まっていない。

「ゾンビを倒すのはまた今度にしようぜ。なあ兄貴」

「これで世界は闇に包まれる……もうおしまいだ!」

「なんでそういうことを言うのかなあ君はァ?」

 義理の兄貴の首根っこを掴んでメンチを切る。

(風嶺ちゃんが気にしちゃうでしょぉぉぉぉぉぉぉ?)

(す、すまん)

 ったくボケが。言葉遣いには気をつけろィ。

「じゃ、風嶺ちゃんが動けるようになったら、帰ろっか」

 と、俺が言った時、ぶるるるるる、と俺のスマホが振動し始めた。風嶺ちゃんが倒れた時に気温を見たので電源を入れ直していたのを忘れてた。慌てて画面を見ると

『稲荷地夏』

 俺は熱也を見た。

「あ、あにきぃ……!」

 当の兄貴はといえば、めっちゃぶるぶる震えている。視線の位置がおかしいよ、地面の一点から動かないんだけど。どんだけ怖いんだ。

 俺はおそるおそる、その着信に出た。

「も、もしもし……」

『…………』

「ち、地夏さん? あの、天泰です、けど……な、なにか?」

『いま』

「は、はい?」いま?

『……お 前 ら の 後 ろ に い る』

 あぁー。

 終わったぁー。

 いったいどこで選択肢を間違えたのか、神はこの世にいないのか――

 振り返った俺たちを待っていたのは、そう、夕陽を背景に、足元から黒々とした影を魔の手のように伸ばして仁王立ちましましている――白いリボンの悪魔。

 稲荷地夏さんのご登場だった。

 ち、ちくしょう、絶対茶樹のやつがボコられて口割ったんだよ。可哀想に、あいつまだ十五歳だったのに……

「……三人なかよく、遊園地? ふぅーん、いいよね、青春だよね。ああ、あたし?」と聞かれてもいないのに会話を始めちゃう地夏さん。

「あたしはねぇー今日は朝から来週の試合のための最後の調整で朝六時に起きてグラウンドにいったのそしたらエースが来ないのねいつまで経っても来ないし電話をかけても出ないし家はもぬけの殻だしねぇに・い・さ・ん? 今日は楽しかった?」

「お、お、おちつっ、落ち着いてくれちなっぴ。お、おれ、おれ……」

 ニッコリ笑顔で一歩ずつ近づいてくる地夏に両手を突き出し、完全に銃口を向けられた人になってる熱也の顔から汗が止まらない。

「違うんだ、こっ、これは全部、風嶺ちゃんが仕組んだことでっ」

「えっ」

 亜空間からの刃に見舞われて「うそ、そんな」みたいな顔で見る見る血の気が引いていく風嶺ちゃん。ここでこの子を切り捨てる熱也のクズさ加減もいよいよ本物だが、かといって俺も助けにいく勇気はなく、とりあえず靴紐を直し始めてみた。地夏はサイボーグのドテっ腹にだって風穴を空けられそうな眼光で風嶺ちゃんを見ている。

「あ、天泰さぁぁぁぁぁぁん……た、たすけてくださ……」

「あっれーおっかしーなーちょうちょ結びができないぞォー」

「天泰さああああああああああああん!!」

 ゆるせ妹よ。俺が出て行ってもユニクロの商品みたいにさっと脇に追いやられておしまいだ。それなら一人でも多くの命を救いたい……たとえそれが、自分自身の命であってもだ!

「……なに勝手に盛り上がってんの? べつにぶち殺したりはしないわよ。……ただし」

 ギロッ、と地夏が熱也に睨みを利かせる。完全に蛇が蛙を見る目だった。摂氏マイナス七億度くらい。

「兄さん、動かないで」

「ひぐううううううううううっ!!」

 許しを乞うようにその場に跪き、滂沱のごとく涙を流し始めた熱也。

「だっ、だって一日くらいっ、休み欲しいっ、オフ欲しいっ、そう思うのは間違いなんですかっ、世界はそんなに狭いんですかっ」

「兄貴、なに言ってっかわかんねーよ」

「黙れ天泰ぅ!! 俺は今、殺されそう!!」

 すごく説得力のある悲鳴だわ。

「た、たのむちなっぴ……ゆるしっゆるしてっ」

「だめ」

 そう言って、地夏は怯える熱也の左腕を取った。「ひいっ」と兄が呻くのも構わず、地夏は理科実験でルーペでも使っているように片目を細めて、熱也の左掌を観察した。ほっとため息、

「……あのね先輩。心配しなくたって、試合直前まで猛練習なんかしませんよ」

「へ……?」

 完全におしっこ漏らしてそうなマヌケな顔で、熱也がズレた眼鏡の奥から地夏を見上げた。

「そ、それって……」

「今日だって、調整日にする予定だったんですよ。それなのに先輩ってば……ていうか、あたしのミーティング、ひとっっっっことも聞いてないですよね、いつも。スケジュール、説明してあったんですけど」

「あ、あの……それはそのぅ……」

「いいですよ、べつに。分かってますから。本気で投げると疲れて眠くなるって、高崎先輩からも聞いてますし。『そういうの』には理解あるつもりです」

 熱也の左手をぐにぐにと揉み、

「……ん、羽目を外しすぎて突き指したりはしてないみたいですね。安心しました。試合まで一週間、もう心配なのは、先輩の怪我だけですから」

「あ……悪い」

 熱也の顔色から見ると、そんなこと考えないで思いっきり遊んだ感がありありと浮かんでいる。……ま、そういうのを忘れるための『遊び』なんから仕方ないよな。

「……風嶺」

 熱也の左手をうっちゃって、地夏がベンチで横たわる妹の前に立った。完全に地夏ちゃんからはお姉ちゃんのスカートの中が見えていたと思うが、俺はツッコミを入れずに黙っておいた。

 地夏が風嶺ちゃんに声かけるの、初めて見たし。

「また倒れたの、あんた? ほんと、カラダ弱いよね……」

「う、うん……」

「あたし、これから先輩、持って帰るから。あんたは天泰に送ってもらいなさい」

「えっ、ちょっとちなっぴ、俺……」

「帰りますよ先輩。……というか、ちょーっと聞きたいこと、たくさんあるんで、覚悟してください。連行です」

「あ、あう……」

「天泰、あんた、風嶺をちゃんと送ってくのよ。わかった?」

「送ってくってゆーか、普通に一緒に帰るよ」

 地夏はじっと俺を見た後、「ふん」と鼻を鳴らした。少し顔が赤い。

「じゃ、そういうことで。……悪かったわね、今日。先輩のこと、リフレッシュさせてくれて、ありがと。……いきますよ先輩」

 右腕を引っ張られて「ドナドナドーナー」と持って帰られそうになる熱也。そんな目で俺を見るな。

「……お、お姉ちゃん! ちょっと待って……」

「なによ、もう閉園時間なんだし、充分遊んだでしょ? ……あのね風嶺、先輩はそもそも、あんたとはなんの関係もないんだから……」

「熱也さん。ちょっと、お耳、いいですか……」

 ぐっ、と地夏が押し黙る。風嶺ちゃんに押し切られた形で、渋々熱也を手放した。

「どーした、風嶺ちゃん。……さっき裏切ったことについては、弁解のしようもない。だけどこれだけは言わせてくれ、全部天泰がやれって」

「あんたそればっかりだな!」

 ピッチャーなんてこんなやつばっかりだよ!!

 風嶺ちゃんは「あはははは」と愛想笑いした後、ぐいっと熱也の首を引っ張って――ちょっと強引――なにか素早く耳打ちしていた。熱也は「ふんふんなるほど、株価が暴落するのか」とかアホなことを言いながら耳を傾けている。それにイラっときたのか、地夏が熱也を妹からひっぺがした。

「ほら、いつまでもじゃれあってない! 本当に閉まっちゃうから帰りますよ、先輩!」

「あうあうあうー……ああー……」

 こうして今度こそ、試合を一週間前に控えた我が校のエースは、鬼コーチ地夏の手によって連行されていったのだった。……なんか明日あたり、俺もとばっちりでいろいろ質問攻めにされそうな気がする……憂鬱だ。

 はあ、とため息をついてから、風嶺ちゃんに問う。

「ねえ、風嶺ちゃん。兄貴になんの用だったの?」

 風嶺ちゃんは恥ずかしそうに微笑んだ。

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