宴と先にある世界
学院世界は戦争の勝利とお互いの無事を喜び、死んでいったもの達を惜しみ弔い。それらを含めた祭りを始めていた。即席の屋台が並び、各々が自らの活躍や最前線に立った四人の事を話していた、そうして夕刻を迎えていた。
――君は勇者だ。皆が困っている時に助ける。
暗い闇の中でそんな男性の声が響く。
――自称の勇者。皆を傷つけるものから、戦いに巻き込まれる世界をヒロインと救う、それを楽しみとしている。
いつか見た夢、それはいつもよりはっきりと聞き取れる。
それが勇者、オルドっていう男。最高にかっこいいだろ?
そう子どもに語る、男の姿を見たような気がした。
オルドは目を覚ます、全身の気だるさ感じる。記憶を思い返すとサンドゥと刺し違えていたと思っていたが。重い体を起こすと白い天井と白に囲まれた部屋、そして数台のベッド、と薬の匂い。学院の保健室ということから生き延びたのだと理解する。
「目が醒めたようだね」
傍らにいたのはトラッパーだ。目覚めから道化の面、というのは中々に衝撃的だが、寝起きのオルドは吐息を一つついて
「目覚めからお前の顔見ると死神からのお迎えかと思うな」
「酷い言われようですね。体の具合はどうです? もっともそれだけ言えるのならば心配はなさそうだけども」
「魔法を乱発した上にあれだけ動きまわったから体力ない……でもって全身が焼けるように痛い」
「マーシーの加護のおかげでいくぶんかダメージを軽減したおかげですね。食欲はどうです?」
「とりあえず動いておきたいな、こう騒がしくっちゃ寝てる方が辛い」
賑やかな窓から見える灯り、聞こえてくる賑やかな声にオルドは肩をすくめる。
「出ていくのは構いません。手荒い歓迎をされる覚悟はあれば、ですが」
「……まあそうなるよな……その分だとお前もそうとうだったみたいだし」
もみくちゃにされたしわしわで何か食べ物のソースの染みがついたシャツを見て、オルドはそれだけ盛り上がっていたのだろうと自然と笑みになる。
「こういうとき治せる魔法があれば良かったんだがな……その辺は考えてくれなかったのか」
苦笑しながらオルドもまた祭りの場へと足を向けるために一端意識を飛ばして休息を取ることにした。
マーシーがいるのワモンの持つ空間だ。
美術館に入れば既にワモンは待っていましたとばかりに笑顔でマーシーを出迎える。
「では、見せてもらおう。100年間の平和を保っていた世界のはじめての戦いの記録を」
マーシーの額にワモンは指を当てる、しばらくすると一歩、二歩と下がって。
「これはなかなか……面白いな、勇者オルドか。今後の活躍に期待したいところだ」
「今後戦いがないのが望ましいのだけどね」
「だが、君は戦うさ。世界を守るために戦うべき相手がいるのだろう? これだけの力があると分かったのだから」
「ええ、そうね……私は戦わなければならないわね」
――平穏な世界を得るための戦いはまだ終わっていない。真の敵はサンドゥではない。
「……それじゃあ、私はこれで」
マーシーは用件を済ませれば足早に美術館から出ようとすると。
「ささやかだが健闘を祈らせて貰うよ」
ワモンの言葉を背に美術館を後にすればそこは理事長室へと繋がる扉だ。
「ふう」
吐息を一つ、理事長室の窓辺でついた。神を倒してはい、終わりというわけにはいかない。
サンドゥが消滅したことによるサンドゥが支配していた世界の管理、壊れた自らの世界の修復……そして、死んでしまった者達の扱い。
「神様ってのは、なんでもままならねえもんだな」
その隣へとやってくるのはアレンドだ。ショットグラスに入ったウィスキーを片手にやってくる。戦勝祝いを存分に楽しんで一息つきに来たと言うところだろう。
「とりあえず、どうするんだ? あのサンドゥの野郎の世界」
「大半がサンドゥの能力によって操られていて元々の気性は荒い訳ではなく穏やかに過ごせればとのことなので分割して統治と言う形になるわ。虚構世界から呼び出された者は元の世界に返す、資源に関しては武器やら建物の修繕なんかにも回せそうね」
「……まあ、いきなりやりあった世界と一緒に統治ってのは無理か。しばらくはこっちと行き来することになるのか?」
頷いて応える。しばらくは落ちつかないが平穏を保つためには仕方がないことだ。
「とりあえず、一番の功労者を労いにそろそろいくわ」
「……別に気にしちゃいないだろうに」
「私なりの流儀よ」
瞳を閉じて、意識を集中。与えられる加護の中から世界のどこにオルドがいるのかをつきとめる。雑居ビルの屋上だ。
「では、いってくるわ。終わったら鍵よろしく」
「ああ、じゃあな。っと違うな」
くいっとグラスを掲げて。
「お疲れ様、我らが神様」
「ええ、あなたも」
去り際に頭を下げてマーシーは部屋を後にした。
星空を眺める。戦勝祝いの宴の明りと賑わいは消えることなくまだ続いている。見ているだけで楽しくなる空気から少し離れて雑居ビルの屋上でその様子をオルドは眺めていた。
「混ざらないの?」
「……それなりに楽しんだし、たまにはこうしていたくなるときだってあるんだぜ?」
階段からやってきたマーシーに視線を向けずに返すとマーシーは袋に入った二本の缶コーヒーの片方をオルドに手渡されればまだほんのりと温かいそれを受け取って隣に座った。
「っで今後どうするの? 名実ともに勇者になったわけだけでも」
「俺には帰る場所ないしな。妄想の持ち主をどうこうするもできない、いずれ消える運命は変わらないしなここに残るつもりでいる」
ほっとマーシーは胸をなで下ろし。
「私としても、とてもありがたいわ。そうなれば勇者が守るこの世界を手にしようと考えるやつも減るでしょうから」
マーシーの本音にオルドは任せろ、と力強く頷いた。
「そうなると戦うまで俺は何するんだってなるけどな。俺が戦うような事態ってそうそうないだろ?」
「いいんじゃない? 穏やかな学院世界の警備員。その正体はかつて、この世界を救った勇者なんて。『設定』としては上出来でしょ」
「――ああ、それも悪くねえ」
気のいい連中に綺麗な世界、そんな世界の勇者とは誇らしい。そうオルドは思っているとマーシーは何かいいたげに表情を向けている。
「……いずれ消えるかもしれない妄想だけどその、消えることの恐怖とか大丈夫?」
心配そうな声にオルドは笑んで見せて。
「ああ、それは大丈夫だ。消える気がしないんだ」
「どうして?」
オルドは自分の姿を見て。
「これだけ作りこまれた妄想がそう簡単に忘れられると思えないからだな。見ろよわざわざこんな書くのも面倒なボロボロのマントに鎧に剣、面倒なものをこんなに考え込んでくれてんだ。消える訳がないだろ」
自信満々に言いきって見せる。マーシーはそっか、と言って視線を背け。
「……ま、これからはサンドゥの世界の管理もあるし。ゆっくり休んで。近々大きな戦いがまたあるとは思うけど」
「その時は手を貸してやる、それぐらいしか勇者は能がないからな」
改めて挨拶を返す。
そうして宴は早朝まで続いた。
翌日、春の日差しは温かい。さすがに宴のあととあって街は静かだ。そんな中で動く四人の姿が見える。
「それじゃあ、いつも通りだな」
あくびを一つしてアレンドは警備員の詰所へと向かい。
「では仕掛けを直しに」
トラッパーは音もなく姿を消し。
「俺はどうしたもんかな」
「とりあえず、皆の様子を見て回る? 酔いつぶれて倒れられていても面倒だし」
「危機の無い勇者なんてそんなもんだよな」
つまらなさそうにオルドは言えばマーシーに連れられて街へと足を向けた。
こうして妄想の勇者であるオルドは小さな世界の勇者としての仕事をはじめようとすると視線を感じた。
「マーシー。先いっててくれ」
「? ……分かったわ」
首をかしげる者のマーシーは先に商店街へと歩を進めていく。しばらくして白い鴉が一羽、オルドのもとへとやってくる。
「満足かよ。ルーラー」
「ああ、それなりにな……だが、まだアンコールの声も大きいがひとまずはこれでよしとしよう」
「いつまでも高いところに立っていられると思うなよ。勇者はいつだって、理不尽に抗うやつの味方なんだぜ?」
不敵な笑みをオルドはルーラーへと向けた。
――それが勇者というものだから。
盤上の勇者と神の少女 三河怜 @akamati1080
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