闇の中の光明
オルドの意識が深い闇に落ちる。
まるで意識だけがあり、体だけがないような感覚。
音がない、そこに男性の声が響く。
――君は勇者だ。皆が困っている時に助ける。
俺が考えた最強の勇者。から、この世界のヒロインと仲間達を救う、楽しみだな。
そんな穏やかな言葉と共にオルドの記憶がはっきりと戻っていく。
――七曜って英語でなんていうんだ?
――セブンススターとかどうよ?
他の男性と話してあーでもないこーでもないと話しあって次々に形が作られていく。体。刻まれる印、多くの戦いの記憶、それらを乗り切るための技、五感が戻っていく。
――やっぱり勇者で最初って名前で新旧合わせもった名前ってことでオルド=ファーストアロウ! 決まり!
元気な男の声。そこで確固たる体をオルドは得た。それから先は何もない、空白だ。オルドを生み出した男たちの声は遠くへとなっていき何も聞こえなくなっていく。
「ああ、そうか、そこから俺は――」
作り上げられたまま、表舞台に立つことなくそのままにされてしまった。
それを最後にオルドは現実へと戻る。
手の甲で汗をぬぐう。
「……大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。俺は――捨てられても忘れられてもいない……ここに俺がいるってことはそういうことだろ」
心配そうな声にオルドは笑顔で返して立ち上がり。手を握ったり開いたりを繰り返し。
「すごい、力を感じる」
羽のように軽い体。頭にかかった靄は晴れ。高揚感にオルドは包まれていた。
「……頼りにさせてもらうわ、可能な限りアレンド達とバックアップはするわ」
マーシーの言葉に、にっと歯を見せて笑ってオルドは頷いて。
「任せた。絶対にこの世界、救ってやる、が――」
オルドの腹の音が高らかに響いた。そう先ほどから屋外で肉やら魚を焼いている音とそのにおいが腹の虫を刺激していたのだ。
「まずは腹ごしらえだな。いやあ腹減った腹減った」
マーシーは仕方ない、と言った感じで苦笑を浮かべてまったく、と言って。
「外で色々焼いてるからもらうといいわ」
「ああ、そうさせてもらうわ」
まるでこれから戦争に行くとは思えない軽さでオルドはテントを出ていった。
校庭へといくとテントを立てて一息つく、住民たちの姿が見える。
焚火をし、鉄板を載せて肉や魚を焼いている。それらは匂いだけで食欲を刺激する。
住民たちはオルドの姿をくれば待ってました、とばかりに歓声で出迎える。真っ先に飛び出して抱きつきにかかる包帯だらけの甲斐をひらりとさけると渡り廊下の柱に甲斐が激突したように見えたがとりあえず置いておく事にして手を振って住民たちに応える。
「皆お疲れさん、戦いに遅れて悪かった!!」
頭を下げると皆、大丈夫だ、助けられたぞーと声をかけながら串焼きや焼肉の載った紙皿を差し出される。
「言いたい事は色々とあるけどね。今はしっかりと食べて力つけな。こっちはあんたたちだよりなんだからね」
「ばあちゃん、ありがとう」
先日会った駄菓子屋の老婆はいいってことよ、と歯を見せて笑えば他のテントへと回っていく。オルドは視線を先ほどの渡り廊下の柱にぶつかった甲斐へと向けると甲斐は顔面を抑えながらやってくる。
「甲斐もよくやってくれたな。勝手に動いた事に関しちゃどうかと思うけどな」
「へへ、お安いご用っす。明日もやってやるっすよ」
「怪我はいいのか?」
その言葉に甲斐は跳ねたり腕を回したりして見せる。
オルドは甲斐の肩へと手をまわして
「次は俺達が張りきる番だ。無茶はやめてくれよ?」
「りょ、了解っす」
オルドの低い声に圧されて甲斐はうろたえながらも答えを返した。
ひとしきり、食事を終えれば集団の輪から離れて屋上へと足を運べば既にトラッパーがそこにいた。自然と傍らにそこにいく。
眼下の学院世界の住民は飲めや歌えやの騒ぎだ。
――まるで戦いの恐怖を振り払うかのように。
騒いでいる誰もが悲しみを抱えている。それでも尚も、前に進もうとしている。
「歓迎されたようで」
「ああ、まあな」
「……話しは聞いています。妄想より作られたものであると」
オルドが視線を向けるがトラッパーは街へと視線を向けたまま語る。
「知っているのはマーシーとアレンドと私だけですよ。まあ知ったところでこの世界の人々からしてみれば君はここを救っている勇者には違いないですから」
「……励ましてくれているのか?」
「そのつもりです。トラップの扱いは超一流だが口下手である設定は厄介ですね」
「ありがとよ」
笑んで礼を返せば夜の街へと視線を向ける。
「――何人死なせちまったんだろうな」
「確認した限りでは軽傷者多数、重傷者200名、死者は50名強にあがる」
「守れなかったか」
「それは違いますよ」
肩を落とすオルドにきっぱりとトラッパーは言った。
「私達がいたことで皆、死なすことがなかった。間違えてはいけません」
「……そう、か」
「らしくないな、こういうときこそ勇者らしくでしょうに」
トラッパーの言葉にオルドはすうっと息を吸って両手で頬を叩く、乾いた音と衝撃が響き、オルドは気合を入れる。
「そうだったな。俺は勇者なんだ」
「明日も頼らせて貰いますよ」
「ああ、こちらこそな」
すっと差し出されたトラッパーの拳にオルドは拳をぶつけた。
「……っで実際のところ戦ってみた実感としてどうですか、サンドゥの軍勢は?」
「強くはないが、弱くもない」
「そうか、そういう感想が出てくるのであれば足を引っ張られる心配はありませんね」
「お互い様だ」
そう、軽口を叩いてトラッパーは明日の戦場のための仕込みにその場を離れた。
テントの外の騒ぎを聞きながらマーシーは肘かけのついた椅子に深く腰掛ける。
――流石に堪える。
加護による力を与え。自らも大立ち回り、さらに戦後の処理と作戦の立案をしていた。
神といえども万能ではない。特別な力を持っているだけの高位の生命体である以上、疲労もするのだ。
「休めるときにはしっかり休むべきだぜ、総大将」
「……アレンド」
いつの間にか戻ってきていたのか、肉や魚を載せた紙皿を片手にアレンドがいた。
「俺がいたことにも気付かないぐらい疲れているか。今はしっかり食って寝ておけ。お前の力がなきゃ俺達皆、戦えないんだ」
「ええ――」
紙皿とフォークを受け取り。食べる。単純に塩振っただけの肉だが元々の肉が上質なものなのかそれだけで肉汁と合わさり完成された味が引き出されている、そして体に活力がもどってくるようなそんな錯覚を得る。
「ありがとう」
「どういたしまして」
しばらく間が合ってアレンドがタバコを吸って。外へと煙を吐けば。
「……良かったじゃねえか、オルド。戻ってきてくれて。それとも計算通りか?」
「戻ってくるだろう、と思ってはいたわ……ただ、思ったより彼はナイーブなのかもしれないと思ったわ」
「妄想で作られた駒は妄想を生み出した主に似るだったか? それじゃねえのか?」
「でしょうね。彼を生み出した妄想の主はなんらかのコンプレックスを抱えていたのかもしれないわ」
「それを考えても仕方ねえだろうがな」
「今はそれどころではないものね」
「とりあえず、夜の番は任せな。奴らが来たらちょっとはいいとこ見せないとな。勇者様に負けちゃいられないってな」
そう言ってアレンドは外へと出ていった。
簡単な食事を終えると、マーシーは机に突っ伏せる。
考えるべき事はたくさんある。
敵が来た時の対応、戦死者の事、戦後の処理。そしてこれから世界の事。
これまで戦いに参加しなかった世界が参加したことで注目はされているだろう。さらに苦戦する学院世界に勇者が現れ救う。絵にかいたような構図。ルーラーの意図するものかは分からないが今はこのまま戦うしかない。戦いぬいてこの世界がタダでは落とせないことを伝え、今は平穏を取り戻すしか道はないのだ――
そう、思考して。マーシーは立ち上がり。
「その前にやることがあるわ」
ふらつく体で神の力を行使し伝える
最終作戦について話す、と。
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