勇者参戦
商店街の雑居ビルの屋上。そこにオルドはいた。
雨の中、勇者は考える。己はどうあるべきなのか。妄想の勇者であり、還るべき場所もない。
ただ、ただ 反射的にやってくる。サンドゥの兵を一刀のもとに斬り伏せる。
圧倒的な力を持っているだけの人でしかない。
――何のために戦うのか。
勇者としての生き方、それが自ら選んだものではなくそうであるようにされたものとして作られたものなのか。自分はどうありたいのか?
そんな中でも戦いは続いている。オルドの脳裏に過ぎるのはここでの生活と住民の面々だ。とても良い世界だったそれが今壊されようとしている。それを目の当たりにしている。
ルーラーの思惑、マーシーの思惑、自身の意志、様々な事が頭を巡り動けずにいるのだ。
「こんなところにいましたか」
「……トラッパー」
中性的な声に視線を向ければそこにいた
「俺を連れ戻しに来たのか?」
「いえ、たまたま私の移動ルートに被っただけですよ、そんな余裕はありません。戦わないのですか?」
「どうすればいいのか、分からなくてな。お前はなんでこの世界で戦っているんだ?」
「私は、この世界が好きです。そしてこの世界は力を求めている、それ以上の理由は要りませんよ、貴方もそうかと思ったのですが」
「俺は、自分が分からねえ。そのつもりで、いたんだけどな」
「私は貴方の事は分からない。ただ言える事は、貴方は選ぶ事が出来る、それはただの人形には出来ない事です。悩んでいる貴方がいるのであればまぎれもなく貴方自身の意志です……もっと単純に考え、何がしたいか選べばいいと思います」
見過ごせばどうなるか。考えるまでもない、勝算は殆どない戦いだ。学院世界は荒らされるだろう。
オルドはそれを見過ごすこともできるが、ふつふつとわき上がるものがある。頭をよぎるのはこの世界に来てから会ってきた面々。
「ああ、そうだよな」
自分にそう、語る。
ルーラーの思惑もマーシーが何を考えているのかは分からない。しかし、この世界は守りたいと思う。それは確かなものだ。自分には力がある、それならばやることは決まっている。
――自分が何者であってもこの世界を守りたい。
敵の動きは商店街に集中している。きっとあそこにはマーシー達もいるのだろう。世界を守るために。
「いい目になりましたね」
「……悪い、これからいく」
「マーシー達は最前線にいます。おそらくそこに敵の総大将もそこへと行く筈」
「ああ、いっちょ救ってくる」
自らの勇者としての道をオルドは自分で選んだ。
サンドゥの言葉にマーシーは笑みを浮かべる。
「……気でも狂いましたか? まだ壊れてもらっては困るのですが」
マーシーの中で、確かに感じたのだ。
「おお、雨が止みましたね。虹が、かかり。日の光が差す。まるで私の勝利をこの世界が祝福しているかのようではありませんか!!」
雨が止み午後の日差しが周囲を明るく照らし空には虹がかかる。その中でサンドゥは大きく手を広げ、勝利の宣言をする。サンドゥの声に呼応するかのようにサンドゥの兵たちも咆哮をあげた。
その中で動く者が一人いる。サンドゥの兵をなぎ倒し、そしてサンドゥを殴り飛ばしマーシーの向かい側の店のシャッターへと叩きこまれる。いきなりの展開に周囲が戸惑いざわめく。
はためくはボロボロの赤マント、しっかり結ばれた薄汚れた鉢巻き、使いこまれた軽装鎧に野性を感じるぼさぼさの赤毛。
マーシーが感じていたのはかつてないほどのこの世界を守りたいという一人の勇者の思い。
こうして"自称"勇者オルド=ファーストアロウが戦争へと参加した。
確かな手ごたえをオルドは感じる。小型の竜巻を纏った拳はサンドゥの顔面へと直撃し弾き飛ばしたがそれで終わりではないだろうと背に差したセブンススターを抜いた。光に照らされて虹色の輝きを周囲に放つ。
「悪い。皆、遅れた」
「ううん、助かった。戦える?」
マーシーの言葉に、オルドは背を向けたまま剣を正眼に構えた。
「当然だ。あいつを斬ればいいんだな?」
「ええ、狙うはサンドゥ一人。周りの雑魚は任せて」
「貴様ぁ!! 出来そこないの人形の分際で!! 私の顔をぉ!!」
激昂したサンドゥがオルドへと向かってくると手を掲げ。
「さあ、我が駒よ。奴らの肉を裂き、骨を砕き、一片たりともこの世界に残さず、消せ!!」
周囲の兵たちがオルド達を引きちぎらんと獣人達がそれぞれ武器を構えて向かってくるが。
「雑魚ごと黙れってんだ!!」
オルドの左腕に刻まれた刻印が赤い光を帯びる。オルドがイメージするのは氷結の呪文、雨にぬれた地面を利用して周囲を凍らせる魔法だ。
「雑魚はお呼びじゃないんだよ」
オルドを中心に氷の空間が雨水を瞬時に凍らせて兵士たちを凍りつかせて動きを止めていく。
「ふん、自称勇者ごときが神を殺せるとでも?」
サンドゥは宝剣を掲げて力場を作り、凍結を免れる。マーシーの錫杖と同様宝剣を用いることで様々な力が使えるのだろうとオルドは推察して。
「出来るさ。その神様は性格が悪いだけの出来そこないの神様みたいだからな」
オルドは、はっと鼻で笑って挑発しつつ一瞬、マーシーへと視線を向ける。
――俺が、やる。その間に皆を。
「全員学院へ――」
そこでマーシーはオルドの意図を察して神としての力を使い強制的に学生たちの体を動かし学院側へと駆けさせていく。
「逃がす――」
「させねえよ」
マーシーの逃亡を阻もうと投じられた宝剣をオルドは、セブンススターではじき返す。
「どうやらお前には魔法は効かないし多少の攻撃は効かないみてえだな」
口の端を吊り上げた笑みをサンドゥは浮かべるそれは狂気ともいえるような笑みだ。髪を整えて冷静さを取り戻したようで。
「そう、私はルーラーから不死の体を授かったのですよ。そして兵を凍らせようと私の能力には何の支障もありません」
宝剣が輝きだすと凍らせた兵士が動き始め向かってくる。そのまま凍らせる前と同じく機敏な動きでオルド達に襲いかかってくる。
「近場に操り人形をつくるってところか」
冷静にオルドは周囲を見てその能力を見定める。
サンドゥ自体の能力は一見したところ大したものではないがこれだけの兵を操るのがこの神としての力だ。
「さあ、圧倒的物量の前に屑のように潰されるがいい」
優位に立ったことで幾分か平静を取り戻したサンドゥが告げるが、やれやれとオルドは肩をすくめた。
「面倒だな、こりゃ」
舌打ちを一つして向かってくる敵を一人また一人とオルドは切り裂いていく。
「さあ何匹保つかな」
急所を斬り裂くがそれでも尚も兵士は意識を失ったまま体の限界を超えた動きで襲いかかってくる。完全に倒すにはばらばらにある程度解体すれば操れなくはなるがその分、力が必要となる。
――この世界を守りたい。
思いによる力の強化はオルドの力は限界以上に引き出し、サンドゥの兵を蜘蛛の子を散らすがごとく退けていく。
「私の能力。"人形使い"は人型をある程度保っている限り何度でも操る事が出来る。そしてこれだけの数がいる。実質100倍以上の兵力差があるのですよ?」
「ありがたい説明どうも」
淡々と襲いかかる兵士をオルドは解体していく。それから十五分も経ち辺りには肉片と血の色に彩られるが一向に数は減らず増すばかりだ。
そうして日が暮れていく、オルドも疲労こそ見せないが確実に体力は消耗していく徐々にダメージを負い、勢いを失くしていく、何人かもわからない狼の獣人の四肢を両断すればオルドは大きく後ろへと距離を取った。
「そろそろいいか」
「諦めがつきましたか?」
「いや――いい具合に集まったなって思ってな」
オルドは不敵な笑みを浮かべる。
オルドの心の中にイメージするのは炎の剣だ。それも長く超大なイメージを作り上げる。そしてそれはこの戦場に、すぐに形となって顕現される宵闇が訪れる戦場を明るく照らす。それに恐れず人形と化した軍勢が向かっていく。
「巨人の剣!!」
声にしてイメージを確固たるものにすればオルドの掲げた刀身に極大の白い炎にサンドゥの軍勢が包みこまれる。
「世界に害為す化け物ども――燃え尽きろ!!」
振り抜かれた一閃は商店街の区画全てのサンドゥの兵士を薙ぎ払い消し炭へと変えた。建物一つ燃やすことなく、敵だけを滅する炎の剣はその一振りで元の形へと戻る。
その様を見たサンドゥは後ろへと後ずさる。
「こ、こんな馬鹿げたことがあってたまるか……私がこの小さな世界の出来そこないなどに――」
「大人しく下がってこの世界から消えろ」
サンドゥは怒りに表情をゆがませて
「今は引く!! だが勝つのは我らだ!!」
そう言ってサンドゥは大鷲の足に捕まり飛び去っていった。それをオルドは見送ればその場に座り込んで学院側から聞こえる歓声に満足そうに笑んだ後あーと唸って額に手を置いて。
「色々説明しないといけないよな」
この後の事を考えて憂鬱そうにため息を一つ、ついた。
サンドゥの軍勢は一時撤退し学院世界に一時の平穏が戻ると共に夜がやってくる。
オルドが帰ってくれば歓喜の声で迎えられ、作戦本部と書かれたテントへと入っていく。そこにはマーシーとアレンドが待っていた。
「戦う覚悟はあるな?」
「ああ」
アレンドはそれだけ尋ね、オルドの応えに満足したのか笑みを浮かべて外へと出ていった。
「……オルド、その」
「別に俺の記憶について隠していた事については怒っちゃいない。そりゃあ……お前の立場からしてみりゃ分かんなくもないし。そもそもお前が全部、悪いわけでもないだろ」
「悪かったわね、騙したみたいな形になって」
「いいってのに。随分とまあ腰の低い神様だな、本当に」
頭を下げるマーシーにオルドは頭をかく。
マーシーは頭をあげ首をかしげた
「でも、どうして戦いにきてくれたの?」
「あー……まあ、ルーラーに言われて色々考えてた。訳分からない妄想から出来た存在で、いつまで生きていられるか分からない、分からないことだらけでとりあえず俺なりに考えた訳だ。勇者じゃないほら吹きだなとか帰る場所もないとか」
黙って口を挟まずマーシーは続く言葉を待つ。
「自称勇者かもしれねえけど。この守りたいと思いもそうやってつくられたものかもしれない……俺自身の考えではないかもしれない。けど俺としての意志はある、勇者として生みだされて力はある、でもって今、サンドゥのやつらがこの居心地のいい世界をぶっこわそうとしてるのが我慢ならない。でもってトラッパーからも色々言われて……そこで俺は戦うって自分で選んで決めた。よーするに自分の事は良く分からない、けどここを壊されるのが気に食わないから戦うってことだな」
「まとめるとものすごく適当な理由ね」
頷いてオルドは胸を張る。
結局のところ、自分にはこの世界を使える力がある。いつ消えるかは分からない不安定な身だが、動く事が出来るのであれば動く。
根っからの勇者体質の男。つまりはそういうことだったという話だ。
「何それ」
マーシーは声を震わせる。
「私は、あなたを追い詰めて利用したのよ? この世界を守りたいって勝手で。それに対して怒るとかにくいとかあっても――」
「お前が呼ばなきゃ俺は妄想のままだった」
オルドが割り込む。
「理由はどうであれ、この世界へ招いてくれた。いいやつらばっかで守るべきものがある。俺が勇者としていられる場所をお前はくれたんだ。だから気にすんな」
その返答にマーシーは呆気にとられる。
「……なんか悩んでたこっちがバカみたい」
「俺も何で悩んだだろうなって思ったな」
ただ、「世界が危機に瀕して神様が勇者へと助けを求めた」それだけの事、物語の様な出来事。
答えなんてお互い見えているのに何故見えなかったのか。
お互いに軽く声をあげて笑って。
オルドは自ら手を差し伸べて
「そんなわけで、改めてよろしくな? ややこしい事は抜きだ」
「ええ、こちらこそ」
マーシーはその手に応じればオルドは真剣な表情へと変えて。
「……っで現状はどうなんだ? 実際」
「芳しくはないわね」
敷き詰められた長机の上に広げられた地図を見ながらマーシーは表情を曇らせる。
「当初の想定以上の死傷者は出た上に、サンドゥには逃げられた……当面は撃退できたと士気が高いのが救いね」
「あの神経質な野郎な事だから今度は最初から全戦力投入とかやりかねないな」
相当煽ったしなと付け加えるとマーシーは肩を落とし。
「どうにか、しのがないといけないわけだけども」
「諦める気はないんだろ? 目を見る限り」
文句をいいつつもマーシーの目には疲労の色はあるものの、凛としてそこにいる。戦意に満ちた目だ。
「手はあるわ。オルドあなたがいなくては成り立たないけども」
「自称勇者でよければその話聞くぜ?」
「――私、あなた、アレンド、トラッパーで学院の屋上を陣取り片っ端から敵を倒す」
「籠城はしないんじゃないのか?」
「サンドゥのあの様子ならままならない状況をどうにかしようと出てくる筈、本来あっさり制圧できる筈の世界をここまでてこずったら仮に勝ったとしても。次の世界につけいる隙を作ることにつながるから」
マーシーの話にオルドは頷きを持って返し。
「なるほどな。だったら確かにその手なら戦えるな」
「やれる?」
「やってやるさ。それしか手がないなら迷う事はないだろ」
「さらに……あなた本来の力を引き出すために記憶を戻す、それがどういうことか分かるわね?」
「精神的なショックがあるかもしれないってことだよな。今更だ。全力出すにはそれしかないなら迷うことはないだろ」
なら、とマーシーが錫杖を鳴らす。一度二度、そしてオルドの頭に頭痛が走る。頭の中を裂かれるような感覚に片膝を突いた。
片膝をついたオルドを見ながらマーシーは意識を集中しオルドの記憶を呼び覚まそうと駒の体内へと意識だけを潜り込ませる。そんな中、オルドを召喚した時の事を思い出す。
絶望的な状況だった。こちらの駒は二人しか召喚に応じず、学院世界に戦う力は今以上に微々たるものだった。そんな中、下界へとマーシーは足を運んだ。学院世界の基となった世界、日本と呼ばれる国、誰かれもが忙しそうに過ごしている、そんな中。彼女は気付いてしまった。人の持つ想像、妄想の力に。そして自らにはそれを具現化するだけの力があると。そして彼女は力を持つ妄想の主を見つけ出した。平々凡々な少年だ、日々に希望を抱きそうだったら面白い年相応に考えるだけの一般人。だがこの状況を変えるだけの妄想を彼は持っていた。
それをマーシーは具現化して見せた。記憶を閉じ込めたまま。自らの都合のよいように動かすためにもてる力のほぼ全てを用いて形にした結果がオルドだ。記憶を失っていたのではなく閉じていたのだ。
(最初から、信じて良かったのかもしれないわ)
彼はまぎれもないその人格も勇者だった。その事を少し申し訳ないと思いつつ、マーシーは記憶の枷を解いた。
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