遊戯開始

 学院世界に雨が降る。それはマーシーが意図したものではなくルーラーが無作為に選んだ天候だ。

 学院世界は万全の状態で戦い告げる時が刻一刻と近づいていた。

 女、子ども、非戦闘員はバリゲートで固められた校舎内に退避を終えていた。

 学院の校庭にテントを張って人が集まっている。戦いを告げる時までは残り15分だ。ホワイトボードと長机が置かれた、中央の椅子に腰かけるのはいつもの制服の上から黒のポンチョ型のレインコートを纏っているマーシーだ。傍にはトラッパーとアレンドが控えている他、オルドが見出した学生部隊がいるがそこにオルドの姿はいない。

 「各部隊。配置完了いつでも動ける状態だ……一言。なんか言っておくべきじゃないか」

 「分かっているわ。皆不安だものね」

 はじめての戦いだ、周囲は静寂に包まれているが恐れるもの逃げたいものがいる事が加護の繋がりからもマーシーには見える。その気にさせる言葉が必要だと判断した。

 マーシーは立ち上がり、神としての力を行使し学院世界に告げる。

 「皆、聞こえる? いよいよはじめての戦い。思うところはたくさんあると思う……きっと、誰もが恐れを抱えているわね」

 それは確かに感じとれる。否定しない。神たるマーシー自身も恐れを抱えているのだ。必要なのは恐怖を超える強さではない。

 「戦いに恐怖することも嫌悪しても構わない、ただ、この世界を守るために戦ってください! 誰ひとり欠いても守る事は出来ません! ――この100年の平和を続けていくためにも皆、力を貸してください」

 恐怖と共に戦いに向かってほしい。

 マーシーはただただ、正直な思いを伝える。そんな不器用な神様に応えるように加護の力が高まっていくのを感じる。

 「……オルドも必ず来ます! だからみんな、がんばってください!」

 確証は僅かな加護のつながりだけだが。告げる事で士気をあがったことを感じた。

 数分後、学院に鐘の音が響き、戦いの始まりが告げられると共にマーシーは自分の体が重くなり、一部感覚が欠けているかのような錯覚を得た、神の"駒"となったことで能力が制限されたのだ。

 はじめて実戦であると実感すると共に心臓が早鐘に様に動く。

 そこへ、ぽん、と肩に衝撃走ればびくっとマーシーは体を震わせる。衝撃の方へと視線を向けるとアレンドがそこにいた。

 「大丈夫だ」

 「……ありがとう」

 すうっとマーシーは息を吸って神としての力を使って駒達に命じる。

 ――これより、学院世界は戦闘を開始する、と。


 獣の咆哮が響き、世界が歪み波紋が空に広がりそこから羽を持った人間、鳥人が獣人や竜人を抱えて降下し、各地に兵を投下、もしくはボウガンを手に学院の上空からの進行を開始するとそれを制するように銃声が響く。

 その主、アレンドは机のバリケードの中から三脚に乗せた狙撃銃、対物ライフルとも呼ばれるそれをを構え、下りてくる敵の頭に狙撃銃のよる狙撃で撃つ。車両を吹き飛ばすそれは加護を得て、狙撃した一点ではなく、一帯を吹き飛ばすまでの威力になっていた。

 (威嚇の必要はないな)

 照準スコープから見える、敵の兵士はいずれも目が血走っており興奮状態だ。神の手による駒の調整の結果だろう。勢いのまま真っ直ぐに突っ込んでくる。威嚇したところで効果はない。

 アレンドは続けて流れるような動作で弾薬を装填、照準をつけて空の敵を撃ち貫く断末魔の叫びをあげてサンドゥの軍勢が落とされていく。

 それに続いて改造したエアライフルを持った学生が牽制とばかりに銃を撃った。それらもまた加護の力で玩具ではなく武器としての力を発揮していた。

 的確な射撃に周囲の学生が歓喜の声をあげる。

 「すごいっすね。このまま一気に攻めちまえばあいつらだって――」

 「油断するなよ、お前ら! すぐ次が来る。射撃できる奴はすぐに用意!! 学院が落とされりゃ終わりだ!! 連中は数で押してくる!! 決して一人で戦おうと考えるなよ!!」

 アレンドは声を張って学生部隊に指示を出していくと同時にトラッパーが指を鳴らすと爆音が響き、閃光が走り辺りまばゆく照らす手榴弾と閃光弾を用いたトラップ、出鼻をくじき、敵の行動を制限するための手だ。

 「相変わらず、すげえなトラッパー」

 「敵には容赦なく」

 言ってトラッパーはこの場を去った。直にトラップにかけるのを見届けるためだろう。

 戦争開始直後の動きとしてはマーシーの狙い通りだ。序盤から守護者たるアレンド、トラッパーが片っから敵を落としていくことで敵が襲るるに足らずということを示しこちらの士気を高めあちらの指揮を落としていく。

 「オルド――」

 この場にいてくれれば、勢いのまま攻めてくれただろうか。そんな思いがマーシーの頭によぎれば頭を振って払いテントから出て、世界に告げる。

 「いくわよ! 高みでふんぞりかえるしか能の無い神にこの世界を舐めるんじゃないと教えてやって!!」

 応える声が響くと共に雨足は強まっていく。

 


 戦争序盤、サンドゥ側は上空と地上からの攻撃による侵攻を開始、これに対し学院世界はアレンドを中心とする射撃部隊で迎撃。地上部隊に対してはトラッパーによる電撃や爆薬による奇襲、学院世界側の構造物の頑強さを利用しての防衛戦、火力によるトラップで数を減らしつつも施設の破壊を防ぐ。孤立したサンドゥの兵を警官隊や消防隊といった先陣をきれる人員が即席の武器を作り、勢いのまま第一陣を撃退したがさらにサンドゥ側はそれに対し、倍の数を投入する。それに合わせて学院世界は部隊を徐々に後退させる。

 サンドゥ側が圧倒しているように見せるための動きをとっていた。

 もちろん、犠牲者が出なかったわけではない。訓練を受けていたとはいえ学院世界側からしてみれば初の実戦である。他者を殺すという経験はない犠牲になった学院世界の人間は悲惨なものだ。

 「うわあああ!! やめろ!! 来るな!!」

 突出した者達は、敵による串刺しを受けた。

 「……あ……う」

 死体を目にして動けないまま敵の食料となるものもいた。

 「やめてください!! お願いします!! なんでもしますから!!」

 それらを見て恐怖し敵に命乞いをするものもいたが一閃の下に首を刎ねられるものもいた。

 戦いを始めてから既に3時間が経過しているがオルドは一向に姿を現さなかった。

 ワモンからの情報の通り獣人界の人間は戦闘の心得を知っている者が少なくその力を以て制しようとするため罠にかけること自体は容易だが、問題なのはその数だ。如何に罠を仕掛けようとそれらを超える数が押し寄せれば何の問題はない。サンドゥ側の軍勢は建造物の破壊が困難とみれば戦力を中央の商店街通りへと集中をまっすぐ突き進んできていた、そしてその奥へと駆けこみ校門へと至ると銃声が響いた。

 「ここから先は通行止めだ」

 銃剣付きのショットガンを構えるのはアレンドの横にいたマーシーは錫杖を構えた。

 「サンドゥはどうやら臆病風に吹かれたと見えるわね」

 「そうみてえだな。一気にぶっちぎってやらあな。甲斐、てめえらは校門の守りに専念しろ」

 マーシーが笑みを浮かべて前へと出ると人狼の腹に錫杖を叩きこんで突き飛ばし、さらに身を回して別の人狼へと脳天へと叩きむと同時に力を流し込んで昏倒させていく。

 不意の動きに人狼や鳥人、竜人が鉈や斧、剣をもってマーシーを狙うがその瞬間に銃声が響く。アレンドによる正確な射撃が頭を撃ち抜いて進行してくる敵を仕留める。さらに後方に控える学生部隊がエアライフルによる攻撃で敵の牽制し動きを止めた。

 ――これは賭けだ。

 敵が冷静な相手であるのであれば相手にもされないだろう。

 マーシー達はわざと自らの敵の渦中へと入ることで隙を作る。さらに煽りを忘れない。

 そうすることで絶対的に相手が有利と思われる状況を作り出す、その結果。

 「虚勢はもう張らなくていいのですよ」

 商店街の中ほどまでくれば獣人達が道を開けてサンドゥがやってくる。端正な顔立ちに余裕を感じさせる笑みを浮かべる、雨の中だというのに濡れずにいるところから察するに何らかの力場を纏っているのだろうとマーシーは察する。

 「大人しく降伏しなさい。見事な策の数々でしたがこれが精一杯でしょう? いかに優れた策とてこの全てを抑えるには至りませんよ」

 「……嫌ね。まだまだやれるわよ」

 呼吸を整えながら錫杖をサンドゥへと向けるとサンドゥは肩をすくめて柄に金銀宝石をちりばめた宝剣をマーシーへと向ける。

 「手を出すな、私が彼女をものにする」

 「相変わらず吐き気のする言いまわしね」

 マーシーは錫杖を鳴らし殴りかかると宝剣で受け止められる。

 「そちらの現状は理解していますよ?勇者、いや、自称勇者の不在に圧倒的な人手不足……勝てる道理はありません」

 「甘く見ないでもらいたいわね……!!」

 裂帛の気合の叫びとともにマーシーはサンドゥを押し飛ばし、僅かに間合いを開けるとともに詰めると同時に錫杖から引き抜かれるのは白刃だ。

 ――奇襲だ。

 「遅いですよ」

 サンドゥはマーシーの一閃を宝剣で弾き飛ばし、さらに蹴りによる追撃で商店のシャッターへと叩きつけるとマーシーは呻き声を上げた。

 「そして、こちらにはルーラーの加護もあるのですよ……大人しく私の物になりなさい」

 サンドゥはさらにマーシーが達に勝ち目がない事を告げて近づいてくる。せき込みながらマーシーは体をなんとか立たせるがそれで精一杯だった。

 「あなた自身も多くの者に力を分け与えて力がない。無謀としかいいようがありません」

 宝剣がマーシーの首筋に突きつけられるが決してマーシーは怯まず睨み返す。

 サンドゥの言っている事は事実だ。現在のマーシーの力量は駒となったことで力が落ち。さらにその力を戦闘する者たちに分け与えている状態で万全とはいえない。その状態で挑もうとしたのは確かに無謀としかいえないだろう。

 「……殺して物にするしかないようですね」

 サンドゥが宝剣に力をいれようとした瞬間サンドゥの頭がはじけ飛び、さらに銃声が響いた。同時にマーシーは距離を取った。

 頭を吹き飛ばした筈のサンドゥの頭部がまるで動画を巻き戻すかのように元に戻るとニヤリと笑みを浮かべる。

 マーシーは自身の計算が崩れたがそれを表情に出さず無表情で錫杖を構える。

 「くっくっく。危ない危ないルーラーの加護がなければ死んでいるところでしたよ。お前達、囲みなさい」

 サンドゥの指示に従って素早く獣人や竜人が囲む。弾よけのつもりだ。人格まで支配している駒はよどみのない動作で陣形を組む。

 「じっくりと駒をとらせてもらうとしましょう……残念でしたね、頼りの勇者は臆病にも逃げたようで」

 宝剣を舐めて、サンドゥがマーシーへとじわりじわりと歩いていく。

 「させねえっすよ!」

 横の路地裏からサンドゥへと突進を仕掛ける者がいる。

 サンドゥは大きく態勢をくずされたたらを踏んだ。

 頭にタオルを巻いたジャージ姿の三反田甲斐だ。鉄バットを片手に仲間を引き連れて出てくるとマーシーを庇うように前へと出る。

 他の所でも路地裏から強襲をかける学生たちの姿が見える。突然の奇襲にサンドゥ側の軍勢は対応できず混乱する。

 「オルドさんの事、馬鹿にされて黙ってられねえっすよ」

 鉄バットを振るうとサンドゥは宝剣で受け止めた。

 「ふん、屑駒ごときが前に出たところで無駄だ」

 「下がりなさ――」

 マーシーが下がるように声をかけるがマーシーを守る学生たちが手で制す、視線を向ける。

 「オルドさんくるまで時間を稼ぐんで」

 「少しでも休んで力を温存してください」

 「だけど――」

 神の力を使えば強制的に彼らをここから撤退させる事は出来る。だが、伝わってくる。この世界を守りたいという思いの重さ。それによりマーシーは声を出せずにいた。

 懸命に甲斐はバットを振るうが簡単にサンドゥにいなされ、足を払われ地面を転がり水たまりへとつっこんだ。

 どんなに思いをもっていても特別な力を持たない駒と神の駒の差には開きがある。

 「無様ですね」

 サンドゥは嘲笑すると転がる甲斐の腹を蹴るが再び金属バットを構えて甲斐は立ち上がった。

 「どうしたコラ。ビビってんじゃねえか? 今にもオルドさんがきたらどうしようってな」

 甲斐がぺっと血の混じった唾をサンドゥの足もとへと吐いた。サンドゥは嘲笑から嫌悪の表情へと変えて。

 「簡単には死なせませんよ」

 サンドゥが宝剣を掲げると兵が集ってくる。無表情で一人一人が甲斐達へと向かっていく甲斐は一人ずつ鉄バットで応戦するが徐々に槍で足を突かれ、剣で肩を裂かれ、腹に棍棒が叩き込まれ、甲斐達は倒れ込み、残るのはマーシーと二人の学生を残すだけだ。

 「これが現実ですよ。マーシー。私がひきもどしてあげましょう」

 言葉と共にサンドゥの宝剣が高々と掲げられた。

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