真実の姿
日が沈む。街に灯りで照らされ始めて山へと赤い日が沈み黒と赤の綺麗な境界線を作っていく。
補修作業を終えて晩餐をし、談笑する声や避難場所へと動く足音を各所を超人的な聴力で聴きながらオルドは屋上で剣を抜いた。
振り返るのは今日一日の事だ、
この先の未来を守ろうとする人達がいて。それが訪れるのか不安な人達がいる。そしてそれを迎えられるかも不安な人々もいる。
「俺が前に立たなきゃな」
――明日の戦い必ず勝つ。
守りの力の大きさは確かに感じた。自分でも骨の折れるレベルだ、多少の無茶は出来る。程良い緊張感を感じながら夜を過ごす中、一羽の鴉がオルドの前にやってくる。
「白い鴉?」
この時間に飛んでいることも珍しいが何より珍しいのはその色。その身は白く、赤い目もつ鴉だ。
「ついてこい」
そう不思議と胸に響く低い声でを白い鴉は言って飛んでいく。オルドはそれを訝しみつつも追って夜をかけていく。雑居ビルの屋上へと至る。
「よく来たな。オルドよ」
「……ああ」
白い鴉の持つただならない雰囲気にオルドは自然と剣へと手が伸びる。
「私は、ルーラーだ」
ルーラー。それはこの世界の戦争のはじまりを告げた最高神の名前だ。そんな者がこの小さな世界の戦いに何の用なのか。
さらにオルドは柄に手をかけた。
「そう構える事はない。お前と話がしたいだけだそう――失われた記憶についてな」
「……何で知っているんだ?」
「最高位の神ともなれば望む情報、得る情報と言うのも莫大な量になる、その辺りを説明したとして理解もできないだろうが。それよりも失われた記憶、興味はないか? 勇者」
最高神の言葉にオルドは剣の柄に手をかけたまま止まる。興味がないわけではない、迷いを抱えたまま戦場に臨むべきか、しかし、これから告げられる事が真実だという保証はない。ただならない雰囲気は感じる、サンドゥとは比べ物にもならない威圧感はあるがはたして信じていいのか? そういった思考が巡り動けずにいる。
「ならば一方的に語るとしよう。折角会話をしてみようとこういった手を使ってみたのだがな。――まずはオルド、貴様はアレンドや個々の住人と大きく違うところが一つある」
「……」
口を挟むことなくオルドは聞く。
「結論を言おう、オルド、お前は勇者ではない、さらにお前にはいるべき世界の無い、人の妄想によって生み出された勇者だ。そしているべき世界を得られぬまま捨てられた存在だ」
オルドが黙っていればさらにルーラーは言葉を続ける。
「マーシーに力を貸してくれる住人はいなかった。ほぼ負け戦で死んでくれと一緒にきてくれるものはそうはいないのは想像するのに難くないだろう? 彼女は戦力不足に悩んだ末、第三の召喚の方法を取った……下界にいる人間の妄想から召喚するというものだ」
「だからなんだってんだよ」
オルドが言葉を止めようとするがルーラーは話を続ける。
「人の妄想と言うのは時に常識に縛られた物以上の力を発する。そして帰るところのない妄想の存在は居場所を求めてこの地で戦うようになる……それに賭けた結果、お前が呼び出されたというわけだ。おそらくは断ったとしても消える事を告げていたであろうな」
さらに止めとばかりにルーラーは言葉を続ける。
「奴の真の能力は思いによる強化ではなく。妄想をゲーム盤に呼び起こす奇跡だ。奴は、お前を騙して戦わせていたのだよ。都合のいいようにな」
風が吹いた。その言葉に否、とオルドは発しようとするが言わない。
"あの時還るべきところに還るだけ"としか言われていないが本当に去る事を決断していたとしたならばどうだろうか。
様々な思考がオルドの頭を巡る。
――自分がどこかおかしいとは感じていた。
朝から記憶の一部。過ぎるのは自分の前にいた顔も思い出せない語りかけてくる誰かの姿、そしてそのまま誰かが語りかけてくる事はなくなったことや。
明らかに自分の格好にそぐわない銃器をはじめとする技術や知識。
妄想された"勇者"の中身だ。
「妄想の主たるものの人格や知識そう言った物まで取り込んだ駒は確かに強いが同時にリスクを抱えている、妄想の主がそれを消そうとすればお前の存在できる力はこの世界から失せる」
「何故……そんなことを伝えるのは何のためだ?」
「お前が心中で悩むのが楽しい。この百年間、戦争せずにいた世界が参加する神々の遊戯をひっかきまわしてやりたいだけだ」
純粋なる興味本位。ただそれだけで最高神は全てを乱そうとしている。善悪をつけるのであれば悪であろう。だが。
「……ここで私を倒しても無駄、と言う事も分かっているようで何よりだ。がさつだが無鉄砲ではないという"設定"がしっかり反映されているようでなによりだ」
そう、その気になれば斬り伏せられる。だが、こちらから剣を抜いて倒す事は出来ない。自分の勝手な判断でルーラーに挑んではいけない。
オルドは自制して動きを止めた。
「自称勇者よ。それでも貴様はこの世界のために戦えるのか? これからの戦いに先頭に立っていけるのか? 何もないだけのお前がどこまでやれるのか見ているとしよう」
それだけ告げて白い鴉は飛び立っていった。
「俺は――それでも」
勇者ではない、帰るべき世界もないそんな中、勇者としての力を求められている。
ここにいるのは自分には勇者としての功績もなく過去もないだけの男だ。何もない、自分で選んだのではなく選ばされた勇者としての生き方。
――行くべき道はどこだ?
同刻、理事長室。
「ルーラー。それは本当ですか?」
「ああ、オルドに全てを話した」
マーシーは一人残る理事長室の窓に止まる白い鴉と対峙していた。
――何のために。
ということは決して聞かない。最高神達はただを楽しみを求める大きな力をもつものだ。それが手を下す事は人における天災のそれと同じだ。
「残念だったな。隠したまま彼を勇者のまま戦いに臨みたかっただろうに」
「……ええ、そうね」
淡々とマーシーは返し。後悔の念を隠す。
――私から告げていれば。
それで何かが変わるわけでもなかったかもしれないが。何か出来たのかもしれないと。そう考えられずにはいられない。
マーシーが苦虫をかみつぶしたような表情が出ると白い鴉はくつくつと笑って
「百年、それだけの時間を守ってきた世界の戦い、期待しているぞ?」
そう告げて嘲笑を一つして白い鴉は飛び去っていく。
しばらくして、外には雨が降りはじめる。戦いの時までは12時間。
そしてオルドとの加護による繋がりは確かにあるそれは一緒にいた時の程ではなくなってはいるが。彼が確かにこの世界を守ろうとしてくれていることの証だ。
敵は強大、そしてルーラーからの干渉もあり、オルドが戦えるかどうか分からない状態。
「大丈夫」
やれる。とマーシーは強く思う。100年世界を守り、そして数多くの繋がりを感じる。私達は戦える、そして平穏な時を取り戻すのだと。心に強く刻む。私が折れれば全てが奪われるのだと。
脳裏に浮かぶのは公園にいた子ども達の言葉。
――皆死んじゃうの?
「失わせない……絶対に」
一人決意をして、マーシーは策を練りはじめた。ただ愚直に、世界のためにそれしか自らに出来る事はないのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます