おかしな二人の街歩き

 翌日、穏やかな春の日差しの中。この世界では休日だ。表面上は変わらない世界、だがどこか張りつめた空気を誰もが感じとっていた。

 そんな中でも学院の十二時を告げる鐘が高らかに響いているが休日である学院には物資搬入のため様々な人が出入りする。

 理事長室へとオルドは入ると名前を書いたメモを最奥の机で手を組むマーシーへと渡すためだ。

 「昨日はお疲れ様、彼らの強さは理解できた……?」

 「ああ、存分にな。おかげさんであっちこっちがいてえいてえ」

 「それは何よりそれでこれが――」

 満足の答えがきければマーシーはオルドの目もへと視線を落とした。

 「その名前の奴らは大人並にやれるってやろうだぜ」

 「32名、ありがたい限りだけど複雑ね」

 「まだまだ若いからか? 俺とさして変わらないだろうに」

 「あなたと違って特別な力はないからよ、この世界の人達は。……とりあえず、彼らの戦闘中はオルドの指揮下に置くわ。やっぱり甲斐が入ってきたわね」

 甲斐の名前を出せばオルドは首をかしげ。

 「あいつ、何かあるのか?」

 「この世界における管理者が使っていた体の一つよ。彼もオルドやアレンド程影響力はないけどこの世界の人間を動かす力がある人間」

 「そういえば。この間の戦闘の時もこいつを中心に動いていたな」

 「……彼は熱くなりやすいからちゃんと押さえないとね。彼一人の暴走が多くの人を動かす恐れもある」

 「了解、けどこっちとしては好きに動けるやつらがいるのはありがたい。さて、これで今日の俺の仕事はなくなったわけだ。マーシーはこれからどうするんだ?」

 「私も戦いに備えて休めって言われてるのよね。そうするつもり、上も休む時休まないと皆も安心しないでしょうしね……」

 「ってことは暇な訳か」

 「そう言われるとまるで私がだらけているように聞こえなくもないのだけど」

 「そうは言ってない、暇を作ったんだろ? 戦いに備えるための」

 失礼ね、と軽く机を叩くがオルドは悪びれることなく返して。

 「事実だ、別に悪い事じゃないだろ、戦いを前に上の奴があたふたするよりは」

 きょとんとするオルドにマーシーは肩を落とした。

 「調子狂うなあ……とりあえず、私は街にいかせてもらうわ。ここに、こもったところで休まるものでもないから」

 「んじゃあ俺も行くかな」

 「……まあいいわ、すぐに向かうから校門で待ってて」

 その言葉におう、オルドは頷いて校門へと一足先に向かった。



 オルドと入れ違いに理事長室に入ってくるのはトラッパーだ。マーシーは手を組んで。

 「戦ってみた感想はどう?」

 「さすが、といったところですね。感じられる力の大きさもそうですが動きの多彩さ。技の規模、最強の駒の一角といっても妥当でしょう。ただ気になる点としては感じられる力と振るわれる力の相違があるといったところでしょうか」

 「成程……検討はついているわ。記憶がないことから本能的にこの世界を守ろうとしているからか。100%の力を出し切れずにいる」

 「やはり、記憶を戻すべきでは?」

 いや、とマーシーは首を横に振った。

 「ここで彼が記憶を取り戻して戦えなくなってしまえば確実に負けるわ……そうなるよりは不完全な状態でも戦わせる」

 それだけの重い記憶が彼にはある。

 だが、それを捨て置いて世界を守るために彼を利用する事をマーシーは優先しようとしている。冷酷とも非情とも評することのできる判断だ。

 「それでいいのであれば。無理は禁物ですよ、貴方は優しすぎる」

 「お気遣い、いたみいるわ。とりあえず、彼が自発的にこの世界を好いてもらえるようにこの世界を歩きまわらせて貰うわ、あとはよろしく」

 そう言って錫杖を片手にマーシーは校長室を後にした。

 ――心を押し殺して。



 少し思考するような間があってマーシーは理事長室を後にする。校舎内は休校のため生徒はおらず要所要所に机や椅子によるバリゲートがなされている。その隙間を縫うようにオルド達は外へと出ると自然と商店街へと足を向けた。

 商店街へと入ると張りつめた空気はさらに強いものになる。一部の店は既にシャッターや鎧戸を締めて盤石の態勢を作っていた。屋根に光るのはトラッパーが張り巡らせたと思われるワイヤー群。

 バリゲートを作っている者達がオルド達に気付くと手を振ってくればオルド達もそれに応じて返す。

 「守りは本当に固そうだな」

 「それだけに特化してるからね」

 「それが、神としてのマーシーの能力なのか?」

 「いわゆる、神様のご加護ってやつね」

 軽くトンと、つま先でコンクリートの地面を叩くと幾何学模様が一瞬浮かびあがる。

 「神は加護と言う自らの力を駒や世界に分け与える力を持っている、私のは少し特別なものでこの世界に構成されている人や物は全て個々の持つ"守ったり阻む"にという目的を持つ者達に応じてさらに強化し形にする事が出来る。壁や鍵と役割を持つ物質ならより阻むように堅固にと言った具合にね……もちろん個々に限界はあるけどもね」

 「成程、じゃあ。待てよ、世界を守るってなると――」

 「ええ、皆。加護を得る対象になりえるわ、その思いに応じて強化はされるでしょうね」

 尤も、その代償がないわけではないマーシーの力を使ってなされる事だ。周囲が強化されればされるほど自ら力を失くしていくがその事は多くの者は知らない。世界を守る戦いともなればその負担はかなりのものだがそれしか手はないのだ。

 「普通の人間にかすかに魔力があるのはそれとこないだの学生たちが変に強かったのかもそれが原因か、でもって俺もいつも調子いいのもマーシーの加護か」

 一人うんうんとオルドは頷いている。

 その通り、とマーシーは心の中で肯定する、そして流れている力は人一倍オルドが大きい。それはつまり。

 ――本気でこの世界を守ろうとしてくれていることだ。

 勇者と言うのは口先だけではない。彼は本気でそうあろうとしている。

 そんな彼を半ば騙している自分に嫌悪しながらマーシーは歩を進める。 守りを盤石とする商店街を抜けて駅前広場へと出る。いつものような賑わいはない、代わりにそれぞれ世界を守ろうと声を掛け合って守りを固めているそこを横目に抜けて行ってバス停でバスを捕まえようと待つ。こんなときでも公共機関はいつも通り動いていた。

 「あ、マーシーさんにオルドじゃないっすか!」

 元気よく声をかけるのは甲斐だ。後方からは甲斐の友人達がやってくる。午前中授業と言う事で皆、制服で出歩いていたようだ。

 「……生徒は自宅で待機するように言った筈なのだけど」 

 半目でマーシーが甲斐達を見れば一斉に視線を逸らして。

 「いやまあ、あれっすよ。若気の至りと言うか」

 「自宅にこもりっきりってのも、辛い」

 「折角早帰りだしー」

 甲斐達はしどろもどろと口々に言い訳をはじめる。

 「……今日が、最後かもしれないし」

 その言葉にマーシーが視線を逸らした。

 そうだ、これから戦争をはじめるのだ。その中の何人かが戦争に参加する、全員が生き残れる保証はない。だからこそ今日は楽しく過ごして悔いのないようにしていきたい。その気持ちは理解できるものだ。

 ――最後の晩餐。

 そんな言葉がマーシーの頭をよぎった。

 「ああ、そんなわけっすから見逃して。いやむしろ一緒にどうっすか? 色んな店しまってたんっすけどカラオケはやってたみたいなんで」

 「ええっと――」

 予想だにしない返しにマーシーは戸惑っていると。

 「ひょっとしてお邪魔っすか? 勇者と神様でデート」

 「「ああ、それはない」」

 きっぱりとそこは二人で揃って返す。

 「俺はロリコンじゃないからながっ!?」

 オルドが付け加えた言葉に胸当ての上から肘撃ちをマーシーが見舞う。それは胸当ての防御を貫いて威力が伝わった。

仲いいじゃないっすか、という甲斐の呟きは聞こえなかった事にしてマーシーはオルドへと視線を向けると痛む腹を押さえながらも笑みを浮かべて。

 「いいんじゃんないか。 一緒に行こうぜ」

 甲斐の誘いに乗ることにすれば動きは早かった、甲斐は手際よくカラオケ店に電話し人数の変更を伝えて

 カラオケ店につけば神と勇者を連れた学生一向には店員が驚きを示し広い大部屋へと案内しもらった、各自適当にドリンクバーからドリンクをもらって案内された部屋のソファーに腰掛ける。

 甲斐がマイクを片手に立ちあがり。

 「えーっと、こういうときなんていって乾杯するんっすかね?」

 「それぐらい考えてから立ちなさいよ」

 甲斐の横に座るマーシーが呆れているとマイクを差し出される。

 「ここはひとつお願いします、女神様」

 「いや、私は――」

 ――こういった場で何を言えばいいのだろうか?

 戸惑いオルドへと助けを求める視線を送るがオルドはコーラを飲んでその視線を避けられればマーシーは観念してマイクを手にして立ち上がると学生の皆がおー、と声をあげる。こほんと一つマーシーは咳払いを一つして。即興で語るべき言葉を作る。

 「今日は素敵な集まりにお誘いしてくれてありがとう」

 頭を下げると皆がやんややんやと拍手をする。

 「明日から辛い戦いが始まると思う。皆本気で戦ってくれると思う」

 マーシーが集まった面々へと視線を向けると向けられたそれだけで学生は身を強張らせる。オルドは足を組んで横目でそれをただ見守っている。いかにも神の前で緊張しているというのが伝わってくる、それを和らげるようにマーシーは微笑を浮かべて自らのコーラの入ったコップを掲げて。

 「必ず生きて帰りましょう。そしてまた――この集まりに誘ってくれることを願います。それじゃあ乾杯!」

 乾杯の言葉に各々がコップを当てた。


 ――皆、笑顔だな。

 オルドは盛り上がるカラオケの室内を見ながらそう思う、マーシーも学生たちとなんら変わらないように見える。というよりはむしろ助かったのはマーシーの方だったのかもしれないなと思う。

 オルドがここに来てから彼女が一緒にいたのはアレンドやトラッパー、もしくは一人だ。これまでこうして一緒に気を抜けるような相手がいなかったのかもしれない。

 「それじゃあ、このまま。神様に一曲お願いするっすよ! 何がいいっすか!?」

 甲斐のフリにうぇーいと皆が声をあげる中マーシーはいや、私は歌は――と断ろうとするが誰かが強引に曲を入れて曲がはじまる。

 結局、甲斐が歌い始め。マーシーはコーラスで参加する。オルド達は手拍子やタンバリンを鳴らして盛り上がる。

 こうして、少し変わった奇妙な集まりは盛り上がったまま夕方を迎えた。

 「それじゃあ、気をつけて帰ってね」

 「ういっす! 明日はがんばりましょう!!」

 オルドとマーシーは家へと帰っていく学生たちを見送った。

 「……皆、生き残れるといいわね」

 「なんとかするのが俺達の仕事だな」

 バス停でバスを捕まえれば二人で住宅街へと向かう、流れていく景色の誰もが忙しなく戦争に向けて動いているのを見ながら住宅街へと入ればバスを下りる。

 住宅街にも屋根を伝って鋼線を蜘蛛の巣のように張り巡らされており窓は雨戸が閉められている家が多い事が分かる。父親を中心に板を打ち付けてバリゲートを作り少しずつ家を堅固にしているようだ。そんな様子を横目に見ながら二人は児童公園へとたどり着いた。そこには子ども達がそれぞれに遊んでいる、鬼ごっこや砂場遊び、ブランコ、思い思いに遊んでいる。

 鬼ごっこで遊んでいる子ども達がマーシーとオルドの姿を見ると近づいてくる。

 「神様だ―神様が来たー」

 「思ったより小さい―」

 何がとはあえて聞かずにマーシーは笑顔で子ども達の頭を撫でる。子どもに悪意はないと心中で言い聞かせながら。

 「神様、明日戦争になるの?」

 「皆死んじゃうの?」

 「それは――」

 不安そうな子どもの問いの言葉に詰まる。彼らの両親は戦場へ行く。どんなにマーシーの力では全員を守りきることは出来ない。

 死んだとしても神の手を使って駒を完全に復元するのはマーシーの力では不可能だ。

 マーシーが言葉に詰まったままでいるとオルドがマーシーの背を叩いて。

 「させねえよ」

 ずい、とオルドは前に出た。

 「おにーさんだれー?」

 「勇者だ! おめえらの父ちゃん母ちゃん、皆守ってやる。神様も忙しいしな。俺が手伝ってんだ」

 腰に手を当てて堂々と言って、笑みを浮かべる。

 それと同時にマーシーに任せろ、とオルドは目配せする。

 「ゆーしゃさん強い?」

 「強いぞー。だから、皆が戦えるようにちゃんと父ちゃんや母ちゃんの話し聞いて動くんだぞ?」

 自信満々なオルドの笑顔に子ども達は笑顔が戻りひとしきりオルドが子ども達の相手をする。抱っこしてみたり振り回したり片足一本で鬼ごっこに参加したりして一緒に遊ぶ。

 その様子をベンチからマーシーは眺めて。

 ――ああ、絵にかいたような勇者だな。

 そうしていればあっという間に時間は過ぎ、子ども達は別れと礼を告げて立ち去る。オルドは息一つ切らさずにマーシーのもとへと戻って。

 「負けられねえなぁ」

 「そうね……あの子たちの未来を閉ざす訳にはいかないわ」

 意を新たに二人は住宅街を歩く。各家もそれぞれで壊れないように日曜大工に励む姿を背にバスを使って再び学院へと戻る。

 「さってと、今日は帰らせて貰うぜ」

 「ええ、今日はありがとう。子どもの相手助かったわ」

 「苦手なのか?」

 「純粋過ぎてね。どう応えればいいか迷う時あるのよ」

 「別に難しいことではないと思うけどな」

 「相性というものだと思うわ。そこは」

 日は暮れる、と時計が午後五時を指すと学院の鐘は五時であることを告げた。

 「……私はこれから理事長室に戻るけども。オルドはどうする?」

 「そうだな。俺はしばらく空でも眺めて帰るさ」

 それじゃあとマーシーは手を振ってオルドと別れて帰路へとついた。

 一人になれば思い返すのは会った人々の事だ。この世界を本気で守ろうとしている大人達、そして未来を見ている子ども達。

 ――この先の未来のためにも負けるわけにはいかない。

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