月下
夜の会議室にいるのはマーシー、トラッパー、アレンドの三人だ。作戦の最終確認を終えて一息ついているところだ。
トラッパーは適当な席に腰をおろし、アレンドは窓際で街並みを眺めている。
マーシーは湯のみに入った緑茶を飲み干して。大きくため息をついた。
「お疲れさん、神様」
「ありがとうアレンド」
「結局、オルドには真実話さずじまいでいいのか」
「受け入れられるとは思えないのとリスクが大きいわ」
余計な事をして彼が戦えなくなればこの場所を守りきるのは困難だ。マーシーは勝つために割り切っている。余計な事をしないと。
「神々との戦いは初めてなんだろ? 大丈夫か?」
「伊達に100年戦わずにいたわけではないわ――」
はじめて、与えられた世界。そこには戦いとは無縁の平穏があった。もとより、マーシーは戦う気はなかった。
――神の役目は世界を見守り。時に救いの手を差し伸べる、それだけでマーシーは満足していた。
だから、戦わないで済むようにするためにマーシーは様々な世界を渡り力をつけた。結界と呼ばれる守りの力、自らの力を物質に仕込むための術式、そしてワモンとの接触、あらゆる手を用いてこの小さな世界を隠し、来るものを阻み。構造物一つ一つに術を仕込んだ。そうすることで完成したのは攻めるのに苦労を弄する割に身入りの無い世界を作り出すことで他の神々の目から逃れた。他の神々の情報を集め、常に備えがあると見せつけていた。その結果として100年もの平和をつくったのだ。神にすればあまりに短い時間かもしれないがこの世界の住人にとっては何よりも尊い時間だった筈だ。
「むしろ、そんな私相手によく二人は協力する気になったわね、改めて聞くけど本当にいいの?」
その言葉に何を今更、と言いながらアレンドはタバコを吸う。まだ寒さが残る春風に紫煙が流れていく。
「分の悪い賭けと女の、それ女神の頼みとなると楽しくってしょうがない性分みたいでな」
厄介な設定をしてくれたもんだとアレンドは肩をすくめた。
最初に、マーシーの声に応えた駒だ。どの駒も召喚には応じない中。彼はここへ来た。断る理由はない。今口にしたことと全く同じことを口にして戦列へと加わってくれた。
「トラッパーは?」
マーシーが視線を向けると恭しく頭を下げる。
「私は元いた世界。そこにはもう待つべき人はいないなら、この力はそれを必要とする世界に使うべきかと……その思いは召喚された時から変わっていませんよ」
次に応じたのがトラッパー。
その姿形から最初はこの世界を荒らしにきた狂人かとも思ったが誰よりも人を守りたいが故に呼び出された。
「ありがとう。皆」
二人は戦いのこの時までこの平和な時を守ろうと尽力してくれた。自分のエゴにつきあってくれた二人をマーシーは"人"として信用していた。
「礼の言葉には早いだろ。戦いを終えたあとだ」
アレンドは灰皿に煙草を押し付けて笑みを浮かべる。
そう、誰もが皆、この世界を守ろうと今も動いている。
――泣いて笑っても明日が平和な一日だ。
出来うる限りこの世界の人々に最後のに一日ぐらいは穏やかな一日過ごしてもらおうと身を粉にして働いた。あとはいくつかの確認を残すだけだ。
「明日ぐらいはマーシー、お前も休めよ」
「……そう、あなたにも休息が必要、神といえども保つものではありません」
「お言葉に、甘えるわよ、二人はオルドと話してお互いの能力の見極めをしておいて。これから組んで戦う以上、知っておいてもらわないと困るから」
マーシーは本当に良い"人"に恵まれたと思いながら夜が更けていく中、雲に月がかかる。
「――それを終えれば私達の戦いの準備は終わる」
そう、戦いの準備でしかないのだ。これは。マーシーが見ているのはさらにその先だ。そのためにもここで屈する訳にはいかない。
深夜、アレンドに呼び出されて体育館へとオルドは向かった、中へと入ればそこは本来の体育館とは違う、バスケットコートも舞台もない、そこにはどこまでも続く青空と荒野へと繋がっていた。そこにトラッパーがいた。
「ここは……?」
「マーシーが作った俺達のための訓練のスペースだ、どういう理屈かは分からないがここで死ぬと体育館の入り口へと戻されるってわけだ」
オルドの問いの言葉に応えるのはアレンドだ。適当な説明に私が、とトラッパーが前に出て。
「加えて説明しましょう、今の我々は仮の体を得てこの空間にいる。そのためここでは存分に力を使って鍛錬ができるということです」
そう言ってトラッパーは懐からナイフ取り出し構えるとそれにならうようにアレンドがアサルトライフルを構える、向かう視線はオルドだ。
「……どういうつもりだ?」
「マーシーのように私達はその人の能力を見極める事は出来ないからこうして直接やりあって確かめるしかありません、そしてあなたは記憶を失っています……まあ、荒療治ですが戦いのショックである程度戻るかもしれないという試みもあります」
「随分と物騒な方法だな」
だが、分かりやすくはある。どれほどの強さを持っているか、何が出来るのか手の内を知っておけば今後背中を預けられるかどうか分かるというのは戦う上で必要なことだ。
そしてそのついでで記憶が戻ればもうけものだろう。
「とりあえず、分かっていることと言えば勇者は剣の腕が立ち、魔法が使えて俺たちよりも強いってことぐらいだ。だが、何が出来るのかってのははっきりと分かってねえ」
「そうだな。俺もアレンドが銃の扱いがすごいってぐらいでトラッパーに関しちゃ分からねえ」
「そう、だからこうしてこの場がある訳だ」
「マーシーはいいのか? 俺も一戦してはいるがどこまでやれるのかははっきり分からないぞ?」
オルドの脳裏にあるのはここに来る以前の戦いの記憶だ。戦いと呼べるがどうかも怪しい圧倒的な力の差だったが。
「彼女に関しては戦争の準備で忙しいですからね……信用するしかありません」
「ま、こんな閉じた世界でも最善を尽くそうと考えているやつだ。ある程度は信用できるだろ」
面倒なこったな、とにアレンドは言うと。
「説明は十分でしょうか? それなら――」
「ちゃっちゃかはじめるとしようぜ?」
言われると同時にアレンドはアサルトライフルの銃口をオルドへと向けるとオルドは即座に前進、懐へと潜り込んでアサルトライフルを叩き斬ろうとするがそれをトラッパーが間へと割り込んで阻む。力づくでオルドはそれを退けようとするとそれに合わせるかのように指を弾いて放たれるものがある。反射的に首を逸らしてオルドは避けた、それにより勢いが落ちるとともにトラッパーが伏せた。その先にはアレンドのアサルトライフル、オルドの目に入ると共にフルオートで弾がばらまかれる。
「させねえ!!」
オルドは頭の中に下に落ちるイメージを作り上げる。セブンススターを前へと出すと銃弾が真下へと軌道を変えて落ちた。重力の力によるものだ。
「ったく油断も隙もあったもんじゃないな!」
この二人相手に時間を作ってはいけない。作れば作るほど手数を作って攻め込んでくる、必要なのは速攻だ。
アサルトライフルのリロードと同時にオルドは攻めこもうと前へと出る。狙いはその間にトラッパーだ。トラッパーは、跳ね起きると同時にナイフを投じたが構わずオルドは突っ込むと同時に即座にイメージを作り出す。思い描くの全てを押さえつける重力だ。
重力を纏った剣は投じられたナイフを逸らした。
そのままオルドは大上段に構えた剣を振りおろす、重力の力が加わったそれはさらに加速が加わる。命中すれば抵抗もなくバターのように容易く人体を裂くだろうがトラッパーは伸縮式の杖を伸ばしセブンススターの柄へと当てる僅かに時間を稼ぐとともにトラッパーは距離を取る、後ろへと跳びのくことで肩を僅かに裂かれてアレンドの後ろへと逃げられる。
オルドは、イメージを変更する。頭の中にあるのは風と突風。それを相手に向けて放つのではなく自らの速度をあげるために使う。
振り下ろしたセブンススターの柄へと意識を向けて強力な突風を発する風の力を使っての腰だめの突きをアレンドへと向けて放つ。
アレンドはアサルトライフルによる掃射とすれ違うようにオルドがすれ違うアサルトライフルの掃射の音が止む。
ぴっとセブンススターの血を払うような動作をするともにアサルトライフルが砕け、アレンドの肩が裂かれると舌を撃って自動拳銃とリボルバー式の拳銃を抜いたそこへとトラッパーが玉を転がすと破裂して白い煙に辺りが包まれる。
(体勢を立て直すためか)
そんな事をしても一瞬で吹き飛ばされるのは彼らも分かっているだろう。だから、その通りにオルドは再び突風をイメージして剣を振るう襲撃と銃撃を警戒しての動き。煙が晴れればオルドを挟むようにしての陣形に変わっている。
「なかなか、一筋縄じゃいかないか」
個々で来るなら力押しが通じるが二人で来るとここまで厄介になるか。
「今度はこっちから――」
「――いかせてもらいます」
足りない物を補い合う、この世界を象徴しているかのような二人の戦い方にオルドは翻弄される。
銃弾による一撃は鎧の上からでもダメージを与え、度重なるトラップによる攻撃はオルドを消耗させていくがそれまでだった。
数十分後、アレンドとトラッパーの二人が倒れ伏し。オルドが立っていた。
「ったく……本気で厄介だな。お前ら二人」
「それらを退けたお前のがよっぽどだってんだよ」
「まったくですよ。まあでもお互いのり力量は理解できましたね」
オルド自身は破格の駒であること。
アレンドとトラッパーは駒としては決して強い方ではないがその連携による力は強大なもの。
その事をお互い認識して戦いを終えれば腰を下ろした。
「記憶どうですか? オルド」
問いかけの言葉にオルドは両手をあげれば。やれやれと肩をすくめてアレンドがタバコに火をつける。
「そんな甘いもんじゃねえな……とりあえず治療以外の何でもできるってことは分かったが」
「なんつーか面倒かけるな」
「別にかまいませんよ。むしろ、記憶もないのに世界を救ってくれることに感謝しているぐらいです」
「そりゃ、勇者としての当然だからな」
当たり前のようにオルドは返す、その答えにアレンドとトラッパーはしばらく顔を見合わせ、そしてオルドへと視線を戻す。アレンドはタバコの煙を吐いて。
「勇者として、世界を救うのが当然か……例えばマーシーが邪神とかでもお前は救うのか?」
「なんだよ、やぶからぼうに」
いいからと、アレンドに言われればオルドは考える。
マーシー。この学院世界を治める神だ。幼さや甘さを感じるが民に慕われ常に世界の事を守ろうと考えている神。
様々な表情、記憶が巡って。結論を出した。
「あんな邪神なら十分従うに値するな」
「……そうかよ、その思いを忘れずにいることを願うぜ」
「どういう意味だ?」
「いずれ分かりますよ。ただ、信じてください」
二人の言葉に疑問を感じながらも、オルドはとりあえず、おう、と頷いた。
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