神々の顔
この神々の遊戯における神の役割とは何か?
一つは世界を管理すること。
ルーラーから与えられた虚構世界は最低限機能するようにできてはいる。駒が最適に心地よく動けるように神は様々な調整をする。
その世界に生きる人々の寿命、人口、重力を含む環境といったもの。さらには食料をどこから流通するような“設定”をして飲食店やスーパーマーケットに流通させる、一定量犯罪を起こす駒を配置することで警察などに役割を持たせる。一時的に仮想空間を作り出し刺激を得られる状態にする。さらにアレンドやトラッパーと言った異世界の駒との言語のやりとりを可能とする。
分かりやすく言うのであれば世界がなんとなく回るようにしているのだ。
そして、戦争が始まれば他の神からの情報を集める、自らが戦うためにその身を鍛え上げるといったことも加わる。
マーシーはさらに自らの力を磨きあげてさらに情報収集へと赴く。
一見すると静寂に包まれた絵画が飾られた美術館、そこは神の世界と呼ばれる空間の一つにマーシーはいた。
大理石の床、立派な金の額縁に飾られている絵は著名な絵ではなく神々との戦いの様子を記録したもの。彫刻は神の駒や、美しい世界の箱庭。
神の中でも高位に位置する物はこういった個人の空間まで簡単に作る事が出来る。マーシーはそこにいる一人の神に会いに来ていた。誰もいない美術館の中、靴音だけが響く。
そんな中、巨人同士の戦いの絵を眺めている白髪頭に立派な顎髭を持つ老紳士を見つければ視線気付き振り返る。好々爺と言った印象の老人、だが、その視線は鋭い。
かつて、ルーラーに挑み。この世界を勝ち得た者のその眼光は戦いの場を降りても未だに健在だった。
「来たか」
「ええ。目的は知っているのでしょう?」
「サンドゥの戦力や戦い方か」
「数多くの神々の戦いを見ている"戦争収集家"のワモンであればそれぐらいは知っているんじゃないかと思ってね」
ゆっくりともったいつけるようにワモンは頷いた。
"戦争収集家"ワモン。この神々の遊戯における戦いのほぼ全ての記録を集め、それを他の神々へと提供するという役割を持っていると共に、ルーラーに次ぐともされる戦力を保有されるとされている神だ。
「ああ、知っているとも。だが対価も必要なのは知っているな?」
それ言われて自信を示すかのようにマーシーがさらに一歩踏み込む。
「戦わずを決めていた100年の世界で、はじめての戦いの記録。で、どう? 私の記憶や駒の記憶で見る世界を間近で見られるわよ。……というかそのためにわざわざ他の神と距離を置いている私をここに入れるようにしているのでしょう?」
「若い神とはいえさすがに考えているな――いいだろう。私が知りうる限りのやつのことを教えてやるとしよう」
ワモンの見ていた巨人の絵が変わっていく、映し出されるのはサンドゥの軍勢、基本的には狼やトカゲが人型になったものを中心として構成されているのが見て取れる。
「浮遊島中心とした世界をいくつか保有し移動する獣人界を中心として奴は保有している、獣が人になった獣人にトカゲが人になった竜人を中心とした戦力、言ってしまえば個々の駒の強さと数に任せた物量戦だな。落とした世界は資源が豊富な場所が多い」
映し出されたのはあらゆる攻撃をはねのけて突き進んでいく軍勢の姿だ。
「私からしてみれば面白みも何もない戦い方をする神だな……性格は陰湿で自ら前に出る事はほとんどなかったのだが最近は活発に前へと出る、なぜこのタイミングでお前に仕掛けるかまでは分からないが」
「仕掛けた事に関してはいいわよ、考えてもしょうがないし。それより今は戦いに集中しないと。とんでもない物量に一人一人が生半可の攻撃がきかない兵士ってのは厄介ね」
そうなると単純な武装を揃えるだけでなく強力な罠。世界の一部を壊すぐらいのことをする必要があるかもしれないとマーシーは考えて。
「続いて神であるサンドゥ自体の能力。見た限り奴の能力そのものはお前よりは高くはない、呼び出せる駒もたかが知れているだろう。数より質がものをいうこの戦いでは普通の相手であれば相手にもされないだろう」
ワモンは断言する。
「奴の特化している能力は人や駒を操ると言ったところか。思うがまま、死体であろうが人の形を保っていれば対象となりえる。倒すのあれば敵の数も相まって厄介な能力だろう。とはいえ現状、奴自身が出張ることがこれまではなかったため、それ以上の事は分からないがお前ならば接触できれば倒せる可能性は十分あるだろう」
「そう……なら安心したわ」
「勝算は十分ある、と?」
ワモンの問いの言葉に迷うことなくマーシーは頷いた。
「分は悪いけどもね、勝敗を決めるのは数だけではないと教えやるわ」
「気になる情報としては最近、ルーラーが神に接触していたとの情報もある……私の情報だけを全てと思わない事だ」
分かってる、と返してマーシーはその場を後にした。
なんとなくオルドは学院内を再び見回る、生徒と教員が皆、帰路についた学院は静寂に包まれていた。そんな中、オルドが理事長室へとたどり着けばノックするが反応がない。僅かに思案するような間があった後。
「入るぞ?」
声と共にオルドが入れば最奥にある机に突っ伏して寝ている。マーシーの姿がある。すーすーと寝息を立てて眠っている。
その様はとても、自分を召喚した神には見えず年相応の少女にしか見えない。
「お疲れって感じか」
とりあえず饅頭の入った袋を置いて顔を近づけてみるが反応はない。
「神様ねえ」
駒は神を害する事が出来ない。
しかし、目の前にいるのは年相応の少女だ。神の威厳と言うものは寝ているという事もあってか全くない。どこにでもいるような活発な少女。
試しに頬をつねろうと手を伸ばすと弾かれた。その衝撃でマーシーが目を覚ますゆっくりと体を起こし目をこする。
「オルド――きてたの? 何で手を抑えてるの?」
「ちょっとした実験をしようとしただけだ。どうやら意識がなくても自分の神様には手を出せないらしいな」
おーいてえいてえと手を抑えるオルドに対してやれやれとマーシーは肩をすくめて机に置かれた袋へと視線を移した。
「よからぬことをしようとしていたというのはわかったけども。この袋は?」
「ああ、駄菓子屋のばあちゃんからの差し入れ。とりあえずお疲れ様ってことで」
「あ、ありがとう。あのおばあちゃんにもいろいろお世話になっているから挨拶に行かないと」
会話だけ聞いてもどうみてもマーシーは神には見えない。じーっとオルドは視線を向けていると豆大福を食べながら何? とマーシーは小首を傾げた。
「なあ、神様ってなんなんだ? 俺達より上位な存在で能力もあるってのは分かるけど普段は何をしていてどういうものなんだ?」
ふとした疑問にマーシーはああ、頷いて。
「確かに見た目だけはそうは変わらないでしょうね。まず、神はそういう種族であるということ」
「死んだ人間からなるとか、そういうのではないってことだよな?」
「そう、そして人間たちとは違う次元で生きていて生まれながらにして能力を持っている、世界を生み出す力を持つ神が世界を、人間を生み出したそれがルーラーと呼ばれる最高位とされる神々、私達はその子ども達というわけね」
「とんでもない話しだな。けど現実として世界はあるし神もこうしているものな。神は何を目的に生きているんだ?」
「人が我々を神と呼ぶ世界の人や事象の調整し、観測しそれをルーラーへと伝えること。それが多くの神の役割。その情報を聞いて、こんな状態になったわけだけども」
今やルーラーの楽しみだけのために多くの世界が戦争をする世界。平穏はなく、ただただ争いだけが続いていく世界だ。その事を憂うようにマーシーは語った。
しばらく沈黙が流れる。
「生き残れるのか?」
「正直かなり厳しいと言わざるを得ないわね……けど何とかしてみせるわ」
マーシーはあくびをかみ殺す。
「俺らの敵はどういう――」
そこで、咆哮が響いた。
「……おい、この世界には化物が出るのか?」
「違う! まさか、あいつ――」
立ち上がるマーシーにオルドはこれが異常な事態であると認識して。気を引き締める。
「敵が来ているってことでいいんだな?」
「――ええ、早速だけど仕事よ」
机に模型が展開されると赤い点が示される。学院から南の住宅街からこちらへと向かってきている。
「目的は分からないけどもとりあえずは接触、後から私も向かうわ」
「おうよ!」
走りながら応じればオルドは出ていった。
取り残されたマーシーは理事長室の立体模型を眺める。敵の数は三人、強さもどんな相手かも情報が足りないがオルドいるであればなんとか出来るだろう。
すう、と深呼吸を一つして気を落ちつける、幸いにも少し寝たことで頭はさっぱりしていて集中するのは容易だ。世界の模型を見ながら駒へと意識を向ける。
『皆へ。聞こえる? "敵"が来たわ。挨拶代わりのつもりなのかは分からないけども学院を目指しているわ、こちらからは攻めない。街と非戦闘員の守備を最優先。学院を使って私とアレンド、オルドで迎え撃つわ。トラッパーは住宅街へ』
指示を出せばマーシーは右手に錫杖を顕現した。凛と錫杖を響かせた。
はじめての実戦、背負うものは大きく自分に足りない物は多い。
(……今の私にどこまでできるか)
震えそうになる足を叩いてマーシーはオルドに続いて駆けだしていった。
宵闇の中、オルドは駆けていく。澄んだ空気に僅かな風が心地よい。そんな中に合わない敵意をむき出しにして向かってくる気配を確かにオルドは感じとると共に街の空気が張り詰めた物に変わるのを確かに感じる。
「一人一人の力はそうでもないが集まるとってやつか」
心強い、素直に感じる。この世界の人達は強い。
校門までたどり着くと既に臨戦態勢のアレンドがいる、その手に持っているのはいつもの自動拳銃ではなく先ほど整備していた銃剣付きの散弾銃を片手に煙草を吸っている。オルドに気づけばタバコを咥えたまま視線で"敵"の方へと向けた。
指示は既に聞いている。話す事はない、視界のなかには動く三人の影が見える。真っ直ぐそれは校門まで至る、灯りに照らされたそれは人のそれではなく人の形をした者だった。
「トカゲ……?」
「リザードマンってやつか」
鉈を片手に鱗を持った人型のトカゲがそこにいた。
視線でオルドが手を出すなと示すとオルドは苦笑を浮かべて剣を抜いて。
「分かってるけどこう、敵意むき出しで睨みを効かされるとな」
二体のリザードマンは校門まで来るが睨むを効かせるだけで一行に動く事はない。まさに駒と呼ばれる状態だ。
「彼らは竜人ですよ。ふふ、そう、やる気にならないでくださいよ」
竜人達に遅れて一人の男が姿を現す、片目を覆った短髪に端正な顔立ち金銀草食ちりばめた痩躯に青のローブにを身を包んだ男がやってくる。
「今日は挨拶に来ただけですからね」
「その割にはやる気満々だけどな」
油断せずにオルドは武器を向けたまま話すが男は困ったような笑みを浮かべ。
「それでマーシーはどこです? 駒に用はありませんよ」
「探さなくてもここにいるわよ」
オルドの前へとマーシーが出る。
「……何のつもり? 決戦は二日後の筈、サンドゥ……ルーラーの決めたルールを犯せばタダでは済まないのはあなたとて知っているでしょう? 決められた日にち以外での戦闘を禁ず、と」
このゲームには決まりごとがある。
マーシーの述べた決められた日にち以外での戦闘行為。
ルーラーの許可なしの戦闘行為。
ルーラーにゲームを楽しませるべくそういった決まりごとが存在する。サンドゥの威嚇行為はルーラーの決まりごとに抵触しかねないことだ。
「いやいや麗しのあなたを二日後に物に出来ると思うといてもたってもいられず」
サンドゥと呼ばれた神の言葉オルドは顔をしかめ、アレンドは照準をサンドゥへと向けた。
「なんつーか神様もいろいろなのな」
「だから、最初に言ったでしょ。神様に期待するなって」
うんざりとした表情を浮かべるがサンドゥは構うことなく。前へと出て。大きく手を広げる。
「だが、君と同じようなこの小さくも美しい世界を戦いに巻き込みたくはないんだ。大人しく降伏して私の物になってくれないか?」
「嫌」
間髪いれずにマーシーが答えるとサンドゥは笑みを崩すがすぐに笑みを作って。
「力の差が分からないと見えるね。知っている筈だろう自分達の世界が如何に非力かを。人形すら使わずに我々と戦えるとでも?」
「……」
その言葉は事実なのか、サンドゥの言葉にマーシーが黙りこみ俯く。
「非力だが本当に美しい世界だ。人々は活気に満ち、良い緑と四季の感じられる世界。そんな世界を壊す事は私としても忍びないのですよ。だから私が守ってあげましょうと言っているのですよ」
「――必要ないわ、戦いたいなら勝手にあなた達同士で戦っていればいい、私の世界を巻き込まないで」
「気丈ですね、だがそんなところが――」
一歩サンドゥが出ると。銃声が響き、サンドゥに剣が突きつけられる。
「「おっといけねえ、手が滑った」」
オルド達のその行動にサンドゥは笑みを引きつらせる。
「どうやら君の駒は随分と――乱暴の様だね。今日のところはこの辺にしといてあげよう」
「神様にも三下っているんだな?」
オルドの挑発するような物言いにサンドゥは視線を向ける。
「誰が三下だ、と?」
「ついでに察しも悪いみたいだな」
さらに挑発を続ける。サンドゥは手を振り上げると二体の竜人がオルドを取り囲む。
一触即発の空気が漂う中、錫杖の音が響いた。
「オルド!」
マーシーに一喝されればオルドは了解、と剣を収める。
「……ふん、調子に乗るなよ。出来そこないの人形が」
吐き捨てるようにサンドゥ言ってリザードマンを連れて引き下がる、最後に忌々しく舌打ちを一つして姿を消した。完全に気配が消えたのを確認すればオルドは剣を納めて。
「あれが神様かよ。こっちのも大概だが。まともやついねえのか いでででで!!」
「どういう意味よ?」
「あんまりバカな事言うと締められるぞ。内臓が」
空気を和らげるように声をあげてアレンドは笑うと校門前にある詰所へと入っていった。
「戦争する前に死ぬぜ、ったく」
「……バカな事言うから」
「目に見えて不機嫌だな。けど、聞きたい事が二つある」
半目でにらんでくるマーシーの前にオルドは指を二本立てる。
「一つ、人形って何だ、二つ、俺の事を出来そこないの人形っていったが何か知ってるんじゃないか?」
オルドの質問の言葉にマーシーは静かに頷けば街へと視線を向ける。
「……元々ある世界から駒を作るには二つの方法があるの。一つは残された虚構世界からの召喚。虚構世界で死んでしまった者の召喚」
「どう違うんだ?」
「意志を制御しやすいかどうか。前者は意志を確かに持っているから相性とか支配とかするのに神の力をあるにしても面倒だけど手を貸してくれれば実力以上の働きをすることもあるわ、逆に後者は死体も同然だからスペック以上の性能は出ない、一流の神は人形を完璧に操れてこそっていういわれがあるのよ」
「……アレンドやトラッパー連中はみんな、他の生きている状態で世界から呼び出されたのか?」
頷いてマーシーは答える。
「なんで、お前は虚構世界で死んだ連中を使わない?」
「これは、全然理性的でないし感情的な理由なんだけど――」
一息。
「虚構世界とはいえ、死んで眠りについた人間を勝手に呼び起こすのは嫌だったから」
「……そうか」
召喚された時の事をオルドは思い出す。
圧倒的な力を示しながらも決して強制はしなかった。自分の世界が滅ぶかもしれないというのにだ。
理屈で考えれば兵を揃えなくてはいけないのに力で支配しないのは愚かな神と言われても仕方はないだろうが。
「そういうの嫌いじゃない」
「向こうは死者をどんどんつぎ込んでくるのよ?」
「――俺のかすかな記憶だと勇者ってやつは大抵こういう状況をどうにかするために生れて来たんだぜ」
腰に手を当てて根拠の無い自信満々の笑顔をオルドは浮かべてみせた。
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