人々の顔

オルドが理事長室から出ていくのを見送るとマーシーは力を抜いてソファーにもたれかかる。

 「なんとか、なりそうね」

 多くの力を使っ《ルビを入力…》てオルドを召喚した価値はあった。アレンド以上の力を持ち、そして純粋だ。これから先の戦いで力になるが。

 「……彼の記憶が問題か」

 オルドの記憶についてのことは知っている。彼は必要とはしていなかったがマーシーとしては必要とも思うが。

 咄嗟の事でどうしたらいいかわからなかった、しかし、真実を、過去を伝えなければいけない、だが伝えたら彼は戦えるのか?

 彼は普通の駒とは違う。この状況を一変させるだけの力を秘めている。

 神の力を使えば駒の記憶の改竄も出来る、そうすればいいように操る事が出来るだろうが。どう関わるのが彼にとって、この世界にとって正しいことなのかマーシーは迷っていたが非情に徹するのであればそうすべきだが。彼女は自らの感情との折り合いがつかず。ただ記憶を戻さず今のまま扱うという事にしてしまっていた。

 「人間が神様に頼りたくなる気持ちが分かるわね」

 深々と誰もいない理事長室でマーシーはため息をついた。助けが欲しい、とも思うがこの世界にいる神は自分だ。そんな都合の良い存在はいない。

 "つまり、あんたは俺にその戦争に参加して敵をぶっつぶしてルーラーにしてくれってことか"

 それができればどんなに良かったか。オルドの言葉を思い出してそんな事を考える。

 「――この世界を守らなきゃ」

 自らに与えられた世界は平和な世界。作られた者と皆は言うが確かに彼らは生きていてここにいるのだ。

 「愚かでも、守ると決めたんだからね」

 誰もいない部屋で意志を言葉にすれば疲労する頭を再び動かし始めて思考始めた。 



 「すっげーまじで歴戦の勇者って感じっすね!」

 オルドは困っていた。とりあえずは自らの拠点とする学院を歩き回って屋上へと出ると一人の少年と出会った。刈り上げた短髪は茶色、気崩したブレザーという見るからに素行の悪そうな生徒だ。

 気がつけば腰をおろして給水塔を背に学生が身を乗り出す形で嬉々として話している。

 「まあ、勇者だからな」

 「俺、三反田甲斐みたんだかいっす。よろしくっす!」

 「オルドだ、よろしく。なんというか授業はいいのか?」

 「いやー、授業とかやってられねえって感じっすからね……それよりも魔法とか使えるんっすか?」

 「ああ、使えるぞ」

 ほら、とオルドはこともなげに自らの掌に火の玉を浮かばせて見せる。甲斐はおおっ!! と目を輝かせる。

 「それ、俺にもできんっすか!?」

 「んー魔法を教えろって言われてもな。まず、魔法使いの血ってのがないとどうにもならないって」

 「じゃあ、アニメとか漫画だとオルドさんから血をもらったりこう、契約ーってな感じでできないっすかね?」

 身振り手振りで甲斐は伝えるが無理だとオルドはきっぱり言う。

 「契約なんてシステムはないし。仮に血を入れても条件はクリアできない。魔法を放つための刻印も刻まないといけないそれがないとイメージを形にする事が出来ない」

 言いながらオルドは稽古着の袖をまくっての腕に刻まれた剣のような印を甲斐に見せる。ほへーと甲斐は感心して。

 「色々と大変なんっすね。魔法使うのって……どういう仕組みなんっすか?」

 「こういう仕組みとしかいいようがないな。俺から魔法はこの下準備だけ特別であとは声を出す、走るのと同じでやればやるほど疲れるってわけだ」

 「どこの世界とかなんかしらんけどそうなってるんっすね」

 甲斐の言葉にオルドはほう、と感心して

 「甲斐はこの世界がどうなっているか知っているのか?」

 「ああ、なんかマーシーさんがこの世界を引きとって。皆過ごせている、でもって近いうちに戦いがあってそれに備えてオルドとかアレンドさんみたいなやつがいるってのも噂で聞いたっすね もっと詳しい事は大人が知ってるっす」

 実際、自分のいる街が戦争になると知ればパニックや多くの子どもを巻き込むことになる、そのための処置かとオルドは察して。

 ――守らなきゃな。

 オルドは自然と疑うことなく一つ意を決めた。

 「いやーそれにしてもオルドさんは動じないんっすね。この世界に来てるのに。全然分かんない事とかないような感じっすか?」

 オルド自身それは驚いていることだ。最初にマーシーとあったときはそういった空間にいたからだと分かっているがまったく違った文化のここにいるにもかかわらず驚きがない。

 「なんだろうな。知らない筈なのに知ってる感じなんだ」

 「デ……なんちゃらってやつっすね、不思議な事もあるんだなー。もっとマーシーさんに話したら分かるかもっすよ?」

 「それよりはこの世界を守る事に集中したいんでな。そろそろ商店街の方にでもいかせてもらう。いい時間だったぜ。甲斐」

 「ああ、また今度っす!!」

 にっと笑って甲斐は手を振ってくる。それに対して笑顔で答えて屋上から飛び降りた。

 「ってええ!!??」

 いきなりの行動に甲斐は下をのぞき見るがオルドは涼しい顔で。

 ――下の地面に浮くイメージ。

 地面にぶつかる直前でオルドの体が僅かに浮いて着地する。後ろからすげー! と甲斐の声が響く

 「じゃあな、甲斐!!」

 上を見上げて大きく手を振ってオルドは校舎を後にしようとする。校門前のアレンドに気付き視線を向けてくる。

 「よう、戦場の下見か」

 「そんなところだ」

 「やる気満々で結構。これでちっとはこっちの負担も楽になる」

 「お前以外に戦えるやつはいないのか?」

 「いるっちゃあいるがお前ほどのやつはいねえよ……まあ楽しんでこいよ」

 自らの頭を掻いて応えるアレンドにそうかと答えてオルドは校舎を後にしようとするが一度振り返って。

 「ああ、そうだ。商店街の方行くんだけどよ。上手い飯とかあるところ知らねえか? あと金貸してくれ」

 ずい、と笑顔で手を差し出されればアレンドはタバコの火を携帯灰皿で消して

 「……しゃあねえな」

 面倒そうにアレンドが知っているこの世界についてを話す事にした。


 午後の商店街は活気に満ちている駅前のそこに位置するそこはデパートがあると言う事もあって客取りに必要なのだろうとオルドは推察しながら付近を歩く、そうして感じるの様々な飲食店の匂いだ、焼き鳥にカレー、クレープと飲食店が充実しているのが分かる、事前にアレンドに聞いた店を食べ歩きしていて味から豊かである事が分かる。次いで聞こえるのは街の話だ。

 「もうすぐ戦争ね……本当に大丈夫なのかしら?」

 「大人しく降伏した方がいいと思うんだけどねえ」

 「うちの旦那はやらきゃやられるって年甲斐もなく必死よ、もう」

 どこも戦争の話しで持ちきりだ、いつも通りに生活が出来るのか、戦わない方法はないのか、それでも戦わねば、と話し聞く限り戦う気はあるがやはりそれに対する恐怖も大きいようだが、大半は戦わねばと徒党を組んで奮い立たせている。

 そして、オルドに向けられている視線だ。さきほどはマーシーが人払いの術を使っていたから良かったもののそれを失くすと自分が異邦人である事がこうしてすぐに分かる。一応、周囲の人間は理解しているとのことだがやはりそれでも珍しいことには違いないわけで奇異の視線が向けられる。

 眉間にしわを寄せて考えながら適当に歩く。

 「しけたつらしてどうしたんだい、兄ちゃん」

 声をかけられれば店先にいる割烹着姿の背の低い痩躯の老婆に声をかけられる。店を見ると駄菓子屋と書いてある。

 「駄菓子屋は初めてかい?」

 「いや、知識としては何故か知っている」

 子ども向けの格安の菓子を売る店として頭の中にはある。こうしてみるのは初めての筈にもかかわらずだ。

 「変な言い回しだね。とりあえず食べな」

 そういって老婆はオルドの手を取ると手近にあったソースかつの駄菓子を渡す。言われるがままにオルドは袋を開けて一口で食べる。

 「味濃いな……けどいいなこれ」

 肉の味が殆どしない癖のある甘辛いソースの味に満足げオルドはうなずくと老婆はそうだろうそうだろうと頷いて。

 「世界を守っている、立派な騎士だが戦士さんがしけたつらしてちゃ皆不安になるってもんよ」

 そういうこともあって視線を向けられていたのかとオルドは納得しつつ。

 「ばあちゃんも、その辺の事情は分かるというか――」

 雰囲気で感じ取る。この老婆もアレンドや自分で程ではないが戦える側の人間と知れば表情が険しくなる。

 「あんた、隠し事はへたくそなタイプだね。そうだよ、あたしも戦争に参加するのさ」

 「おいおい、大丈夫なのかよ?」

 「そうもいってられないからねえ、やらなきゃやられるさ」

 そう言われてしまえばオルドは返す言葉はない。改めて視線を商店街へと向けて意識を商店街にいる人間へと向けると感じられる力を見て。

 「……見たところこの商店街にいる人間が大体そんな感じだな」

 「へえ、そこまで分かるのかい。あんた、名前は?」

 オルドは名乗ると店内へと案内され縁の下へと案内されると茶菓子とお茶の入った湯のみが置かれた。縁側は小さな庭になっている付近を雑居ビルで囲まれてはいるが正面は更地になっており落ちついた空間が出来ていた。老婆は自らの湯のみを手にとってオルドの隣へと腰掛ける。

 「なるほどねえ、勇者ねえ」

 「驚かないんだな。学院にいたときもそうだったけども」

 「まあ、マーシーちゃんは神様だしアレンドみたいのもいるからねえ。神様の軍勢と戦える商店街の組合ってぐらいだからねえ。今更何が来ても驚きゃしないよ」

 「ばあちゃんは怖くねえのか? その神様とケンカすんだぞ?」

 声をあげて駄菓子屋の老婆は笑って

 「そりゃあ怖いさ。怖くて怖くて逃げだしたいさ。だがね、逃げ場なんてない、それにマーシーちゃんにはこの世界を守ってくれていて、子どもだっている。それなのに逃げるのはあんまりじゃないか」

 「ばあちゃん……俺、がんばるわ。正直どんなもんだが分からねえがやるしかねえってのは確かだしな」 

 一気にオルドは茶菓子の饅頭を全て口の中へと入れてしまう。老婆は呆気にとられている。

 「だから戦いに備えるために饅頭おかわり」

 口いっぱいに頬張ったまま要求である。とてもではないが世界を救う勇者には見えない。老婆はそんなオルドの頭をはたいて。

 「まったく調子のいいやつだね」

 「食える時には食わねえとな」

 それから様々な話をする、この街の事、良く来る客の事、自分達の将来の事、そんな事を話してオルドはお茶を飲み干すと夕暮れとなった空を見上げる。

 「あーばあちゃん。饅頭持って帰っていいか? マーシーに差し入れしてえ」

 「ほう、見かけによらず優しいところあるじゃないか、待ってな包んであげるから」

 「一応宿くれてるしな」

 にっと笑ってオルドは答えると饅頭の入った袋を受け取る。

 「暇な時に顔出しなよ」

 「おう。そんときはちゃんと買い物していくぜ」

  そういってオルドは明かりが灯りはじめた商店街を後にする。

 入れ違いに学生たちや商店街で買い物を済ませた主婦、仕事帰りのサラリーマンが住宅街へと戻ってくるかオルドは器用に人並みを避けてく中、あるものが目に入る。

 夕闇の児童公園の中、子ども達を見送るトラッパーの姿だ。本来であれば不審者として通報されそうなものだが見送られる子ども達はトラッパーの事をよく知っているのか皆笑顔だ。

 「どー見ても不審者にしか見えんが子どもには好かれるのな。お前」

 「――」

 オルドが声をかけるとトラッパーは顔を向ける。道化師を模した仮面が夕陽に照らされなんとも不気味である。

 「その仮面外したりできないのか?」

 トラッパーは首を横に振ると同時にオルドの脳内に声が響く。 

 「作った人がそういう風に決めたみたいでね、仮面を外すこともできないんだ。虚構世界にいた人間は作られた世界や元の設定に縛られる」

 男とも女ともつかない不思議な声が響けばオルドは目を丸くする。

 「設定ね。随分とお前を作ったやつは変わり者か変態か」

 「私にも分かりません。おかげでここに来たばかりの頃は信用してもらうのに時間がかかりましたよ」

 「ここに来てからは長いのか?」

 首を横に振ってトラッパーは応えると両手を広げる。

 「十日前ってことか?」

 こくりと、トラッパーは頷いた。

 「アレンドも同じぐらいになりますね」

 「割とそんなに時間たってないんだな」

 「マーシーは戦いに参加するつもりはなかったが運悪くこことマーシーに目をつけた神がいて。結構急な事だったようですね」

 「よくもまあそれで戦う事になったな」

 「放ってはおけませんから……お互いこの世界を守るためにがんばりましょう。私は戦いの仕込みにいくからこの辺りで」

 「ああ、またな」

 トラッパーは別れを告げると音もなく姿を消した。

 「人は見かけじゃねえなぁ。つくづく」

 幼い神にお人好しの仮面の変質者。まだまだ世界は広いと感じて一人家路へとついた。


 少し迷いながらも学院へとオルドはたどり着いた、その頃にはすっかりも日も暮れていた。

 「おかえり、どうだったよ? この世界は」

 詰所の屋根の上で銃を整備していたアレンドが視線を向ける。

 「……いい世界だな。見えない部分もあるんだろうけどそう思うぜ」

 校門からは世界を一望できる。灯りの数だけ人がいるのだろう。その居場所を守らなくてはいけない。

 「マーシーは中か」

 「ああ、まだ中にいる筈だぜ」

 「あいつ、普段、何してんだ?」

 「大体こもりっきりで戦略練ったり。相手の神様の情報集めたりしてる。詳細は明日話されるだろうよ。その時には俺以外の駒もくるだろうな」

 「あまり時間はない、か。すげえ時に呼ばれたな。俺」

 「ここで活躍すれば勇者オルドの名とマーシーの元にはとんでもない駒がいるってアピールになるだろうよ」

 「重い役目だな……」

 「けどまんざらでもないだろ?」

 アレンドの笑みの問いにおう、と頷いてオルドは応えた

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