学院世界

 錫杖の音が響くとそこは桜の木の立ち並ぶ児童公園だ。あるのは滑り台にブランコに鉄棒、砂場とベンチと置いてあるが利用者は誰もいない。

 「とりあえず説明を続けなくちゃね」

 「いやそれよりお前――」

 目の前にいる神の姿はない、というよりあるのだがそれは先ほどのものとは大きく異なる。

 金髪と赤い目、金色の錫杖は健在だが、金髪はセミロング程の長さ顔立ちは幼さが残っており小柄な体躯だ。そして服装は僅かに短めに動きやすさを重視した短めの紺スカート持つブレザー姿となっている。一見して活発的な女学生の姿。年は15,6といったところだろうか。先ほどまでの神々しさは見る影もなくなっていた。

 ――そう、神は子どもになっていた。

 「まあ、驚くのも無理はないか。これが本来の私の姿。あれは仮初の分かりやすい神としての姿よ」

 「うわあ、ちっちぇえな。色々と」

 主にどことは言わないが率直な一言をオルドが発した瞬間。オルドの鳩尾に神のふとももがめり込んでいた。

 「ぐはぁ……」

 鈍い痛みが胸当てを貫通して胴に伝わった。

 勇者オルド、神の膝蹴りの前に膝を突いた。

 文字にすると、とんでもないことのように見えるが実際は一見して幼女が少年の鳩尾に膝蹴りを入れただけだ。

 「これにはきちんとした訳があるのよ、この姿で神って言ったって舐められるだけでしょ?」

 確かに目の前にいる少女はどこにでもいる見た目が幼い学生にしか見えないだろう。

 「納得した? とりあえず拠点に向かうわよ、立って」

 「この野郎、神様ってのはもう少しこう、優しいとか寛容とかあるだろ」

 「あんまり神様に夢見ないでよ……よくまあ世界を創造とか神罰とか色々言われるけどこっちはこっちで世界を管理するのに結構な苦労してるのよ?」

 どいつもこいつもとぐちぐちと文句を言ったと思えばふと神は思い出したように。

 「そういえば名乗ってなかったわね、私はマーシー。今後、よろしくね」

 「マーシー様とか言った方がいいか?」

 「いらない、そういうの面倒だし。いくわよ、面倒を避けるために人払いの術を張ってるから周囲に気にせずついてきて。普通の人間には声はかけられないから」

 そういってマーシーが指差すのは先ほど見えた学校、一見するだけで巨大なマンモス校と分かる。頷いてオルドは応じれば歩き出す。一見して奇妙な取り合わせ。歩いている学生や主婦、子どもは視線を向けることなく学校へとたどり着くと校門の前に一人の男がいた。鍔広の帽子に背には銀の逆十字の黒コート、無精髭に手入れが面倒とばかりに一本に束ねた黒髪が特徴的な男がタバコを吸っていた。

 学校にいるにはそぐわないと一見して思うがさらにその隣にいる、黒タキシードに白手袋、目鼻を覆う白の道化の仮面をつけた長身の男とも女とも言える華奢で痩躯の人間だ。何故そんな男たちがこんなところにいるのか。オルドはあからさまに訝しむが特に相手は気にすることもない。

 校門には木札で学院と書かれている。見る限り小学生から高校生がここの学院を通っているらしい授業中なのか不思議と静かだった。

 「よう、マーシー。おつかれさん」

 「ええ、ありがとうアレンドにトラッパー。そちらもお疲れ様」

 アレンドと呼ばれた男はマーシーに労われれば帽子を取って挨拶するトラッパーと呼ばれた仮面の男も一礼する。

 ――こいつら、強い。

 オルドは肌で感じとる。アレルドもトラッパーもまた自分と同じ戦える人間であることを。

 警戒をしているがその気配の押さえ方。オルドに確かに警戒心を向けてはいるが体は自然体でいる。人払いの術でも見えているという事はこれがマーシーのいう普通でない人間達ということだろう。

 「一応紹介した方がいいわね。そこの帽子の男がアレンド。皆頼りにしている人で学院の門番を勤めているわ、っでそこの仮面の人がトラッパー……主に街を罠で守ってくれる人なんだけど、男か女なのかそのどちらもかもしれないのだけど分からないけど……悪い人ではない、と思うわ」

 視線を向けているとアレンドは笑みを浮かべてトラッパーはひらひらと手を振った。

 「よう、新入りこれからよろしくな。マーシーのくそ長い話しを聞いたらまた来いよ」

 「ああ」

 また長い説明があるのか、とオルドはげんなりしながらも答えて校門を通った。

 校庭の中心まで来るとオルドは不意に背筋に冷たいものを感じた、幾度も実戦でそれは経験した敵意。記憶はなくとも体が覚えている感覚。

 剣を抜いて振り返るとそこには自動拳銃を抜いたアレンドがいた。仮面の男トラッパーの姿はない。

 「アレンド!」

 「止めてくれんなよ、マーシー。ちょいと試させてくれよ。どれぐらい強いのか、それが分からねえと戦略にどう組み込んだらいいのかも考えようがねえ……何より、門番ってのは退屈でな」

 「今でなくても――」

 「とりあえず、喧嘩を売ってるってことでいいんだよな?」

 マーシーが制止しようと言葉をいいかけるがオルドはそれに割り込んだ。

 気持ちは分からないこともない、だからオルドは不快には思わない。背中を預ける仲間である以上その力が分からないことには信用しようがない。マーシーが制止しようとするがオルド、アレンドは臨戦態勢入るれば頭を抱えてため息をつくと呪文を唱える。睨みつけるような視線でオルドとアレンドを見て。

 「――。ある程度は許可するわ、止めたら。それ以上は許さないから」

 「ありがとよ」

 アレンドは言って自動拳銃から銃弾が放たれる。手慣れている一瞬の動きだ。

 オルドの胸部を抉る寸前、身を逸らして致命傷を避けた。

 「はっ。なんとなく俺と同じにおいがしてたぜ、仕掛けてくるってな!!」

 「お前さんも傭兵か、あらくれ者ってところか?」

 「いや――」

 セブンススターを抜いて正面からオルドは向かっていく。

 「勇者だ!!」

 自動拳銃からの三連射、たたん、と軽い音が響いた。人を撃つのに躊躇いの無い淀みの無い動作だ。

 放たれた弾丸、その全てがオルドの心臓への直撃コースだ。魔法を使うにはイメージを作る必要がある、銃弾が当たるまでの即座にそのイメージを作るのは不可能と判断して屈んだ。

 銃弾がオルドの頭上をかすめる身を伏せながら距離を詰める。対してアレンドは一歩後ろに下がりながら空いた手を懐に入れたそこから取り出されるのは鈍い銀色のリボルバーだ。

 ――リボルバー式の拳銃。

 不意にオルドの頭に使ったことの無い銃の知識が流れる。先ほどの自動拳銃はどちらの手でも扱えて、消音機の装備を前提とし延長バレルをはじめてとした様々な機能を持つ高性能の自動拳銃であること、そして、この今撃たれんとしているリボルバー銃はステンレス製で耐久値の高く、貫通力のある弾丸を放つと。銃に対する情報が流れてオルドは次の動きへと移る。

 狙いをつけてこちらに銃弾が届くまでの一瞬。間合い自らの外にある。

 しかし、それでもオルドにとってはイメージを作る一瞬には十分な状況だ。イメージするのは攻防一体の武器だ。燃え盛る炎と剣。

 「炎の剣!」

 声に出してさらにイメージを盤石なものにするとオルドの大剣が青い炎に包まれる。そしてアレンドは左手の自動拳銃を二発、右手のリボルバーを一発ずつ放つ。狙いは大まかなものだ。

 それらを一振りで融解させようとするがリボルバーの一弾が炎を抜けて左の肩当てにリボルバーの一撃が当たり衝撃が響きジンとした痛みが響く。

 「こちとら神様に呼び出された身だ。そう簡単にはやらせねえよ! なめんなよ!」

 「そっちこそな!」

 オルドはさらに横一線に斬撃を見舞う。その際に剣に帯びた炎が伸びる。炎からアレンドは地を転がって避けつつも銃を撃って反撃に出る狙いをつけないそれは牽制の射撃、全て外れるが。オルドは一瞬動きを止める。そこへとリボルバーの正確な一撃が打ち込まれる。同時にオルドは剣を振り下ろす。

 オルドの剣が届くのが先か、アレンドの銃弾が届くのが先かというところで間に入ったマーシーの手によって阻まれた。

 左手は弾丸を弾き、炎の剣は右手掴まれていた。

 「そこまで。アレンド、満足でしょう?」

 「ああ、そうだな。邪魔して悪かった、それじゃあ、あとはお二人でごゆっくり」

 銃を納めれば呼吸を整えるように大きく息を吐いてアレンドは手を振って何事もなかったかのように門番の仕事へとアレンドはもどっていく

 「ちょっ。待て決着は――」

 「いいから、オルドは話さなきゃいけないことがたくさんあるんだから」

 オルドがアレンドを追おうとするとマーシーはオルドの手を掴んでこともなげに校舎内へとひきずっていく。校舎内は先ほどマーシーが結界を張っていたためか騒ぎなく皆、授業を受けていたことを確認してオルドは引きずられながら理事長室と書かれた部屋の中へと入る。中は一見して高級そうな調度品の類にガラス張りの机に向かいあったソファー、奥には大きな机とノートパソコンが置かれていた。

 「とりあえず、ソファーに座って」

 促されるがままにオルドはソファーに腰掛けると向かい側にマーシーも座る。

 「聞きたいことはたくさんあるだろうけど私から話をさせて」

 「……まあ、そうだな。とりあえず俺の敵が神様ぐらいなことで色んな世界があるとかそんなもんだしな。俺達自身の事や俺達のいるこの世界の事も何も知らないしな」

 「正直それだけで世界を守ると決めたのはさすがに驚いたけどね」

 「勇者の俺には十分な理由だからな」

 きっぱりとオルドが話すとでは、とマーシーは話しを始める

 「まずは私達の立場から私は神、そしてあなた達は『駒』と言う立場にある。駒は自らの神に害する事が出来ない」

 「つまり、殴ったりする事が出来ない?」

 オルドの頭には最初のマーシーとのやりとりで蹴りを入れた時と先ほどの戦いのの事を思い出す。

 「ええ、それだけに限らないわ。私達が気になれば先ほどみたいに駒を消すことや意志そのものを奪い取って神の意思によって動く人形にしてしまう事ができる」

 その言葉の後。オルドの体に重圧がかかる。

 「つまり、あなたを生かすことも殺すことも好きにすることもできる」

 「成程……下手な事言えねえなこりゃ」

 「そこまでするつもりはそうそうないけどね、先ほどのような事を言わなければ」

 「ああ、ちっちゃいか」

 さらに重圧がかけられてオルドは床にめり込んだ。

 

 「……悪かった」

 めり込んだ床はマーシーが指をならせばその痕跡すら残さず直した。

 重圧から解かれればオルドは深くソファに腰掛けるとともに頭を下げた。

 さらにマーシーに対してちっちゃいの一言を封印する事を決めた。

 気を取り直して、とマーシーは一言言って。

 「神は駒を操り。相手の神を殺すことで勝利となり敗者の世界を自分のもとする事が出来る、保有していた世界が多い神が勝者となる」

 「おいおい、俺はお前にでさえ負けるのに神と勝負になるのか?」

 「戦争が始まれば、神はその力を著しく制限されて駒と同様の位になる、だから、駒である貴方でも戦う事が出来る。存分に力を振るえるわ」

 「よし、任された……それは分かったが当然ながらこの世界の事が分からないと戦いようもないわけだ」

 「ええ」

 マーシーがとん、と机を叩くと立体模型が現れる。この世界の模した物だ。

 「この世界はこの学院を中心とした箱庭を球場のガラスで包んだような小さな世界……私達は『学院世界』と呼んでいるけども。もともとは住人になりきって穏やかな生活をする場所だったらしいわ、そのことからか今も穏やかに住民たちは暮らしているわね」

 「戦いに向かない世界だな、だから、俺やアレンドが呼ばれる訳か」

 「そうね、だから狙ってくるとは思わなったのだけどこうして戦う事になってしまった。世界に住んでいるのは人間、ただ貴方達と少し違うのは魔法が使えない人間が生活しているってことぐらいかな」

 オルドは一つ一つ整理していく、学園を中心とした平和な世界。そしてオルドやアレンドが主戦力であり神と戦う事が出来るがおおよそ戦闘向きではなく窮地に立たされている。

 「こっちの状況は分かった」

 そう、オルドは返しつつ頭の中にある違和感を得ていた。

 「ところで、オルド。話は変わりますが。……ここに来る前の記憶はある?」

 「記憶――」

 そういわれてオルドは俯いた。

 ――そう、記憶が、ない。

 生活に必要なものや戦うための知識や経験は確かにある。だがそれらをどこで得たのかどのようにして得たのかその記憶はおろか自分の生まれや世界の事すら記憶がない。 

 「やっぱり記憶の欠如があったんだ、召喚の手応えからしてもしかしてと思ったけど」

 あちゃーと額に手を当ててマーシーはため息をついた。

 「まあ、いいや」

 「いいの?」

 「別に記憶がなかろうと俺は勇者だ。困っているこの世界を放っておくわけにもいかんだろ」

 「まあ、そういうのなら特に私からは何もしないけども」

 「いいよ。そこまでこだわりねえし」

 「そう……じゃあまず、この世界になじんでもらうところからはじめてもらおうかな」  

 「敵の情報とか。そういうのはいいのか?」

 「戦いが始まるまでは三日間あるからそれまでは兵士としてアレンドと共に過ごしてもらうわ。兵士とは言っても入るけども好きにしなさいってこと……当面は自分で世界を見て回って欲しいかな。敵を知る前に居場所の事知らないと。寝泊まりは個々の学院の空いている教室を使ってくれて構わないわ、寝泊まり必要なものは一通り用意しておくから」

 「そうだな、とりあえずここまで堅苦しい話しで疲れたしちょっと出歩いてくるわ」

 「いきなりの召喚や戦闘やら世界の事で記憶の混乱をあるでしょう。少しのんびりしてくるといいわ」

 その言葉と共に学校のチャイムの音が鳴り響いた。

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