盤上の勇者と神の少女

三河怜

盤上へ。

 ――君は勇者だ。皆が困っている時に助ける。

 深い深い暗いどことも知れぬ闇の中でそんな男性とも女性とも分からない声が眠っている男性の頭に響いた。

 ――……の勇者。……から、……世界を……と……救う、……楽しみ

 不意に声が乱れる。記憶がそこで途切れている。

 男は再び眠りへとついた。自らの為すべき事を忘れたまま。



 一見すると広大な銀河にも見えるそこは神の世界と呼ばれる場所だ、人間には観測できない異次元に存在する数ある空間の一つだ。

 『これより、マーシー対サンドゥによる神々の遊戯をはじめる!!』

 その宣言と同時に祝福の歓声が響き渡った。そんな中、告げられた言葉に一人の女神が悔しさを押し殺すように拳を握りしめていた。

 「……このままで終わるつもりはないわ」

 宙へと視線を女神は向けて呟いた。そこにも星の大海が広がっているだけだ。

 「いずれ、あなた達を喰い破ってゲーム盤から出てみせる。これは、そのための戦いになるわ」

 そして天へと指を向けて。

 「私に喧嘩を売った事を後悔させてやるわ」

 女神は至高の神々に向けて宣戦布告をした。


――時は流れ。

「ん……ここは?」

 長き眠りから少年は目を覚ました。気だるい体を起こせば目に入るのは見えるのは太陽、その眩しさに少年は目を細める。次いで見えるのは空と雲。眼下にはどこまでも続く海。聞こえてくるのは波の音、そのことから自分はどういうわけか海の上に何故か静止しているのだと理解した。

 「目は覚めましたか。オルド=ファーストアロウ」

 少年は自分の名前が呼ばれれば身を起こす今の自分の姿は澄み切った海面に映し出されている姿はボサボサ赤毛に額には白い鉢巻きに碧眼、傷跡だらけの顔、剣術の稽古着の上に着古してボロボロの胸当て、肩当て上にさらにぼろぼろの赤い外套にブーツという旅でその辺をぶらつくための出で立ちはオルドにとってはいつもの服装だ。空中にいるが体は異常を訴える事はない。本来ならば異常な事態だと言うのに心は自然と落ち着いている、というよりは落ちつかされている。心のどこかで異常を訴えているが不思議と緊張も焦りもないとここは安全であるということや様々な情報がそう刷り込まれているかのような感覚を得ていた。

 ――気味が悪い。

 そう思いながらオルドは声の主へと視線を向けた。そこにいるのは腰まで伸びた金髪に、純白のローブに顔はヴェールに包まれているが端正な顔立ち僅かに赤い瞳が見える、背は低くもなく高くもなくすらっとした体躯、金色の錫杖をもつ女性は絵にかいたような美しさを持っていた。

 「あんたは誰だ? それとここはどこだ?」

 「私は貴方達の世界の言葉でいうところの神に属するものです。そしてここは神々の世界と呼ばれる場所です」

 発せられた女性の声、その唐突な内容に少年、オルドは呆然とする。その様子に神を名乗る女性は一つ頷いて。

 「いきなり言われても理解は出来ないとは思いますが。事実、この言葉が適切。あなた達人間を生み出した高位な存在なのです」

 「頭が悪かろうと、良かろうとその説明で理解できる奴いないと思うぞ? 俺は死んだのか? 天国とか地獄みたなものなのか?」

 「……死んだわけではありません、よびだされたのです。天国や地獄と呼ばれる場所も神々の世界の一つ、そこに呼ばれる可能性ももちろんありますがここではありません」

 「とんでもない話だな」

 「ですが、他に説明しようがありません」

 「夢を見ている。おかしな薬を飲まされた言いようがあると思うぜ?」

 「なかなかに頑固なようで」

 「これだけで、はいそうですか、っていきなり受け入れるほど俺はバカじゃない。お前が神様ってならその証拠を見せてくれよ」

 「この状況だけでは不足、と」

 今の異常な状態も彼女が作っているものとしてオルドはまだ靄のかかった頭で考えるが突然の状況に受け入れらずにいる。

 「確かに異常だとは思う、だが、これだけか。神様だか人間より高い位置にいるだか分からないが今この状態だけじゃな」

 では、女は声と共に虚空から錫杖を取り出し、音を鳴らすと。オルド達の眼下の景色が一変する夕陽の刺す大空の下に地平線が見えるほどの一面の荒野、そこに足をつけるとオルドは地面の感覚に安堵する。

 神を名乗る女は地面から足を浮かせている。

 「単純に力で勝負と行きましょう、それでどうでしょう?」

 「分かりやすいな。けどなめんなよ」

 記憶にもやが、かかってはいるが戦い方は覚えている。

 オルドは笑みを浮かべて背の大剣を引きぬいた。

 オルドの記憶の限りでは魔法の剣「セブンススター」。女性の身の丈ほどある大きさがあるにも関わらず、それは軽く、頑強さをそなえ持つ奇跡の素材ミスリルの大剣を基にし、柄に刻まれた虹色の炎の印はあらゆる属性の魔法の補助を担い、剣としても魔法の触媒としても使える、本来は両手の剣をオルドは片手で軽々と扱ってみせて。

 「さあ、どこからでもどうぞ」

 「じゃあ、遠慮なく」

 オルドは言葉と共に片手から女の顔面に向けて炎弾の魔法を放つが即座に女はオルドの視界から消えた。

 「驚かせてくれますね」

 相手が背後にいると察すれば身を回してのオルドの袈裟斬りを女は錫杖で受け止めていた。

 さらりと神を名乗る女はやってのけているがオルドは驚いている。オルドの認識では即座に魔法発動させるのは困難なものだ。

 魔法使いの血を持ち、刻印を刻んだものだけが使えるイメージを具現化する力「魔法」、それを即座に発動させるには確実に相手に当てるイメージが必要だ、さらに顕現されるまでの時差が発生する。オルドはそれを軽減するために左腕の大半に刻印を刻んでようやくイメージを即座に形にする事が出来るようになったが神の前では意味を成さないということが示された。

 そして剣の腕も並ぶ者はいないとされておりその気になれば岩、鉄をも両断する豪剣を受け止めた、完全に相手にとっては奇襲のタイミングで放った攻撃の数々、全てをいとも簡単に細腕で受け止められてしまったのだ。

 「単純な力量の差は分かりましたか?」

 「……悔しいけどな」

 向き直り、剣を納めようとしたタイミングでオルドは流れるような動作で女の側頭部を狙った蹴りを放つ。 

 「っ!?」

 虚をつかれた女は驚愕の表情を浮かべるがその一撃は女の側頭部手前で止まっていたまるで見えない壁に当たるかのようにその部分だけ陽炎のように揺らいでいる。

 「やってくれますね」

 「とりあえず、俺じゃお前には勝てなさそうだな」

 攻撃が当たっただけで効果をなしていない。これでは倒しようがないとオルドは考える。

 「もう少し、往生際が悪いと思いましたが」

 「二撃、そのどちらも手応えがないんじゃな。それにまだまだそっちは手を隠していると見た」

 「さすが勇者と言ったところですか……こちらの力も示しましょう」

 錫杖の音が凛と響いた。再びオルドと女は空中へ下に見えるのは街だ、そこには人がおり活気があるが誰もこちらの存在には気づいていないようだ。

 「これだけだと分かってもらえないでしょうから――それに、やはり、やられっぱなしというのは癪なので」

 次いで女神が何か呪文を唱える。オルドにはなじみのない言葉で唱えられたそれはオルドの体が透けていくさらに姿が陽炎に揺らいだ。痛みはないがこれがまずいものであるとオルドは直感する。

 ――その気になれば目の前の女神はこちらをいつでも消すことが出来るのだと。

 まだ消える事は出来ない。やるべきことがある

 オルドはそんな気がした。そして口を開く。

 「分かった……信じるしかねえな、こりゃ。お前は神様だ」

 その言葉と共にオルドの体は実態を取り戻した

 「すいませんね。こうでもしないと分からない人が多いので。もう少し、自発的に協力してもらえればとは思うのですが」

 信じざるを得ない。目の前の女は神であるかは分からないが自分より上位の存在である事は間違いはない。そうなると次に出てくる疑問として。

 「何が目的だ。じゃねえ、えっと何が目的でしょうか? 神様が一介の勇者に、それだけ強ければやることもないですが?」

 「口調はいつも通りでどうぞ、用があるから呼んでいるのですよ。そのためにはまずこの世界についてと私達と世界について、説明しなければなりませんね」

 一息。

 「私達と世界を生み出したルーラーと呼ばれる上位の神の存在がいます、ルーラーと呼ばれる神々の命令で私達神々は人と呼ばれる神の複製の動向を監視、必要であれば干渉してきました――そうしていくうちに人々は文明を築き上げるとともに数多くの世界を作ってきました」

 空中に様々な映像が投影される。そこには様々な世界がある海で艦隊戦を行う世界、騎士団同士がぶつかり合う世界、獣の群れと死霊の群れがぶつかり合う世界。様々な世界があることが分かる。

 「それは私達神より、下位の世界の人々が作ってきた世界。それは様々な方法で世界を生み出してきた。あるものは自らの想像で世界を作り、またあるものは電脳の世界つくりし、、誰かが知らず知らずに生み出した夢の世界。だが、多くの世界は生みだされて間もなく忘れ去られていった……それら全てを『虚構世界』と呼ばれる世界としました」

 「人間は神様の複製品。でもって色んな世界を作り出した、と」

 その解釈であっていると、マーシーは頷いて。

 「人間の作った世界は不完全なものでしたが……その多様性や可能性にルーラーは注目しました、それらを基盤にルーラーは新たな世界をいくつも生み出した……そしてルーラーは私たちに世界を与え、それを用いて戦争をしろ、というものです。命じられた我ら神々は自らが頂点である事を示そう徒党を組むもの、他の虚構世界からこうして戦士を呼び出すものと各々の方法で戦争を始めました」

 「この時点で訳分からないことだらけだが、とりあえずなんだ。なんか世界が一杯あって、でもってすごく偉い神様がいてそいつがお前達に戦争しろっていってるんだよな? あってるか?」

 オルドの質問の言葉によし、と頷いて。

 「……その、ルーラーとその下の神とやらは何が目的なんだ。そんな壮大な戦争を何のためにやってんだ?」

 その質問に、マーシーは拳を強く握った。

 「ルーラーは長すぎる時の観測に飽きた、とそう告げました。刺激もなく劇的な変化もない長い長い時。だから、ルーラーは自らの楽しみのために、劇や、音楽、ミュージカルを見せろ、というような感覚でルーラー達は私達に戦う事を命じました……私達、神はルーラーの命令には逆らう事は出来ない、そのため戦わなければいけない」

 その声は低い、怒りを押し殺しているようにオルドには見えた。

 「――見返りに勝ち続けた世界にはルーラーの地位を与えるとそれによってどの神も戦争に躍起になっています。あとはルーラーを打ち倒せたのであればゲーム盤からの離脱を認めるとも……どの神も自らの目的のために戦っています」

 「つまり、あんたは俺にその戦争に参加して敵をぶっつぶしてルーラーにしてくれってことで呼んだのか?」

 「いえ、違います」

 きっぱりと言われた女神の言葉に は? とオルドは目を半目にする。

 「私は戦いを望んでいません。捨てられた『虚構世界』とはいえそこにはそれまで管理していたガイド役や住人のNPCや残留思念とも呼ばれる人がいるところも多い。もちろん、戦いを望まない人も数多くいます。そこへ私達の勝手な戦いに巻き込みたくはない……私に与えられた世界だけでも守りたいのです、そのための駒が――」

 「俺ってわけか。それでどこかの世界から呼びだされた訳だ」

 にわかには信じがたい話しだが既に自分はここが自分が知っている世界とは別である事は理解できてしまっている他に考えられないような事態が続き過ぎだ、これが今の世界の現実なのだと、突きつけられているのだ。

 「……正直、いやだ、と言ったら。さっきの力で俺を殺すのか?」

 「いえ、あるべき場所に還します。そこは安心してください。強制させるつもりはありません」

 戦わなければ自分はここから立ち去る事になり元の場所へと帰る、ただその場所は思い出せない。既に自分のいるべき世界とやらが放棄されてからかなりの時間が経ってしまっているのかもしれないな、とオルドは思うがそれだけしか思い出せないのであれば戻る意味はどれほどあるか?

 ――それなら勇者としては目の前の世界を救うべきだ。

 そんな確信を以て選択をした。

 「そっか。とりあえず、あんたの持っている世界とやらを俺に見せてくれよ」

 眼下に見える世界を指差しながらオルドは神へと話す。

 「どうぞ」

 宙を飛んでオルドと神は世界を見る。活気のある大きな学校を中心に商店街そして住宅地と広がっていくそしてそこで見えない壁に阻まれる。そこから先も街は続いているようには見えるがそこで世界は閉じていると言う事だろう。

 「平和な世界だな」

 「ええ、治安は他の世界に比べると比較的良いと思います……ところで私が嘘をついているとは思わないのですか?」

 「お前からそれを言うのか。知らねえよ、直感だ。初対面の相手ましてや神相手にどう考えればいいかなんてわからねえ。だから直感頼りだ」

 一見して平和な世界。誰もかれも穏やかに過ごしているもちろん全てが上手くいっているわけではないだろうが。

 「……分かった、受けるぜ。この仕事。この世界を守ってやる」

 「ありがとうございます」

 「礼はいらねえよ。勇者が世界を救うのは当然だからな」

 頭を下げる女神にふふんとオルドは胸を張った。

 「では、私達の世界を歩いてみましょうか」

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