番外編② 僕は理想の女の子になりたい
異世界アーク・ヴィッツからやって来たという謎の小動物『どらしー』。見た目は小さなトカゲにも見えるが、その体表は真っ白で異世界から来たという異質さを頷かせる。
なにより、言葉を話す時点で、異質さは全開だ。
その『どらしー』により、十四歳の少年、氷山ツカサはおかしな呪いをかけられてしまう。
呪いは性転換魔法だったのだ。
朝、眼が覚めたツカサは、自分が女の子になってしまっている事に驚愕する。
ツカサはなんとか男の身体を取り戻すため、どらしーを追って、日常から離れたマジカルでどこかエッチな物語が幕を開ける!
新連載『ツカサちゃんは男の娘★』。第一話『アレがないよ! ツカサちゃん!』
「うわあ……」
僕は、少年ダイブの新連載、『ツカサちゃん』を読んで、感嘆の声を吐き出した。
それは、もちろん漫画が面白かったのもある。
だけど、僕にはそれ以上に胸を打ったことがあるのだ。
『性転換』。
その言葉に魅了された。この主人公のツカサが羨ましく思ったのだ。
僕は、大守三太。小学五年の男の子。
姉が一人に、兄が二人の兄弟の末っ子。
僕は、クラスのいじめっ子、川端和人にいつも嫌がらせを受けていた。
それは、僕がなよなよして、弱弱しいから、反抗しないと思っているせいだろう。
上の兄からも、言われる。――そんなんじゃナメられるぞ――と。
そうは言われても、人と争ったり、ぶつかり合ったりすることが嫌いなのはしょうがない。
昔から、競い合ったりするのは好きじゃなかった。
同じく少年ダイブで長期連載中の漫画『ダン・ピィス』は、男の中の男になるため、主人公のダンが女の子を助ける格闘漫画だ。
決めセリフは「女を泣かせる野郎は、ミンチになってハンバーグだ」。
この漫画を読んで、大半の少年は、ダンに憧れるのだろうが、僕は違った。
ダンに助けられる女の子の方に憧れている。
女の子なら、虐められてもかっこいいダンが助けてくれる。
僕は――、女の子になりたいと思っていたのだ。
だから、ツカサちゃんの連載が始まってからは、ダン・ピィスよりも夢中になったし、読むたびに思うのは、僕もツカサちゃんみたいに朝起きたら女の子になってたらなァ、なんて妄想をしてしまっていた。
こんな事を考えているなんて周りに知られたら、きっと僕は頭がおかしいとか、気持ち悪いとか、情けないとか言われてしまう。
だから、僕は自分が女の子に憧れているなんて誰にも言わない。
それから、もう一つ秘密にしていることがある。
それはお姉ちゃんのことだ。
僕は、女の子に憧れるせいか、家族の中でもお姉ちゃんのことが好きだった。
五年生にもなって、お姉ちゃんとお風呂に入っているのはおかしいと言われたけれど、僕は最近のお姉ちゃんがどんどん女の子らしくなっていくのに、憧れをもっていたのだ。
僕も、お姉ちゃんみたいに成長したら、胸が膨らんで、お尻も丸くなって、柔らかい身体に育てばいいのに、なんて考えていた。
だから、ちょっとした出来心から始まったんだけど、僕はお姉ちゃんの服を借りて、女の子の格好をするのが隠れた趣味になっていた。
最初は、お姉ちゃんの服を着るだけで満足していたんだけど、最近はそれじゃあ満足できなくなってきていた。
……と云うのも、うちのお姉ちゃんは、服装があんまり女の子っぽいものを好まないのだ。
ズボンとか、シャツとかすごく淡白。
もっとフリフリのとかスカートとか、着てみればいいのに。そしたら、僕もそれを着れるのになぁと女装願望が大きく膨らんできていた。
そんな悶々とした想いを持ちながら数日が過ぎたある日、ウチにお姉ちゃんの友達が遊びにやってきた。
月島麻衣さんと、西野蘭さんだ。近頃よく遊びに来るし、たまにお泊り会なんてやっていた。
「サンタくん、こんにちは~。今日もかわいいねー♪」
蘭さんが僕の頭を撫でながら、笑顔で挨拶してくれた。
「おいおい、男の子に向かって、可愛いはないだろ」
月島さんが、蘭さんをたしなめるように言うのだが、僕は気にしていない。
可愛いと言われて、悪い気分はしなかったからだ。
「えー。でも、ほんとに可愛いし。きっと、女の子の格好させたら、似合うよー?」
「アホ」
蘭さんの冗談に、僕は内心、ワクワクしていた。
してみたいなあと、興味が湧く。でも、そんな事を言えるはずもないんだけど。
しかしながら……転機は急にきた。
学校帰り、僕はクラスメートの川端グループから嫌がらせを受け、クツを片方なくしてしまったのだ。
片方だけクツを履いて、下校している最中だった。
「あれれ、サンタくん? クツは?」
うつむき歩いていた僕が頭を上げると、そこには蘭さんが見下ろしていた。
「あ、こんにちは」
「こんにちは~。クツどうしたの?」
言い出しづらい。まさかイジメにあってクツを隠されたなんて……。
「どっかいっちゃって」
上げた頭をまた下ろした。視線は汚れた靴下に落ち込む。
僕のその様子を少し黙って見つめていた蘭さんは、スマホを取り出し、どこかに電話をかけはじめた。
「サンタくん、ちょっと待っててね」
僕にウィンクを飛ばし、通話を始める。
「あ、私だけど……。ちょっと、お迎えに来てくれないかなぁ。うん、ごめんね。ありがとう~」
僕がぼんやり見ていると、通話はすぐに終わったらしい。
蘭さんは僕の目線に合わせてかがむ。
「すぐに、うちのお母さんが車で迎えに来てくれるから、それで一緒に帰らない?」
「いいの?」
「いいよ」
そう言って、柔らかい笑顔を返してくれた。
あぁ、女の子の笑顔ってやっぱりステキだなあなんて、思ったのだった。
と・こ・ろ・が。
僕はその笑顔の裏にあった蘭さんの欲望を、今思い知ってしまった。
「さぁ~、サンタくん。脱ぎ脱ぎしましょうね~」
「な、な、な……」
蘭さんのお母さんの車で、僕は自宅に帰るのではなく、西野家に御邪魔することになったのだ。
汚れた靴下の代わりとクツを用意してあげるから言われて、ノコノコ付いていってしまったのが間違っていた。
知らない人について行くと、誘拐されるとは聞いていたが、知っている人について行って誘拐されるとは思わなかった。
僕を自室に通した蘭さんは、僕に襲い掛かって服を脱がせようとし始めたのだ!
「あぁ~、サンタくん。ほんとに可愛い! ずーっと前から私、サンタくんのこと狙ってたんだよ~」
言いながら、僕の上半身をはだけさせていく。蘭さんの目がハートマークに変貌していた。
僕は幼いながら、貞操の危機というのを、実感した。
「だ、だめだよ、蘭さん! はずかしいよぉ!」
「可愛いから大丈夫だよぉ~」
――リクツが通らない。
僕は見る見る脱がされ、パンツ一丁になってしまう。非常に手際よく脱がされ、変に関心してしまった。
「私ねー、昔から着せ替え人形で遊ぶの、好きだったんだ~♪」
「ぼ、僕は人形じゃないんですけどおっ」
「大丈夫、私にまかせて。天井のしみを数えている間に終わっちゃうから」
天井を見てもシミなんて、どこにもない。
いやいや、そうじゃない。
僕はもがいて蘭さんの拘束から逃げ出そうとするが、蘭さんの欲情の力は想像以上にパワフルだった。
「さぁ、大人しくしててね……」
「いやあぁぁぁぁぁあああぁーッ!?」
僕の悲鳴は誰にも届かなかったようだ……。
「イイッ! スゴくイイよぉ~っ!」
数十分後、そこには僕の変わり果てた姿があった。
そう、僕は蘭さんによって――、着せ替えをさせられていたのだ。女の子の姿に。
多分、着せられている服は蘭さんの子供の頃の服ではないだろうか。
白いワンピースに腰周りのピンクのリボンがアクセントになっていて、スカートまわりはレースがあしらわれている。まるで胡蝶蘭のようでとてもフワリとした可愛らしい服だ。なんだか、とてもスースーする。
「ねえ、ほら。可愛いよー?」
僕の前に姿見を置いてくれて、僕のその生まれて初めての姿を見せてくれた。
「ぁ…………」
蘭さんの見立てが上手いのか分からないが……自分で言うのもおかしいけれど、僕は可愛かった。まるで別人のように――。
「ううん、やっぱり素材がいいんだね。これは子供の頃の私より可愛いかも知れない」
「な、なんでこんなこと……」
「えへへー。ごめんね。完全に私の趣味。前からサンタくん可愛い可愛いって思ってたんだよー。女装させたくてしょうがなかったの」
「か、かわいい、ですか」
「可愛い可愛い♪ あとは髪を整えればカンペキだね。ちょっとそのまま、じっとしてて」
そう言うと、蘭さんは引き出しから、白いカチューシャを取り出した。それから……髪の毛の束みたいなのだ。
「これね、ウィッグっていうんだよ。買ったんだけど、私の髪の色とちょっと浮いちゃって、ほとんど使ってないの。でも、サンタくん髪の色、真っ黒で綺麗だから、きっと合うと思うよ~」
ウィッグという、毛の束とカチューシャを僕の頭に乗せていく。
まるでカツラのようだと思った。(本物のカツラを見たことがないけど)
すると、どうだろう。劇的ビフォーアフターだった。
ぱっと見ると、いや、良く見ても……僕は女の子だった。
髪の長さは頬にかかるくらいの黒いツヤを見せて、白いカチューシャがワンピースと合わせて際立つ可憐さをアピールする。
「わぁ♪ すごい可愛い。もうどこからどうみても、女の子だよ」
蘭さんが、自分のコーデの出来栄えにうっとりしていたのだが、僕も自分の姿から眼が離せないでいた。
「……すごい……ツカサちゃんみたいだ」
「ねえねえ! 写真撮ってもいいよね!」
……こちらに同意を求めているようで求めていない強制力の強い言葉で、僕が止めるヒマもなく、女装姿をパシパシとケータイで撮って行く。
「ちょ、ちょっとまってよ! 写真はだめだよ、誰かに見られたら嫌だよ」
「大丈夫だよ~。これだけ変わっていると、誰もサンタくんだなんて思わないからっ♪」
「そ、そうかなあ?」
自分では分からない。ただ、この姿を人に見せるなんて、恥ずかしすぎる……。
「うんうん、だったら、試しに外歩いてみたらいいんじゃない? 絶対にバレないから」
「えええええええええ!? ムリだよ! ムリにきまってるよ! できるわけないよ!!」
「サンタくん、何のためにここに来たの? ダメよ逃げちゃ。何よりも、自分から」
「何のためでないよ! 連れ去り同然に来たんだよ!」
だけど。まるでどこかのパロディみたいなセリフではあったけど、一つ的を射ているのは……逃げているという点だ。
そうだ、僕は逃げている。
僕は、自分のコトに自信が持てない。自分のコトが好きになれない。
それは、自分自身から逃げているからだと、なんとなく気がついていたのだ。
でも、自分をさらけ出すのが怖くて、僕は自分を隠して生きていた。
「ね、三太くん? 今の自分をきちんと見てごらんよ。本当に可愛いよ?」
蘭さんが、僕を包むように後ろから抱いて、鏡を覗かせてくれた。
その映った僕の瞳は、本当の僕の瞳だと感じた。そう、活きている瞳をしていたんだ。
「いま、鏡に映っているのは、大守三太くんじゃない。別の『女の子』だって思わない?」
蘭さんが意味深にそう告げて、僕を覗き込んで来た。
たしかに、まるで別人だった。どこからどうみても、女の子だ。
「そうね……ん~、サンタ……クリスマス……。クリスちゃんって名前はどうかな~?」
「く、くりすちゃん?」
蘭さんが、人形に名前をつけるみたいに、女装した僕を命名した。
一体、どういうつもりなんだろう……。僕は、蘭さんの真意がいまいち飲み込めず、蘭さんを見つめ返した。
「いま、ここに居るのは、三太くんじゃなくて、クリスちゃん。そう思ったら、なんだか何でもできそうな気がしない?」
「僕じゃない……?」
「僕じゃなくて、『私』」
「えぇ……?」
「クリスちゃん。大守三太くんを、助けに行こう」
蘭さんが、僕の手を取り、眩しく笑う。
――僕は、まだ分からなかったけれど、蘭さんのその笑顔は、僕を突き動かすだけのパワーを確かに持っていたのだった。
結局、僕はクリスとして外に出た。
蘭さんに手を引かれ、やってきたのは……小学校だった。
グラウンドでは、クラスメート数人がサッカーをしている。
その中には、僕を標的にしている川端和人率いる、川端グループが居た。
「ら、蘭さん……。さすがに、学校でこの格好はマズイよ、バレるよきっと……」
「バレない。私が保証する。だから、勇気を出してみて。今の君は、理想の女の子。誰よりも可愛いんだから」
めちゃくちゃだ。めちゃくちゃだけど、なんだか不安は吹き飛んだ。
今の僕は、大守三太じゃない。
理想の女の子、クリスなんだ。
半ば、ヤケクソもあったけど、僕は蘭さんに推され、クリスとしてその足を一歩踏み出した。
なにより、今の自分を誰かに見せてみたいという、どこか背徳感のある感情が見え隠れしていたのも事実だったから――。
「川端くん!」
僕は、サッカーに夢中な川端和人へ一声、強く呼びかけた。その声は自分でも驚くほど、僕ではなく、私だった。
そう、今の僕は、私なんだ。
声をかけられた川端くんは、こちらを振り向いてキョトンとした顔をしていた。
……ば、バレ……た?
そのまま、こちらに駆け寄ってくる。
そして、マジマジと私の舐めるように眺めてきた。
「あんまり、じろじろ見ないでよ」
恥ずかしくて、思わず抗議の声を上げてしまった。多分、私の顔は真っ赤だっただろう。
その私の反応で、川端くんはビクンと肩を跳ねさせて、「ごっ、ごめん!」と謝った。
――謝ったのだ。僕に対して。初めて、川端くんの素直な顔を見た。
つまり……僕の女装は、カンペキだったのだ。大守三太とバレていないのだ!
「ってかさ、だ、だれだっけ。ウチのクラスの女子じゃないよな?」
慌てながら、こちらへ確認してくる姿はあの高圧的な川端君とは思えなかった。
さて……どう答えたものか……。
ちょっと悩んでいると、サッカーを中断したグループのメンツが私を取り囲むように集まってきた。
「おうい、カズ~。何やってんだよ」
「何、この子。……めちゃかわいいんだけど……?」
「カズの……彼女かぁ?」
次々に周囲の目が私に集まるのだが、誰一人として、正体に気がつかない。
しかも、可愛いとすら言われているのが、なんだか、面白かった。
いつも、僕を取り囲んで虐めてくるグループメンバーが僕に騙されて、腑抜けた顔をさらしていたのだ。
「私は、……第二小学校のクリスよ」
と、いう設定にした。苗字を決めてなかったので、そこは濁した。
「クリスちゃん……、めちゃ可愛い名前だね。外人みたいじゃん!」
「でも、髪は真っ黒でツヤツヤしてるね。そのギャップがまた、なんかイイなあ~」
こ……、こそばゆい。
自分のコトがバレないだけではなく、まさか女の子として賛辞を受けるなんて想像以上だった……。
「さっき、オレの事を呼んだよね? な、なんで第二小のキミがオレの事を知ってるの?」
川端くんが、ドギマギしながら聞いてくるのが面白い。
多分、女の子に名前を呼び止められたことなんてこれまでなかったんだろう。
それが私のような美少女に声をかけられて、舞い上がっているんだ。なんだか、普段のイジメのうっぷんすら吹き飛ぶほど、滑稽な姿に私はクスっと笑いを零してしまう。
「川端くん、実は私……第一小の川端くんのウワサを聞いて、見に来たんだよ」
「う、うわさ?」
「スポーツが上手くて、かっこいい男の子ってウワサ」
「ぇへぇ? そんなウワサあんのォ? ふへっ」
だらしなくデレデレと鼻の下を伸ばす川端くんだったが、もちろんそんなウワサはない。
「私、今日ずっと川端君のこと見てたんだよ?」
「まじでぇっ。どうだった? ウワサ通りにサッカー凄かったろ? 他にも野球もイケるし、最近は空手もやってるんだぜっ」
チョウシに乗ってきたらしい。なんというか、女の子に対する免疫が本当にないんだろう。こちらの云う事を素直に受けてニヤけている。
「たしかに、スポーツは凄いね。でも、ハッキリ言ってガッカリしたんだ」
「……え?」
デレた表情が一瞬で蒼白になり、硬直した。赤から青に変わる姿がリトマス紙みたいで内心噴出していた。
「すごくカッコいい人だと思ったのに、弱いものイジメをする男の子だったなんて、ほんとにガッカリしたんだ」
「な、なに言ってんの。オレは弱いものイジメなんかしてない……」
「川端君! 嘘までつくなんて……私……、そんな川端君、みたくなかったよ……」
わざとらしく涙を浮かべてみせる。
結構、演技も出来る事に気が付いた。
人の顔をいつも、良く見ていたオカゲかも知れない。
「あー、カズ、女を泣かせた~」
川端グループの一人が、茶化すように囃す。
それを聞いて、和人君は完全にテンパり始めたらしい。
「バッカ! 泣かしてねえよ! ク、クリスちゃん。違うんだって、ああ、ゴメン! な、泣かないでくれよ。何でもするからさっ」
掛かったッ――!
「……何でもする?」
「お、おう! ウソなんかつかないよ」
「じゃあ、弱いものイジメはもうしないで。いじめてた子に謝ってあげて?」
「おう! わかった。もうしない。ウソもつかない」
「ほんと! じゃあ、クリスと指きりだよ」
右手の小指を差し出す。これで約束してくれれば、川端くんはきっと、もう虐めなくなる。
……ところが、川端君は指を絡ませてこない。
こちらを凝視して、真っ赤になって固まっている。
やはり、イジメを辞めるなんて約束はできないと云う事だろうか。
「川端君? やっぱり、約束なんてできなんだ……?」
「いっ、いやっ。そうじゃなくて……じゃ、じゃあ……」
おずおずと指を差し出してくる。
はっきりしない態度に、ちょっとイラ立ちを覚えて、川端君の指にこちらから絡んで半ば強引に指きりをする。
「ゆびきりげんまん! うそついたら、ハリセンボンのーます!」
「……ゆ、ゆび、きった……」
真っ赤になって、なんとか指きりをしてくれた川端君だった。
周囲のグループの面々が、「いいなぁ」「オレも指きりしてえ」とか言っているのを聞き取ってから、川端君の赤い理由が分かった。
……そうか、女の子と触れ合って……照れちゃったのか。
そう考えると、なんだか、こちらも恥ずかしいことをしてしまった様な気分になる。
「じゃ、じゃあ、約束したからね!」
なんだか急に恥ずかしくなってきて、この場から早く立ち去りたくなった。
「あ! も、もう行くのっ?」
「いつも見てるんだから! 約束破っちゃダメだからね!!」
「い、いつも……っ」
念を押すために言った言葉を、どうも何か別の意味で捉えたのか、川端君は鼻の下を伸ばして緩んだ表情で笑う。
その隙に、グループの輪から抜け出すように、僕はグラウンドから離れ、学校から駆け出していく。
「はぁっ、はぁっ」
校門を抜けた先で蘭さんと合流した。自分のしでかしたコトを思い返すと、動悸が早まる。
なんて大胆なことをやっていたんだろう。
「全然、バレなかったでしょ」
「そ、そうだけど……、今思い返すと、すごく恥ずかしいよぉっ」
今更に頭の中が真っ白になるほど、僕の感情が暴走する。
「でも、出来たでしょ?」
「え……」
「へんしん」
蘭さんは、ニコりと笑い、やはりどこか意味深に僕にウィンクをくれた。
『変身』。
うつむいて帰っていた、片足の下校。
そこから、僕は私に変身したんだ。
そして、前を向いて、川端君と約束した。
「周りや、他人は変えられないけど、自分が変われば、世界が変わるよね」
蘭さんは遠い夕焼けの空を見つめていた。
その言葉は、実体験の元から紡がれたものではないだろうかと、想像させた。
下を向いて歩いていても、この夕焼けは眼に映らない。
僕の世界は、灰色のコンクリートから、真っ赤な夕焼けに変わっていたんだ。
その赤は、なんだかとても胸を焦がす。
この湧き上がってくる鼓動はなんだろう。
今すぐ全力で走り出したいような高揚感。
大きな声を叫び上げたい。
目の前がキラキラしている。
そうか――。
僕は今、世界が少しだけ好きになったんだ。
その時の僕の表情は、きっと憧れた少女の笑顔に負けていなかったんじゃないかと思う。
隣で、夕焼けを見つめる人の、あの笑顔のように。
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