第2話
三年三組、教室ど真ん中の席。それが俺の席だ。
中学三年の五月、模試の結果が返ってきて、みんながそれぞれ進路をはっきりと決め始めるころだった。
俺の模試の結果、志望の高校への合格率は七十パーセントだった。ま、射程内だろう。
油断せずに、それなりにやっていれば合格できると、担任も言ってた。
……受ける高校は、姉貴と同じところだ。姉貴と同じところだからという単純な理由で決めたわけじゃない。
できるだけ、近いところに行きたかったのが理由だ。
チャリで行ける範囲となると、そこしかなかった。……まぁ、姉貴の事がまったく考えになかった訳ではないが。
「大作、塾とか興味ねえ?」
席で鞄の荷物を机に移していたら、友人の木戸龍之介が話しかけてきた。
「ねーよ、あるわけねーだろ」
「……はぁぁぁぁ。オレ、塾に行かされる事になったわァ」
「良く分からんが……今更行っても効果あるのか?」
「オレはないって思ってんだけどさー。ババァが模試の結果見て、行けってうるせーのなんの」
「ま、本人にやる気がねえのに、無理に行かせて成績あがるわけないよなあ」
「そういう事よー。オレ、別に高校、イイトコ行きたいってワケじゃねえし」
龍之介は傍から聞くとトゲのある俺の言葉を素直に受けてウンウンと頷いている。
こいつとは小学校から仲が良いし、妙に気も合う。
「んじゃ、お前部活辞めんの?」
塾に行くとなると部活ももう出られないだろう。三年は引退の年ではあるが、八月あたりまでは部活に行く奴が多い。龍之介も部活を優先させているタイプだった。
「……俺は八月までやりてえけど……」
「親には逆らえねえか」
「まぁ……模試の結果次第で塾ってのは、前から約束させられてたしな……」
「しゃあねえよなあ……」
『受験』。それを突きつけられたとき、俺達中学生は、重い鉄球を足首に巻かれたように感じた。
いつまでも、やりたい事をやっていられない。やりたい事を続けたいなら、成果を出す。
それが社会に関わるという事なんだろう。大人になると言うことなんだろう。
俺達は、こうやって、少しずつ子供じゃいられなくなるのだ。
学友には、それに反発したり、イラだったりとするのも多い。なんせムズかしい時期なんだ。
この不安な感情をどこでぶちまけ、誰が解決してくれるのかもよくわからねえ。
俺も、未来を考えるとどうにも心が揺れた。
朝、弟達にキレたのも、色々溜まっているせいかもしれない。
「大作は結局、部活しなかったよな」
「俺、一つの事をずっと続けるの、好きじゃねえからさ。サッカー部はサッカーしかしないし、バスケはバスケしかしないだろ。あーゆーのがダメだ、飽きる」
「浮気性なのね」
「ばっか、俺ァ、一途だよ」
――ほんと、嫌になるくらい一途だよ、チクショー。
「お、おはよう。木戸くん」
俺と龍之介のそばに林原夢子が挨拶にやってきた。こいつは、木戸の部活、テニス部のマネージャーでよく木戸のところにやってくる。
「おすおす」
龍之介が軽い挨拶をすると、林原がこちらにもおずおずと挨拶してきた。
「……ぉ、ぉはょ……、大守くん……」
「おう」
擦れるほど小さな声で聞き取りづらかったが、挨拶された事は分かったので返事だけは返した。
木戸には普通に話すくせに、俺には随分と警戒してビビッている。なんとなく、三太を思い出す挙動だった。
「ね、……ねえ、模試……どうだった?」
目線を下に向けてどっちに訊ねているのか分からないが、おそらく龍之介だろう。部活辞める事になるワケだしなぁ。
「ダメだったわ。やっぱ、塾行く事になりそうだわ」
龍之介がうんざりといった顔で溜息を吐く。
「そうなんだ。部活……続けられそう?」
「……すまん、多分辞めさせられる……。塾がちゃんと決まるまでは顔は出せるけど」
「ふうん……。ざ、残念だね」
……? 林原のやつ、思ったより淡白な返しだな。
「林原はどうなんだよ」
龍之介が聞き返す。
「私は……志望校判定九十パーセントだったから」
きゅうじゅう!? もう余裕じゃないか、余裕すぎて学校来なくなるわ!
「まじかよ、すげえな……どこ受けるん?」
龍之介の驚きと共に聞いた質問に、なぜか急に硬直した林原。一瞬、俺と目が合ったように感じたが、すぐさまその目線が床に落ちた。
「え、と。
「あ、そうなん? 俺と同じジャン」
そう、俺も江洲高校志望だった。姉貴の高校だ。
「そ、そう……同じ、とこ……」
……つまり、アレか? こいつと俺はライバルになるってわけか?
しかも、俺が七十に対し、林原は九十なワケか? 彼我戦力がはっきりしたな、オイ。
「……九十ってこたぁ、余裕じゃねえか。お前ならもっとイイトコ行けるだろ?」
俺はライバルを減らすため、軽く別の戦場へ誘導してみた。
「……ここが、いい、から」
「ほー。まぁ、近いしなあ」
「制服も、可愛いんだよ」
制服……っつーと今朝の姉貴を思い出す。そんなに可愛いか? よくあるデザインのセーラー服だと思うが。
「そうかねえ、姉貴の着てんの見ても、フツーに見えるけど」
なぜか、突っぱねるように虚勢を張った。
「お、お姉さん……? 江洲高なの?」
林原が食いついてきた。まずい、俺のシスコン臭が漏れてしまったか? やばい。消臭力を使わなければ。
「おう」
と、そっけなく、なんでもねーぜという感じを醸し出してぶっきらぼうに返す。
「そ、そうなんだ。そっか、そうなんだ」
お、おい。なんか林原のヤツ、やけにうんうん頷いてるぞ。まさか、俺のシスコンが嗅ぎ取られちまったか!?
だとしたら、マズい。クラスの笑いもの所か変態扱いされちまうかもしれない。
なんとか弁解の言葉を捜していると、ガラガラと教室のドアが鳴り、担任の杉村がやってきた。
「あ、ごめんね。またね……」
林原はそそくさと後ろの自分の席へ戻った。
龍之介も何かふに落ちない顔を見せながらも、自分の席へ移動した。
江洲高……そんなに倍率の高い高校ではないと思いたいが……。少し不安が増したためか俺の冴えない表情は更に灰色に染まった。
昼休みになった。
いつもどおり、俺と龍之介でメシを喰っていた。
「そーいや、直也。かなりテニス上手いぜ。一年レギュラー取れるかもってさ」
「はーん? あいつ、器用だからな」
次男の直也は、龍之介と同じテニス部に入部した。
志望動機は女子テニス部とお近づきになりたいからだそうだ。
ふざけた動機である上に実力があるから尚更ムカツク。あいつは外面も良いし、まぁなんだ。顔もイイ方だと思うからなんというかモテるかもしれない。
うらやましいとは思ったことはないがな!
「まぁ、でも一年レギュラーなんて取ろうもんなら先輩からフルボッコなんじゃねえの?」
ザマァと笑いながら卵焼きをほおばる。
「や、三年も引退だしよ。一年とか若手に譲るって空気だから割とそういうのはねーよ?」
龍之介が安心させるように言ってくれたが、こっちとしては世間の苦しみを次男に味わって欲しかったのに、期待はずれと云うものだ。
「で、直也だけど……」
「んだよ」
龍之介が嫌に周りを気にしている。なんだというのだ。
「アイツ、林原と付き合ってるって噂があってよ」
「べへーーーーッ!!!」
「きったね!!」
俺は思わず卵焼きが口の中でスクランブルエッグになっていた状態で、噴出してしまった。
慌てて俺も周囲を見回す。クラス中、こちらを覗いていたが、林原の姿はなかった。
ほっとしながらも、龍之介に問い詰める。
「ソースはあるのか……?」
「いや、林原がよく直也と話してるのを見るんだよ。ソースはオレ」
「信用できねえ」
「いや、だから、お前に聞いてンだろが。弟からそういう話は聞いてねえの?」
「そんなもんない……」
と、否定しようとして、朝のやり取りを思い出していた。
(そんなんじゃ彼女ができない)とかなんとか……。
――まさか、あれは彼女が出来たからの余裕発言だったのか!?
しかもまさかの俺の同級!? つか、アイツが部活に入って一ヶ月くらいだろ!?
そんなスピードで彼女ができるかぁ!?
「お、おいおい。その表情、まさか思い当たる節でもあんのかよ」
「……いや、ちょっと冷静に考えてみろ。直也はともかく、林原がぱっとやってきた一年と付き合うようなタイプか?」
「ん……、そう言われてみりゃ……、あの真面目で大人しい林原らしくはないが……」
林原夢子はクラスでも目立たない地味系メガネ女子だ。髪もおかっぱのミドルストレート。なんというか、垢抜けない純粋そうな女の子だ。
そんな女子が、ちょっとイケメン(くそがっ)の弟にコクられたとしても、出会って一ヶ月くらいのヤツに対してOKを出すだろうか。
「でも、お前の弟だからなあ。言葉巧みに林原をたらし込んだのではないか、と俺は名推理したのだが」
龍之介が腕を組んでウインクを飛ばして見せた。似合わなかった。
「……それは有り得る」
「だろお? やべーよ。林原、結構部活内で狙ってるヤツが多いんだべ」
「あー? マジかよ。お前も?」
「……俺は恋愛とかは興味ねえ」
そうだな、こいつは脳筋だ。恋愛するよりテニスを取るヤツだ。
「ってか、林原が人気ってマジなん?」
「まぁ、ほれ。女子マネは部員の天使だからよ」
分からんでもないが。俺は正直タイプじゃないかな。俺はああいうおっとり系より、元気な……。
……いかん。姉貴を思い浮かべた。それはもう卒業すると決めただろう、俺!
「そういうワケでよ、お前から直也にちょっと探りを入れてみてくれよ」
龍之介が声をひそめてとんでもない事を提案してきた。
「ざっけんな、どうでもいいわ。そんなもん、興味ねえし」
「出来たらでいいからよ、ちょっと頭の隅に置いといて」
人懐っこい笑顔で龍之介はウインナーを噛み千切った。
放課後になった。俺は早々に下校するため、鞄に荷物を詰め込んでいた。
「んじゃ、またな」
龍之介に挨拶して、教室を出ようとしたとき、林原が寄ってきた。
「あっ。あの、大守くん」
「お、おう?」
龍之介が意味深な目線をこちらに投げてくるが無視をした。
「……あの、その今日は、その……」
「…………」
林原が緊張しながら、しどろもどろに言葉を吐き出すが、部分部分小さくて聞き取れない。
「ごめん、なんでも、ない……」
結局、林原はそのままひっこんだ。自分の席に戻って鞄を引っつかんで教室から出て行った。
「「なんだったんだ」」
俺と龍之介は声をシンクロさせ、林原の出て行った教室ドアを暫く見つめていた。
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