虚数iを求めよ
第1話
俺は病んでいた。この五月も終わろうかと言う時期に、はやり病にかかってしまっていた。五月病と言う病だ。
なので、本日は学校を休もうと思っている。もちろん、無理をすれば登校はできるだろう。しかし、無理に登校し、健康な学友達に病気を移してはならない。
そういう訳で、俺はそのまま意識をフェードアウトさせ、考えるのをやめた。
意識が消えかけたその時、自室のドアが勢いよく開け放たれた。
「もー! 早く降りて来いって言ってんでしょ!」
姉貴の声が部屋に響いた。せっかくの心地いい眠りをぶち壊しにしやがって……。
「……うっせーな、朝から……」
「お前が起きてこないからだろ~!」
姉貴がゲシゲシと足裏で踏みつけるように蹴りを入れてくる。その蹴りが俺の右わき腹に突き刺さった。
「ってえなっ! この野郎! 少しは女らしく……っ」
俺が布団を跳ね飛ばして起き上がると、丁度、姉貴が脚を上げて踏みつけるところだった。
高校の制服を着込んでいた姉貴の脚は大きく持ち上げられていて、横になっていた俺の目線にはスカートの中身が映し出された。
シンプルな白のショーツに思わず目を奪われた。
「……っ!」
すぐに目をそらして身体を起こした。
「あんたが、さっさと起きないからだろー。はやく着替えてご飯食べな」
姉貴は気がつかなかったか、気にしていないのか、普段どおりだった。
「……うっせ、起きるから出てけ」
「あいあい」
そう言って姉貴が俺の部屋から出て行く。
「ダイ、起こしたからー」と、階下の母ちゃんに声を投げるのを聞いていた。
俺は、しばらく布団の上で動けなかった。
頭の中は、純白で染まっていた。健康な男子中学生の俺は、思春期真っ盛りだった。
しかしながら、実の姉に対して、こういう不純な劣情を抱くと言うのはいかがなものだろう。
自分でも分かっている。俺はちょっと普通じゃない。シスコンという人種にカテゴライズされる人間だろう。
よく、アニメやゲームなんかで、兄を大好きな妹が出てくるじゃないか。
あれの性別逆転版が俺なんだと認識していた。
姉貴が友達の家に泊まると言うと、気になって夜も眠れない。本当に友達の家に泊まったのか。男ができたんじゃないかとか。
姉貴の行くところには、できるだけ全部付いていきたいくらい俺はシスコンだったのだ。
キモイ。実に俺はキモイ。
姉に対して家族以上の感情を持っているのだから。しかし、それがなぜかはさっぱり分からない。
クラスの姉を持つ友人に、姉と云う家族の事をどう思うか尋ねた事があった。
回答は「ウザい」と言うものだった。
まぁ、ウザい時もある。だが、俺はそのウザささえ、嬉しさに変わってしまう。
姉貴は、俺の憧れなのだ。
姉貴の名前はリカ。今年で高校二年の十六歳。髪はちょっと明るい茶髪だが、染めているわけではなく地毛だ。
ショートでまとめた髪型を好んでいて、性格はボーイッシュ。服装だって、スカートは穿かない。大抵パンツスタイルなのだ。
だから、制服姿の時は珍しいスカートスタイルを見ることが出来た。
普段、スカートを穿き慣れないせいか、正直姉貴は無防備だ。
家の中ではしょっちゅうパンチラしている。というか、モロの時もある。ガサツと言えばそのとおりだが。
まぁ、家族間でそんな事を気にするのも変なところなのかもしれない。
しかし、こっちは気が気でない。
俺は思春期真っ盛りで、ぶっちゃけエロい事には興味津々なのだ。
……そんな事を表には一切出さないようにしているが。ハズいし。キモいし。姉に欲情するとかマジおかしいし。
「はぁ~~~~」
いい加減、姉貴の事は『普通』に考えないとな。俺だって分かっている。こんなのはおかしな事で間違っている事なのだ。
卒業しないとな。
今年は中学三年の受験生。卒業に向けて、歩む事を改めて決意した。
制服に着替えて一階に下りると、もう朝飯は始まっていた。
トーストと目玉焼き。そこに沢庵に味海苔、味噌汁と和洋折衷の朝食……と云うか、カオスが広がっている。
だが、これが我が家族、大守家の普段の朝食だ。
姉貴がトーストにバターを塗りこんでいる。
「はい、サンタ」
トーストを我が家の末っ子の三太に渡すと、三太がすぐさまかじりついた。
三太は三男で小学五年の十歳だ。姉貴にべったりの甘えん坊で我が家で一番大人しい。
俺が自分の定位置に座ると隣の直也が牛乳を飲みながら、「はよ」と短く挨拶してきた。
「おう」
「なに、不機嫌? 兄ちゃん、低血圧なん?」
「朝から姉貴に踏み潰されたんだよ」
「あんたが早く起きれば踏まないって」
姉貴が笑いながら云ってくる。
「起こすにしても、踏むのはやめろ」
「あ、踏めって言ったのオレ」
直也がニコニコ笑いながらサラリと言った。
直也は次男だ。歳は十三。今年中学に上がったばかりで、俺と一緒の中学に通っている。
なんというか、直也は性格が悪い。ひねくれというより、いつもニコニコ笑いながら、めちゃくちゃな事を言ってくる。
あと、俺以上に助平野郎だ。ただ、こいつはエロに対しておおっぴらだ。姉貴の胸を冗談で揉んだりする。
俺がムッツリなのも分かった上で、たまにエロをネタにバカにしてくる。
「ったく、サンタ。ショーユくれ」
「うん」
俺は対面に座っているサンタから醤油を受け取って、目玉焼きにかけて、黄身を箸でつぶしてかき混ぜた。
「その食べ方、やめたら?」
直也が呆れ顔で言ってくるが、俺の目玉焼きスタイルはこれがデフォだ。他人にどうのこうの言われなくない。
「こうやって、白身と醤油と黄身が混ぜ合わさって一気にかっ込むのがウマいんじゃねぇか」
「汚く見えるけどなあ。彼女の前でそんなんやったら、一気に幻滅されるよ」
このマセガキが。
「お前に彼女がどーのと言われる筋合いはない」
「そんなんだから、兄ちゃんはモテないんだよなあ。なぁ、姉ちゃん」
「どっちでもいいから、はよ喰わんかい」
姉貴のツッコミでとりあえず、喰う事に集中できた。
メシを食った後、歯を磨いていると、「いってきまーす」と姉貴の声が玄関から聞こえた。
俺は洗面所から、歯ブラシを咥えたまま、玄関の姉貴に声をかけた。
「今日、バイトか?」
「え、うん。お母さんには言ってるから」
靴を履きながら姉貴がこちらを向き答えた。
「じゃ、いってきまー」
そのまま鞄を掴んで玄関を出て行った。
車庫の赤い自転車に乗り込んで、こぎ出していくのを窓から眺めて俺は洗面所に戻った。
それから十数分後、俺は玄関で弟達を待っていた。
「おい、行くぞー」
「サンタ、はよはよ」
「まって、いくいく」
「お前ら、ギリギリまでゲームやってんじゃねえよ」
「しゃあないじゃん、スタミナ回復待ってたんだから」
「ダイにいも、やろう。バトモン」
バトモンは、スマホのゲームだ。五分ごとにスタミナが回復するソーシャルゲームで、直也と三太はふたりでこれにはまっている。
二人とも、スマホは持ってないので、母ちゃんのスマホで遊んでいる。ちなみに課金は一切なしという約束の下だ。
対して俺は所謂ソーシャルゲームにはまったく興味がなかった。
一度手を付けてみたが、時間をゲームに管理されるようでどうにも楽しめなかった。ちなみに、俺もスマホは持ってない。
俺はそれより、やりたいときにどっぷりとつかれるコンシュマーゲームのほうが好きだ。
「ほれ、いいから行くぞ。母ちゃーん。行って来まー」
「いってらっさーい」
奥から母ちゃんの声が響いてきた。今は洗濯を干している。朝は忙しいと言って、めっちゃ怒りやすいので、俺たちはなるべく朝は流れるように家から出て行くのだ。
その時、ふと洗濯の単語で、洗い物⇒下着と連想して、朝の姉貴のパンツを思い出してしまった。
洗濯に干してるのだって毎日見てんじゃねえか、俺。ちくしょう、なんか変に考えすぎだ。
俺は少し早足に通学した。
後ろから、直也とランドセルの三太がついて来ていた。
俺と直也は中学まで一緒だが、小学校とは道が途中で外れる。
三太とは、五分も歩けば別の道でお別れだ。
ついこないだまでは、直也も小学生だったから、三太と一緒だったが、今は三太一人で小学校へ行く。
正直、三太はすぐ泣くし、甘えたがりだし、一人にするのが不安なところがある。
とはいえ、もう小学五年だし、それなりにしっかりして来ているとは思うんだが……。
こいつは、今でも姉貴と一緒にお風呂入ってるからな……。むかしから、よく一緒に入っているとは言え……。流石にもう立派な男なはずだ。
俺だって小五の時に、大人の証であるアレが生えてきた。その時に、姉貴とは一緒に風呂に入らないと誓ったものだ。
……なんか、見られるのが恥ずかしくなってきたからと言うのもあるが、男として、姉貴と一緒に風呂なんてかっちょわるいと思ったのだ。
「おい、三太」
「ん」
「お前もそろそろ男になっただろう」
「……? 僕は最初から男だと思う」
「そうではなく、その……オトナの男としてだな」
「何言ってんだよ、兄ちゃん。まだ中坊のクセにオトナの男がどうのやら、ウケるー!」
直也がクックッと喉の奥で笑う。
「いや、だから……、俺は三太にそろそろ風呂をだな……」
「いやいや、兄ちゃん。それはちょっとどうかと思うね」
直也が俺に耳打ちしてくる。
「……サンタが一緒に姉ちゃんと入るから、色々と聞きだせるんじゃないの」
「!!…………」
こ、こいつ!
三太をダシに、姉貴の発育状態とか探ってやがったのか!
「最近、姉ちゃん……またちょっとデカくなったらしいよォ。推測だとそろそろBカップから卒業……」
直也が言い終わる前に俺の右手の拳骨がヤツの旋毛あたりに突き刺さった。
「いてえええっ!」
「アホう! このマセガキ」
「ムッツリ兄ちゃんに言われたかないねーっ」
「け、ケンカしたら怒られるよ」
「お前がしっかりしてればいいんだろうがァ!」
「うっ、うぅ」
思わず怒鳴った俺に、三太がビビリ上がる。
「あー。なぁかせたぁ~、なぁかせたァ~。ねーちゃんに言ってやろー」
直也がニコニコ笑いながら、囃し立ててきた。
これだから、俺はコイツが嫌いだ……。それに三太も、すぐに泣き出す。
俺はイライラを抑えきれず、「しるか、アホ!」と、二人を置いて先に学校へ向かった。
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