俺は姉貴の他人になりたい

プロローグ

「待ってくれよ、慶子！　なんで俺のこと避けるんだ！？」

　塚本真二が、逃げようとする松田慶子の腕を掴み、まくし立てた。

　俺はその様子を、コーラを飲みながらぼやっと見ていた。

「私達、付き合うべきじゃなかったのよ」

　慶子が苦しそうに言っている。

「何言ってるんだ！　まさか明海に何か言われたのか？　あれは誤解だって分かってくれたじゃないか！」

「そうじゃないのよ、真二！」

　慶子が叫ぶように真二を遮った。ＢＧＭも盛り上がってきた。

「私達……姉弟だったのよ」

　そこでＢＧＭが止まって、二人のカットが映し出された。

「あらー。やっぱねぇ、そう来ると思ったわぁ」

　母ちゃんがテレビドラマを見ながらドヤ顔で言った。

　当時ガキんちょだった俺はよく意味が分からなかった。

「なんで姉弟だと付き合えないの？」

　俺は素直に母ちゃんに尋ねた。

　母ちゃんはＴＶから目を離さず俺に言った。

「そりゃ、あんた。姉弟は結婚できないからよ。法律で決まってんのよ」

　その時俺は、言いようもない絶望を思い知らされた。

　表情が固まり、血が凍り、心臓が小さくなったように感じる。

「お風呂あいたよー」

　居間に、風呂上りのの姉ちゃんと、一番下の弟がやってきた。二人とも、肌がピンクに染まっていて髪はしっとり濡れていた。

「リカ、パジャマをちゃんと着なさい」

「えー、だって暑いし」

　母ちゃんの指摘に姉ちゃんがソファに腰を降ろしながら云った。姉ちゃんは、薄手のピンクタンクトップと白いパンツという姿だった。

　俺の隣に座った姉ちゃんが、「風呂行って来な、ダイ」と胸元を掌で扇ぎながら行って来た。

　俺はすぐには答えられず、瞳は姉ちゃんの最近膨らみだした胸を見ていた。

　けして、いやらしい気持ちで見ていたのではない。

　ただ、愕然として姉の顔を見られなかったから、視線がそこに落ちただけだった。

　俺は、姉ちゃんが好きだったのだ。

　十歳の夜、誰にも知られず俺の初恋は終りを告げた――。