聖也さんに告白を邪魔された話。

はじめアキラ

あるなんでもない、ゆうがたの。

 この学校には所謂“禁じ手”というのがいくつもあるらしい。やっちゃいけないこと、触っちゃいけないもの、入っちゃいけない場所などなど。

 別に珍しくも何でもない話だ。学校と言えば七不思議が定番であるのと同じ。昔この学校があった場所には墓場がありまして、なんてのもありふれたことだ。単純に元墓場だった場所は土地代が安いから公共施設が建ちやすい。ただそれだけのことである。

 で。最近この学校に、ホラーとは約八割方無関係の、とてつもなく迷惑な暗黙の了解が出来たのだった。つまり、“三年の桜美聖也に関わるな、関わったなら目を離すな”だ。桜美聖也と書いて“さくらみさとや”と読む。変な名前だ。そして実際そいつは名前に負けず劣らずの変態で有名だった。


 そう、変態、である。変人、ではない。


 顔はまあ悪くないのだと思う。露出癖があるとか、そういうわけでもない。だがこいつは間違いなく変態だった。自ら“男も女もジジイもババアもロリショタも美味しく頂けます”を公言している変態だ。既に被害者は生徒や教師のみならず保護者や用務員まで上るからおして図るべしだろう。

 何の被害か?決まっている。ナンパとセクハラだ。奴はすぐ迷子になるが、ただ単に方向音痴なだけではなく、気に入った男女を片っ端からナンパしてゆくが為に方向感覚を見失うのが原因である。奴に関わってしまったなら最後、延々とセクハラ被害に遭うか事後処理に追われまくるかのどちらかだった。

 ああ、あと怒鳴りすぎて喉が痛くなることも付け加えておく。ぶっ飛ばして何度気絶させてもゾンビのごとく復活する為、非常に質が悪いのだった。


--最っ悪だ…!


 これだけ語れるあたりお分かりだろう。このあたしも、その迷惑をかけられまくり、セクハラ被害に遭い続けている一人である。おまけに聖也ときたら果てしなく空気が読めない。むしろシリアスブレイクが趣味じゃないかというレベルだ。おかげで何度踊らなくていいミーティングが踊る羽目になったことか。

 非常に残念極まりないことに。あたしはサッカー部のマネージャーで、聖也はサッカー部の部員であった。この時点で不幸もここに極まれりである。部員達にもマネージャー達にも監督にさえ着々と被害を広げつつあるのに、何故部を追い出されないのかと甚だ疑問だ。

 不思議なことに、こんなに傍迷惑な奴でありながら、思いのほか憎まれていないのが聖也といえ男なのであった。監督と腐れ縁らしい(噂で聞いただけだが)のも理由の一つかもしれない。

 さて。前置きが長くなったが。現在あたしはピンチに陥っている。何故か?あたしの手にはついさっき書き上げたばかりのラブレターがあり、昇降口に向かう廊下のど真ん中であり。にも関わらずその“迷惑男”が目の前にいるからに他ならない。


--タイミング悪い!つーかこいつ分かってて来たんじゃないだろうな!?


 ああ、意中の人への手紙をこっそり下駄箱に入れるつもりだったのに。誰にも知られたくなかったのに。なんでよりにもよってこいつが現れるのか。口止めなんて絶対無理と分かっている、こいつが。


「みっちゃん…」


 聖也はあたしと、あたしの手紙を交互に見て。くしゃっと顔を歪めた。まるであたしの後ろに幽霊でも見たかのように(余談だがこいつは見える人間らしい。だから“二割”はオカルトに関係があるというわけだ。実にどうでもいいが)さめざめと泣き出した。

「うううひどい!俺という男がありながら浮気するのねーっ!」

「どうしてそうなった!?」

 つかなんでその発想になった。誰が誰の男だって?洒落にしては面白くないぞ!

「告白なんてひでぇよお!みっちゃんには俺っていう素敵な彼氏がいるじゃないー!」

「よし分かった殴られたいんだなそこに正座しろや」

「殴った後で言うなよばかー!」

 わんわん泣きながら縋りつくそいつがハンパなくウザいので、あたしはとりあえず脳天に拳骨を一発お見舞いしてやった。おお、とってもいい音。きっと中身は空っぽに違いない。


「分かってんなら邪魔すんなよ!あたしは真剣なんだから!」


 そうだ。ずっと気になっていた、一つ後ろの席の彼。ずっと告白する日を想像し、脳内でリハーサルしてきたのである。手紙でなんてベタすぎるだろう。今時流行らないというか、古臭いのは重々承知している。

 だけど、自分はただでさえツッパってると周りに思われているのだ。ガサツで男勝りで、可愛らしさの欠片もない。真正面から話したって、怖がられるかジョークで流されるかに決まっている。

 だったら古典的だろうとなんだろうと、数少ない手段に頼る他ないではないか。

「みっちゃんいつの間にか好きな人なんて!俺何回も告白したのにー!」

「お前のはただのナンパだろうが!」

 というか部員全員に声かけてんの知ってるんだぞ。あたしは呆れ果てる他ない。結構いい年の監督(つまりオジサン)にまで声かけて罰ラン食らったのも有名な話だ。

 それで告白とやらを真剣に受け取れというのがまず無理な話である。


「俺のナンパはいつでも本気だよ!なんたって好みの色男と美人にしか声かけないからね!」


 静まり返った廊下に、やたら偉そうな聖也の声が響きわたった。あたしはあんぐりと口を開けて固まるしかない。廊下の真ん中で何こっぱずかしいことを宣言しているのか。何が“えっへん!”だ。

 そもそも色男と美人と言うが、あたしは知っている。こいつ結構なブサメンと婆ちゃんも食えるってことを。到底美男美女に程遠い奴にだって平気で声をかけるということを。

 こいつの基準がまるで分からない。冷たくなってきた手紙を握りしめて、あたしは溜め息をついた。よそう、この男の思考回路など常人が理解できる筈もない。考えたところで時間の無駄だ。


「お前今回くらい空気読んで。マジで読んで。あたしは早く下駄箱のとこに行きたいんだから」


 そう言えば聖也は、まるでチワワのようなうるうる目で小首をかしげた。大の男がやったってまるで可愛くもなんともない。

「そいつ、そんなに俺よりいーの!?」

「当たり前だろ」

「イケメンなの!?爆発なのっ!?」

「イケメンだけど爆発はしないっつーの!」

「うわああん行っちゃやだみっちゃーん!」

「うっぜぇぇぇぇっ!」

 モロに縋りつかれたので、再び脳天にチョップを見舞った。聖也はぷぎゃっ!と情けない悲鳴を上げてうずくまる。いつもボコられてるんだからいい加減慣れろと言いたい。あ、いや慣れられても困るか。


「つーかあんたなんでそんなにあたしの告白を阻止したいんだよ。どーせ他の男にも女にも声かけるくせにさあ」


 訳わからん。あたしがイライラを募らせるまま、聖也を無視して歩き去ろうとした時だった。




「ねぇみっちゃん」




 冷たい廊下に、さっきより温度の低い聖也の声が響く。




「みっちゃんの教室って、南校舎三階の一番東の端っこだよね」




 それがどうした。あたしは訝しげに、聖也を振り向く。聖也はさっきチョップを食らった姿勢のまましゃがんで、ただ首だけをこちらに向けていた。

 その眼が。

「で、みっちゃんの席は窓際の端っこの列だったよね。俺何回もみっちゃんの教室行ったから覚えてるよ」

「それが何だよ」

「あのさあみっちゃん」

 その眼が。やけに色がないものに見えて、あたしは息を呑んだ。

 ちょっと待て。さっきまでと雰囲気が違いすぎやしないか。一体なんなんだ一体。あたしがそう言い掛けた時。






「みっちゃんの席は、窓際の一番後ろだったよね?」






 その言葉に、思考が停止した。

 え?と思う。何を言っているのか。自分の席が一番後ろなわけがない。

 だってあたしの席の後ろには、彼が。

「みっちゃんの好きな人ってイケメンなんだよね?どんなイケメンなの?誰に似てるの?」

「誰にって…」

「得意な教科はなあに?あとあと、どこの部活やってんだよ?好きなら分かるっしょ?」

「そんなこと…」

 あれ?

 あ  れ  ?




「ねぇねぇねぇねぇねぇねぇ教えてよ教えてよみっちゃん」




 ぐり、と聖也の首が動く。

 ガラス玉のような眼にあたしの呆然とした顔が映っている。








「みっちゃんは、誰に告白しようとしてるの?」








 瞬間。

 何かが砕け散るような音がした。それはあたしの頭の中だけで響いた音だったけれど。








「あ…」


 あたしは怖くなって、聖也から一歩距離をとった。後ずさる足が震えた。ばきゅ、と鳴った室内履きのシューズの音がやけに耳についた。なんでこんなに寒いんだと思った。なんでこんなに静かなんだと気付いた。


「おかしいと思わない方がおかしい」


 聖也は哀れむように、眼を細めた。


「廊下の真ん中。逢魔が時。…どうして俺とみっちゃん以外に人がいないのかなあ?」


 早く気付きなよ、と。言いながら彼は立ち上がった。


「この学校にはやっちゃいけないことがあるでしょう。それともマジで知らなかったの?」


 そういえば、同じマネージャーの子が話していたような気がする。この学校にたくさんある“やってはいけないこと”。その一つは。


「南校舎四階の一番東の教室で、逢魔が時に手紙を書いてはいけないんだよ。昔…そこでラブレターを書いて昇降口に向かおうとした女の子が一人、階段で足を滑らせて死んでるんだってさ」


 じり、と聖也が前へ一歩踏み出す。

「しかも書いていた席は、窓際の一番後ろから二番目。ああ、昔はみっちゃんの後ろにもう一列あったんだよ。つまり、今みっちゃんが座ってる席で、彼女は手紙を書いていたんだ。…みっちゃん、ねぇみっちゃんが書いたのはほんとにラブレターだった?」

「え…」

「よーく、見て」

 聖也の手が伸びてきて、あたしの手紙を持った右手を掴んだ。やけに冷たく感じた手紙は、さっきまではピンクの便箋のラブレターだったはずだ。ただし--宛先に誰の名前もないという、トチ狂いかけた代物。

 今あたしが持っているのは、同じマネージャーの仲間と交換で書いてる手紙だった。中には他愛のない愚痴とおふざけしか書かれていない。宛先は当然彼女の名前。ラブレターでは、ない。

 自分は一体これを、何処の誰の下駄箱に入れるつもりだったのだろう?




「…一緒に帰ろう、みっちゃん。此処は寒いから」




 桜美聖也。彼のスペックを思い出した。男も女もイケる変態。方向音痴で、ナンパ癖が酷くて、セクハラの被害を毎秒増やし続ける傍迷惑なサッカー部員。

 それから。“人じゃないナニか”が視えるという噂。




「みんな待ってるよ。早く帰らなきゃ、ね?」




 自分をわざわざ迎えに来たのか、この男は。癪に触ると思う余裕さえ今は無かった。ただ背筋を上り始めた恐怖から、ぎこちなく頷くだけで精一杯だった。






『ちぇ。あと少しだったのに、残念』






 すぐ後ろで誰かが舌打ちした気がするけれど、あたしは振り向かなかった。

 振り向ける、はずもなかった。





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