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(……バレンデル・シーフード社。本当にそう書いてある!!)


 裁判所のwebサイトでは、本当に簡単な説明しかなかったので、新しいタブを開いて。この事故について何か他にないだろうか……と、ネット検索を始めたが。ローカルニュースでも報道されていないようで、殆ど話題になっておらず。10分ほど調べ続けても、SNSで二、三件ほど写真が投稿された位のようで。いったんそこで諦めて、見つけた分を調べることにした。


 どの投稿も、概ね似通った角度で2枚ほど撮影していて。言われてみれば……少し前に、投影プロジェクタか何かで見た覚えのある情景だった。倉庫の荷卸し場にお尻を向けて整列したトラック達の、いちばん端っこの車両が。倉庫からはみ出して停めていたところに……斜め後ろから、二回りも小さいノヴァル車が突っ込んで。隣のトラックに寄った状態で止まったことが見て取れた。突っ込んだ側のキャリスにも、大きな損傷はない感じであったが。この事故とは関係なさそうな擦り傷が多く。その為か、白いはずの塗装がグレーがかっていて。ニックの運転で乗ったキャリス(2012年式?)とも、形が違っていたから。写真だけ見て、バレンデルの社用車だと思うこともなかっただろう……と想像した。


『うおっ!?』

『おーい、大丈夫か』

『身体で理解したか?そこで待ってちゃダメなんだって』


 どの投稿も、バレンデルには触れてないな……と確認して、ちょっと奇妙に思った。続く投稿が、どれも事故と関係のない内容なのである。


(事故処理の様子がない?)


 軽くぶつかっただけだし、ドライバーが自力で出てきたからかな?……と想像したが。写真のほうも、他のユーザによるリピート投稿がなく。リプライもついていなかった。


(事故写真といっても、地味だからかな?)


 積荷の損害賠償というのも、不思議な気がした。保険会社が請求しているのなら、まだわかるのだが……と。思った瞬間。


「それねぇ、保険が下りなかったらしいよ。」

「……ッ!?」

 

 心を読むかのように、背後から降ってきたロッドの声に。思わず叫びそうになった口元を、何とか抑え込んで。目だけ全開にして、振り向こうとする間もなく。


「はい、君の分。」

「え?」

「牛乳だけじゃ足りんでしょ?」

「……ありがとう。」


 僕が向かう机に、ゆっくりと置かれた紙コップには。チリビーンズの上に、四角いクラッカーが二枚。


「気付いてると思ってたよ。鼻が詰まってるんじゃないかい?」

「ああ、開けっ放しだったね……いただくよ。」


 ノックを聞いた覚えがないぞ?と思ったが。そもそも、ドアを閉めていなかったようだ。ロッドと同じように、クラッカーを二つに折って。豆の塊を掬いながら食べ始めたが……ほかほか湯気が立っているのに、あまり香りを感じなかったので。言われてみれば、この頭痛も……風邪だからかも。


「この事故のウラ、聞いてるの。」

「SNSには出てないよね?」

「うん、だからさ。」


 確かにロッドなら、知っていてもおかしくなかった……から。


倉庫ここの得意先だからね。皆、黙らされてんだよ……おもてではね。」

「得意先って、ドライバーが?」


 バレンデルの従業員……だった筈では?


「モールだよ。運営ンとこのボンボン。」

「ああ……。」


 東のモールを運営する一族については、聞いたことがある気がした。御曹司だとすると、買い付け先で修業させるとか……そういうのだろうか?


「寧ろ……トラックのほうが、らしいってね。」

「へぇ。どうして?」


 画像で見る限り。深緑の車体には、冷凍車として。特に変わったところはないように思えた。


「いかにも白海老バナメイとか、運んでそうな感じだよね?でも……」

「違うのか。もっと高価な……キャビアとか?」


 思わず見上げると。ロッドの顔は下方からディスプレイに照らされ、意に沿わぬ協力をさせられてる科学者みたいになっていた。


「いい線だけど、もう一桁行くかもね。」

「シーフードで?」

「はは、誰もなんて言ってないけど。」

「!?」


 もう一度、事故写真を見ると。被害を受けた荷室の……キャリスが接触キッスしたあたりに、霜が付いているのがわかった。冷気が漏れているのだろうか……?


「すっごく厳しく温度管理してないといけない……あの倉庫の設備では保存できないはずのブツだよ。運送と保管を一括でやる専門業者が、温度記録機データロガーと一緒に運ぶそうだけどねぇ。それが、無料で借りれるとこにカラクリが……」

「わかった、血液か?」


 さすがにピンと来て、流れ続けるお喋りを遮るように言ったが。その程度で止まるロッドではなかった。


「うんまあ……医療用のか何か。いや、家畜用だったかな? 最近の需要の伸びに、足腰が追いつかないってさ。でも保管しないと、間に合わんほどらしいのよ。」

「結局、わかってないじゃん。」

「聞いたけど忘れちゃった。」


 ウィンクで胡麻化しながら、ロッドは続けた。


「それでも、やっぱりと……分かる奴には分かるっていうか、不審に思ったクライアントが」

「荷の中に、自前の温度計データロガーを?」

「ご明察。それでバレた……温度データの偽装だけじゃなくて、運び込んだ先までって。」

「というと、GPSまで仕掛けて?」

「イエス。」

「うわぁ。」


 つくづく、すごい時代になったな……と。そう感じながら、最後の豆を。紙コップの底から転がして、口に流し込んだ。ロッドのほうは、とっくに平らげていて。僕に、カップを重ねるよう促しながら。


「突っ込んだボンボンの側も、自分が退職したとこの車を乗り回して……だよ。」

「それは書いてあった。ここに……」


 ロッドの持ってた情報に比べると、いまや裁判所の要約には……ペラッペラの薄さしか感じなかったが。


「在職中から、モール側のバイヤーに貸してたっていう。まあなわけだけど。」

「ひでえ話。」

「ハハッ、まったくね。」


 よし。この流れなら、聞けるだろう。


「バレ……水産会社のほうは、この車の行方を掴んでなかったのかな。」

「ま、知ってたことは知っていたでしょ。得意先で活躍していたら、引き上げづらいよね。」

「退職ってのは、車のせいで?」

「いやぁ、それはどうだろ。」


 誰もが。あの車の素性を忘れていたのかもしれない……御曹司の退職後に、思い出したバレンデルが。いよいよ得意先に返却を迫るまで。


「まあ。そんなような話が、保険会社にも知られては。結果が予想できるよね?」

「それで裁判?」

「うん。連中、最初は水産会社も訴えてた……けど。」

「本人、退職してたわけだし。」

「そう。しかも、一時期……ボンボンが『見失った』みたいに言ってたので、盗難の届まで出して。それで警察が動いて、バイヤーをつっついて。当のボンボンが返しに行く羽目になったと。だから……」

「自分たちは、寧ろ被害者だ……って?」

「イエス。」


 肯定するロッドの手で、紙コップが潰れていった。


「車のほうも、ボンボンに渡す前に。ちゃんと『意図せざる加速リコール』に対応して、インストール済みだった。ええと、ブレーキ・オーバーライド……で……よかったかい?」

「いいよ。」

「よかった。……で、その後も。都度『点検を受けろ』と、ボンボンに言ってた。だから、水産会社には落ち度がない……って話になって。うまく裁判から逃れたって訳。」

「へー……。」


 それで、もはや。嫌でも思い出さざるを得なかった……ついこの間、ファラが口にしていたことを。


うちの社バレンデルとしても、ここの裁判所とは良い関係でいたいの。色々あるので…』

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