6B
(……バレンデル・シーフード社。本当にそう書いてある!!)
裁判所のwebサイトでは、本当に簡単な説明しかなかったので、新しいタブを開いて。この事故について何か他にないだろうか……と、ネット検索を始めたが。ローカルニュースでも報道されていないようで、殆ど話題になっておらず。10分ほど調べ続けても、SNSで二、三件ほど写真が投稿された位のようで。いったんそこで諦めて、見つけた分を調べることにした。
どの投稿も、概ね似通った角度で2枚ほど撮影していて。言われてみれば……少し前に、
『うおっ!?』
『おーい、大丈夫か』
『身体で理解したか?そこで待ってちゃダメなんだって』
どの投稿も、バレンデルには触れてないな……と確認して、ちょっと奇妙に思った。続く投稿が、どれも事故と関係のない内容なのである。
(事故処理の様子がない?)
軽くぶつかっただけだし、ドライバーが自力で出てきたからかな?……と想像したが。写真のほうも、他のユーザによるリピート投稿がなく。リプライもついていなかった。
(事故写真といっても、地味だからかな?)
積荷の損害賠償というのも、不思議な気がした。保険会社が請求しているのなら、まだわかるのだが……と。思った瞬間。
「それねぇ、保険が下りなかったらしいよ。」
「……ッ!?」
心を読むかのように、背後から降ってきたロッドの声に。思わず叫びそうになった口元を、何とか抑え込んで。目だけ全開にして、振り向こうとする間もなく。
「はい、君の分。」
「え?」
「牛乳だけじゃ足りんでしょ?」
「……ありがとう。」
僕が向かう机に、ゆっくりと置かれた紙コップには。チリビーンズの上に、四角いクラッカーが二枚。
「気付いてると思ってたよ。鼻が詰まってるんじゃないかい?」
「ああ、開けっ放しだったね……いただくよ。」
ノックを聞いた覚えがないぞ?と思ったが。そもそも、ドアを閉めていなかったようだ。ロッドと同じように、クラッカーを二つに折って。豆の塊を掬いながら食べ始めたが……ほかほか湯気が立っているのに、あまり香りを感じなかったので。言われてみれば、この頭痛も……風邪だからかも。
「この事故の
「SNSには出てないよね?」
「うん、だからさ。」
確かにロッドなら、知っていてもおかしくなかった……から。
「
「得意先って、ドライバーが?」
バレンデルの従業員……だった筈では?
「モールだよ。運営ンとこのボンボン。」
「ああ……。」
東のモールを運営する一族については、聞いたことがある気がした。御曹司だとすると、買い付け先で修業させるとか……そういうのだろうか?
「寧ろ……トラックのほうが、よくないらしいってね。」
「へぇ。どうして?」
画像で見る限り。深緑の車体には、冷凍車として。特に変わったところはないように思えた。
「いかにも
「違うのか。もっと高価な……キャビアとか?」
思わず見上げると。ロッドの顔は下方からディスプレイに照らされ、意に沿わぬ協力をさせられてる科学者みたいになっていた。
「いい線だけど、もう一桁行くかもね。」
「シーフードで?」
「はは、誰も食い物だなんて言ってないけど。」
「!?」
もう一度、事故写真を見ると。被害を受けた荷室の……キャリスが
「すっごく厳しく温度管理してないといけない……あの倉庫の設備では保存できないはずのブツだよ。運送と保管を一括でやる専門業者が、
「わかった、血液か?」
さすがにピンと来て、流れ続けるお喋りを遮るように言ったが。その程度で止まるロッドではなかった。
「うんまあ……医療用のか何か。いや、家畜用だったかな? 最近の需要の伸びに、足腰が追いつかないってさ。あんなとこでも保管しないと、間に合わんほどらしいのよ。」
「結局、わかってないじゃん。」
「聞いたけど忘れちゃった。」
ウィンクで胡麻化しながら、ロッドは続けた。
「それでも、やっぱりおかしいと……分かる奴には分かるっていうか、不審に思ったクライアントが」
「荷の中に、自前の
「ご明察。それでバレた……温度データの偽装だけじゃなくて、運び込んだ先まで違うって。」
「というと、GPSまで仕掛けて?」
「イエス。」
「うわぁ。」
つくづく、すごい時代になったな……と。そう感じながら、最後の豆を。紙コップの底から転がして、口に流し込んだ。ロッドのほうは、とっくに平らげていて。僕に、カップを重ねるよう促しながら。
「突っ込んだボンボンの側も、自分が退職したとこの車を乗り回して……だよ。」
「それは書いてあった。ここに……」
ロッドの持ってた情報に比べると、いまや裁判所の要約には……ペラッペラの薄さしか感じなかったが。
「在職中から、モール側のバイヤーに貸してたっていう。まあ自分ちなわけだけど。」
「ひでえ話。」
「ハハッ、まったくね。」
よし。この流れなら、聞けるだろう。
「バレ……水産会社のほうは、この車の行方を掴んでなかったのかな。」
「ま、知ってたことは知っていたでしょ。得意先で活躍していたら、引き上げづらいよね。」
「退職ってのは、車のせいで?」
「いやぁ、それはどうだろ。」
誰もが。あの車の素性を忘れていたのかもしれない……御曹司の退職後に、思い出したバレンデルが。いよいよ得意先に返却を迫るまで。
「まあ。そんなような話が、どちらの保険会社にも知られては。結果が予想できるよね?」
「それで裁判?」
「うん。連中、最初は水産会社も訴えてた……けど。」
「本人、退職してたわけだし。」
「そう。しかも、一時期……ボンボンが『見失った』みたいに言ってたので、盗難の届まで出して。それで警察が動いて、バイヤーをつっついて。当のボンボンが返しに行く羽目になったと。だから……」
「自分たちは、寧ろ被害者だ……って?」
「イエス。」
肯定するロッドの手で、紙コップが潰れていった。
「車のほうも、ボンボンに渡す前に。ちゃんと『意図せざる加速リコール』に対応して、インストール済みだった。ええと、ブレーキ・オーバーライド……で……よかったかい?」
「いいよ。」
「よかった。……で、その後も。都度『点検を受けろ』と、ボンボンに言ってた。だから、水産会社には落ち度がない……って話になって。うまく裁判から逃れたって訳。」
「へー……。」
それで、もはや。嫌でも思い出さざるを得なかった……ついこの間、ファラが口にしていたことを。
『
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