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 ここの居室は……街道を望める僕の席から。奥へ奥へと細長く、ボスの席まで伸びていて。やけに天井が高いこともあって、「海溝」トレンチと呼ばれているのだが。


 出入口ガラスドアは、僕の席の真横にあり。「海溝」トレンチからは、若干ズレた位置にあるので。居室の平面は、縦に伸びた「L」字型となり。下の横棒が街道側に該当して、その右端下側に出入口があると想像してほしい。ドアを開けた来客が、ボス席を窺おうとしても。「販促君marketing guy」が背にする「壁」に遮られ、次いで立ち塞がる「僕」watchdogに阻まれて、携帯mobile端末deviceを取り上げられることになるわけだ。


 だが。去り際のボスが指摘したように、その「壁」の下半分は。上半分に比べ、出っ張っていて。実のところ……その奥に「真の壁面」を隠している、同じ色の化粧ボードなのだ。本来それは、「L」の字の縦棒に沿って伸びるカウンター・テーブルへと。並べられた端末たちシンクライアントに繋がるケーブル類が……居室側へ露出しないようにと設けたもので、カウンターに面した部分しか覆う必要はないのだが。実際は「L」字の角のところで終わらずに、90度曲げて延長されていたので。出入口から見ても、後付け感が出ないようになっていた。


 で、ロージーが穿った(と思われる)穴は。まさにその化粧ボードに開いていて、床に向かって亀裂を広げており。手前から化粧ボードの破片を拾い集めていたときに。「真の壁」との間、50ミリ隔てた空間の下に落っこちている欠片が、化粧ボードとは異なる「樹脂っぽい何か」であることに気付いたのだ。


(何だよ、これ……壁とボードの「間」にあったとしか思えないぞ?)


 そこで、さらに亀裂を広げながら調べてみると。銅線でできたコイル状の物体や、ICチップのようなものが。滅茶苦茶に潰れた状態で見つかって。しかも、壁の側は。手指で探れる限り、配線などもないようだから。ポツ-ンと、単独していたことになる。これって、まさか……


盗聴器wiretap、か?」


 ……と。口に出た言葉に、背筋がゾッとした。

 盗聴器だって? いったい誰が、何で? どうやって? いつから? ずうっと、ここにあったのか? 電源は……誘導コイルか何かで、横取りしていたのか? 盗聴していたとして、どこに送信していたというのか? 一体この発見をどうすれば?……といった思考で、していた頭に。突き刺さるように携帯電話セルラーの呼び出し音が鳴り響いた。


「ピララララ! ピラリラ、ピラリラ、ピラリラ」

「うわぁ、ごめんなさい!!」


 思わず謝ってしまったあと、我に返って。送信元を確認すると……いつも見慣れた番号で、少し脱力してしまった。


「はい。こちらはタイツォー……マットロウです。」

『ファーレルだ。ずいぶん酷い目に遭ったらしいな?』

「ええ、まあ……」

『労災みたいなもんだ。好きにしていいんだぞ? 誰も止めはしないからな。』

「はあ。」


 すっごく軽い調子だけど。一体、どんな報告が行ってるのだろうか。


『で、のことだが。今日から工事を始めた……ということになってるから、少しぐらいても大丈夫だ。どうせもう、何にもだろ? そのままにして、帰っちゃっていいぞ。』

「ありがとうございます。でも、ちょっと気になることが。」

『何だ?』


 僕は、知ったばかりの「秘密」を抱え込みたくなかったので。渡りに船とばかりに、状況をありのままに説明した。


『なるほど。君は、盗聴器bugだと思ってるんだな?』

「ええ、その可能性が否定できない……と。」


 少しの間、沈黙があったが。ファーレル主任の話し方は殆ど変わらなかった。


こちらノヴァルとしては織り込み済みだ。もはや脅威の度合いは低い……報告書も不要。誰にも言うんじゃないぞ?』

「え、でも。」

『いいから、言う通りにしろって。』

「……。」


 この人、自分の責任になるから言うんじゃないの?……と思った瞬間。


『言っておくがな。俺の責任になるから、とか……そういうんじゃないぞ? ハバリ氏の特命プロジェクトも消滅して、今後の処遇をいいのか――どこも考えたがらない状況なんだ。』

「僕の、ですか?」

『そうだよ。ある意味、被害者である君のは非常に強い……ノヴァルは、絶対に悪いようにはしない。しかし、今は。無駄に難問を重ねるような真似はしないでくれ。むろん、盗聴器bugがあったとすれば重大な問題だ……が、実際のところは。そこで盗聴した内容を公表されても、それほど痛くないからな。』

「えぇ……?」


 僕を安心させるつもりで言ったのかもしれないが。「番犬」としての存在意義を否定されたようで、結構ショックを受けてしまった。だが、それと同時に。ボスも、トグラさんも。ハバリ氏とやりとりした機微な部分を、主任たちに伝えてはいないのだな……とも想像できた。


『さあもう帰って、は俺たちに任せろ。』

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