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 ファーレル主任は「そのままにして、帰っていいぞ」って、言うけれど。

 いくらなんでも。出入り口を、ドアが外れたにしておくのは気が引けたので。多少ざつになろうが嵌め直しておくべきだろうと、ガレージの側から出て。外壁に立て掛けておいたを引き起こした瞬間。「バシッ」という衝撃……音?に、肝を冷やした。


(な、なんだ……!?)


 若干うろたえながら出入口まで引きずっていき、屋内の照明に照らし出すと。青っぽい透明だった筈のガラス板は、真っ白に濁っており。蝶番ヒンジを支え、手動の方の施錠機構を仕込んである金属枠フレームが。若干の白濁片を道連れに、ガラス板から外れかかっているのが見てとれた。今にも崩壊しそうで、嵌め直すこと等無理となったが。それにしても、どうして――


(今頃になって、割れたのか……ん?)


 錠の本体……フレームから上下に突き出るロック・バーは、どちらも曲がっており。千切れた蝶番とともに、一体どれ程の力がかかったのだろう?――と、恐れおののく程だったが。さらにゾッとしたのは、窪むように変形したフレームの素材が……薄っぺらいアルミニウムではなく、がっちりした鋼鉄スチールにみえたことで。


(こんな低い位置を……鉄が曲がるほど、思いっきり蹴れるものかな?)


 妙な感想を抱きながら、崩壊しかかったドアを横たえ。フレームの窪んだ部分を指で触っていたところ。ガラスを支える部分の裏側の、かなり奥まっているところに。かなり強い粘着ねばつきがあることに気付いた。外気遮断用のゴム板が貼ってあったか?……とも思ったが。いくら地面を見まわしても、そんなものは落ちていない。そもそも、ここから外気が入ってくるの寒いの暑いの何とかして?……と。多くの方から御不評をいただいてきたドアなのだ。

 だが、本当に対策するとなると。ガラスドアだけに、テープで貼るようなのでは「見栄えが悪い」というので。いったん外して(構造を調べて)戻し、きちんと設計してから、また外して対策する――という手順ステップを踏まざるを得ず。あまりに面倒だし、施錠ロック機構はどれも(ノヴァル訟務部の考えで)警備会社そとと繋がってはいなかった……とはいえ。セキュリティの「かなめ」には違いないので、「あまり弄りたくない」と。僕だけでなく、ファーレルさんも断っていて。結局そのままになってた筈なのだ。


 だいいち。粘着が見つかったのは、変形した部分のさらに一部にすぎない。だけではゴム板にせよ何にせよ、何度も床に擦りつけられる状況に耐えられないだろう。だが、そこに――


(何もなかったとしたら、もっとほこりでびっしり覆われてる筈だよな?)


 ――があった、とすると。粘着面のスチールは、それなりに曲がっていたので。接着されていたのが固いものなら。フレームが変形したときに、外れ落ちるようにも思えた。なので、立ち上がって暫く足元を眺めてから。背後を振り返って、目をパーキングの方まで移していくと。いつもビルが、マンファリを停めていた区画に。金属部品のようなが、「ぽつん」と落ちているではないか。


(サイズからして、ボルトだろうか?……それとも、ナットかな?)


 小走りで駆け寄って、拾い上げてみると。形より先に、ヌメッとした手触りで。その正体が判った。


(ボタン電池だ……?)


 が貼ってあったのだろうか?――と思ったが、こちらには粘着きが全くない。となると……もとから、ここにあったのだろうか。マンファリの下で、ずっと?


(そうでないとしたら)


 そうでないとしたら、これが嵌っていたも……


(あるはずだよな?)


 あるはずだと、居室から非常用ライトを持ち出し……


(よし、点くぞ。)


 点灯して、パーキングを隅から隅までチェックして廻った……が。


(石ころばかりだな。やっぱり、これだけか。)


 この電池だけが。おそらく……嵐か何かで、転がってやってきたのだろう。そうに違いない、他に考えられない……。

 大きめの段ボール箱を3個程バラして、吊り下げるように入口を塞ぎながら。そう、自分に言い聞かせて。拾いあげた電池の表面が、傷だらけになってことも、気に留めないようにして。無意識に、納得できたことにして……。


 ガスの元栓を止め、照明などのブレーカーを落とし。シェヴラを(ひやひやしながら)ガレージに入れ。その始動キーを含めて、鍵の類をボスの机にしまい込み。その旨を主任に宛ててメールした後に。自転車の荷台へ充電器チャージャーを括り付け、ガレージから退出して。シャッターを降ろし、ナンバー式の自動ロックが唸るのを聞きながら。D&Dの弁護士ローヤーたちと三年あまりを過ごしてきた、その建屋から――


「では、これで。」


 ――と、退去する時を迎えたのだ。

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