5B

 ギアが入らなくなったバーキン氏のワゴン……を、シェヴラテインでいていく決意はしたものの。実際に走り出すまでが大変であった。


 まず、シェヴラの頭部が受けたダメージの確認である。ずっとワゴンのお尻に食い込んでいたから、さぞかし……と思っていたが。バンパーとフェンダーの境目が若干ずれて広がった位で、後ろ寄りに付いているライト・ユニットは無傷であり。実際に左右とも正常に点灯したので、かなり驚いたが。奇妙なことに、で。何か、勇気みたいなものが湧いてくるのだ。

 次に、僕等が前後二台に分乗した後のコミュニケーションをどうするか。やはりモバイルフォンを使うことになるが、何であれ文字打ちテキスティングは論外で。通話しかありえない、と。しかし僕等のどちらにも、ハンズフリーの装備はなく。携帯セルラーを顔に押し付けながらの片手運転は危ないし、どの州でも……文字打ちテキスティングほどではないにせよ、ハイウェイ・パトロールに見つかると筈だ。


(時々忘れそうになるけど、僕も「自動車メーカー」の従業員の端くれだし……)


 そうなると、プラ袋をねじった紐で。何とかして携帯セルラーを顔の近くへ括り付けて、スピーカーで通話するしかない。バーキン氏のスマートフォンはローエンド機種のようだったが、それでもスピーカーを使った通話は可能であるとわかった。問題なのは僕の……ノヴァルから支給された二つ折り携帯のほうで。ボタン操作で一生懸命メニューを掘っていっても、それらしい機能が見当たらない。通話用のスピーカーの音量調整は可能だが、最大限に上げてみても大した音量にはならなかった。それに……どこかに括り付けた状態では、通話を開始するのも一苦労である。


「もう連絡は諦めよう。予め計画を立てて、そこに無いことはしない……とするしかないさ。」


 そうバーキン氏は言って、あっさりと修理工場の探索に切り替えた。それで僕の方も、ロープで繋がった車たちを何処でUターンさせれば良いか?を、ナビゲーション画面で探し始めた……今いる路肩から走り出すと、一旦はO州にお尻を向けることにならざるを得ないのだ。それで色々調べたが、結論から言えば。いったんハイウェイから降りて、上がり直すしかない……というのも。この先の車を入れられる施設のなかに、逆側の車線まで回せるようなところはなかったし、インターチェンジもUターン可能な構造には見えなかったのだ。

 シェヴラの助手席でスマートフォンを操っていたバーキン氏は、何度か通話に切り替わったあと、目的を果たせたようで。


「……よし、ここに決まったぞ。ナビの目的地に入れられるか?」

「住所を頂けますか?」

「ここだ。」


 それでバーキン氏のスマートフォンを預かって、ナビゲーションの住所選択メニューを州名から順に降りて行った。


(ここ、第二うちの近くだな)


「設定しました。ルート探索中……。」

「ほう、いったん降りろとさ。同じ結論かい?」

「ええ。」


 ちょっと感心したが、シェヴラのナビゲーション・システムは「車の向き」なども考慮に入れているようで、結果的に「答え合わせ」ができた。


「よし、V字に曲がったりする必要はなさそうだな。」

「そうですね。」

「ここのパーキングまで曳いてもらえば、あとは業者がやってくれるだろう。こっちのナビにも設定するよ。ああ、のサイトを見ておいてくれ。」


 バーキン氏はそう言うと、スマートフォンを回収せずにワゴンに向かった。何が「そっち」だって?……と、webブラウザ画面の「タブ」をタップしたところ。修理業者のwebサイトのほかに、もう一つ画面が出ていた。


(えーと、「牽引の際に注意すること」……なるほど。)


 一通りスクロールして読み終わったあたりで、


「そっちと同じルートを設定した。曲がる箇所はそんなにないが、ハイウェイでは車線変更せざるを得ない場面もあるかもだな?」

「ですね……これ、お返しします。」

「ん。そういうときは、早めに方向指示灯ウィンカーを出してくれ。こっちが無理そうだったらハザード灯で返すから。それで……」


 ……などと。それなりに取り決めをして臨むことになったが、結論から言うと。牽引での帰り道は、拍子抜けするほど何ぁんにも起こらず。シェヴラのほうも、異常など無かったかのように快調で。曳かれる側のバーキン氏の操作も上手かったのだろうが、重いワゴンを曳いていると意識させられたのは、加速の際にワイヤーが目いっぱい張ったとき位で。逆にほど、普通に走っていた。


 むしろ。否応なしに、僕の頭の中でぐるぐる巡っていたのは。出発の直前、一旦ワゴンの前にシェヴラを出して……停め直した後で。両方の牽引環をロープで繋ぐ際に交わしたやりとりで。バーキン氏が唐突に——


『にしてもだ。D&Dはと聞いたが、同僚になるスタッフには……何も話していないのか?』

『え、何を?』

『丸腰で、12番口径の散弾銃を相手にしての大立ち回りさ……雇用者がビビるほどの、な。』

『……!』


——鈍いショックとともに、瞬間的に蘇る記憶。思い込みで相槌を打って、を凍りつかせた日のことを。


『それは……怖い思いをしましたね、大変だったでしょう。』


 そう……「猟銃事件」だ。

 僕は、単純に『巻き込まれただけ』と思っていた。だが、と。バーキン氏のいう人物the figureは、自ら戦うことを選ぶ側の種族なのだと――周りでも何となく感じていたように、彼女Rosa Euglandinaと。先ほど、バーキン氏は何と言っていたか?――思い出して、整理・検証しようとしても。は「考えたくない」と、脳が拒否していた。とはいえ……


(……だとすれば、このままバーキン氏を第二跡うちに連れて行っていいものだろうか? この人、のほうが目的なんだろうし……)



 結果的に、その心配は杞憂に終わった。というのも……


「あれっ?……いないじゃん! いつの間に??」


 バーキン氏のほうが。州都へ入って、第二跡うちに戻るまでのどこかで。曳いていたワゴン車ごと、煙のように消え失せたからである。

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