5C

 第二跡うちまで、あと僅か……という交差点の信号待ちで。それまでずっと、バーキン氏のワゴンが映っていたルームミラーが。あれっ? いつの間にか、長距離バスの巨大な顔で埋まってる!と気付いて、僕は一瞬。割り込まれたのか?……と思ったが。いやいや、こちらは牽引中。ひどく頑丈なロープが、ワゴンの顔とシェヴラのお尻とを繋いでいる筈だから、本来あるわけない。


 しかし、今となっては。

 ――――バーキン氏が、どこかの信号待ちで。ワゴン車から、物音を立てずに降りてきて。斜め後ろの死角から、シェヴラに近づいて。牽引環towing eyeに引っ掛けたフックを外し、自分の側のも外して。牽引ロープを回収し、何食わぬ顔でワゴンへと戻り。壊れた筈のトランスミッションで、一速にギアを入れて。僕に一言も残さず、どこかへ走り去った――――のは。間違いのないことであった。

 そんなの、気付かないほうがのかもしれないが。「牽引先がドロンするかも!」とか、思わないよね普通?


(それにしても。いったい、どこで……だろう?)


 あのワゴンが、実は自走を開始できたとなると。いま、このシェヴラテインが嵌っている渋滞ジャムは。州都シティに入ってひどくなる一方だったから、ロープを外す機会だけなら多かった筈だが。そのロープの長さ分だけ車間を開けなければ不自然なので。外した途端にチョロチョロと、路地から街道へ出てくる車両に割り込まれたに違いない。そうすると、まだ後ろに居る可能性もあるが――


(まあ、それは無いな。)


 というのも、ちょっと前に。まさに当のロージーが、凄い勢いで走っていくなぁ……と。気付いたことを、思い出したからだ。あのハニーブラウンの頭髪が、凍り付いた車たちの間で見え隠れしながら。反対車線側の歩道を、第二跡うちから離れるほうへと。脇目も振らず、振り返りもせず。ものの数秒で見えなくなったが。

 僕はそれで……ほうら、ロージーが「追跡行」に参加していたなんて、バーキン氏のフカシだったじゃん!ずっと第二跡うちに居たわけじゃん……と思って、まあ暢気なものだったが。今思えば、ワゴンの運転席から見えて当然なのだから。バーキン氏が仄めかしていた通りなら、彼が「ターゲット」のほうを優先して、追跡に切り替えるのは当然であった。


 見事な夕日のもとで、赤く染まっていた街並みは。迫る宵闇を前に、こんどは青く染まっていき。その中で、前方に伸びる赤いテールランプの列も、反対車線側のヘッドライトの列も。ほとんどが静止しており、再び流れ出す気配もなく。僕の携帯セルラーには。通話テストの履歴として、バーキン氏の電話番号が残っていたが。何度コールしても、彼が出ることはなかった。うん……まあ、それはそうだろう。しかし、第二跡うちの固定電話や、ボスのスマートフォンが、僕からの呼び出しに応じない理由が判らなかった。あと携帯セルラーには、ファーレルさんの番号があったけど……この状況を話せるか?というと。他にできることもなく、焦燥感にとらわれるだけで。


 それでも愈々いよいよ。じりじりと、アウトドア・ショップ「プリズモダール」の向こうに、第二跡うちのパーキングが見えてきて。ボスのパストーラが。事務所の入口近くの、位置に停められていると判って。やっぱり、あのときのパストーラがだったのか?……と。覚悟というか、心の準備をしていた筈だった。


 だが、それでも。

 見慣れた場所の「異変」には、例えが僅かなものであっても。どうにも……どうにもこたえ難いものがあり。思わず知らず、声に出てしまっていた。


「うッ……!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る