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 そして……

「バーキン」と名乗るこの方の。要領を得ない長広舌から、聞き出せた情報とは。先程まで僕のシェヴラに引っ付いてた(今は影も形もない)チャコール・グレーのセダンが、実は「誰か」に追跡されていて。その「誰か」もまた、この方バーキンの追跡を受けていた……という、俄かに信じがたい「多重尾行」の状況にあったということだ。


 いや。そうはいっても、あのとき……僕のシェヴラはかなりの速度になって、前走車を追い抜かなきゃいけなくなっていたし。介入してきた彼のワゴン車も、そうしたなかの一台であったはずなのだ。だとすると、僕よりも相当「前」を走っていたことになるじゃないか……?と一瞬、不思議に思ったが。しかしすぐに、自分が一度「ハイウェイを降りて上がり直した」ことを思い出した。


 あのとき。例のセダンが僕の「離脱」に対応できず、再び上がってくるまで時間を潰していたなら。それを追跡していた「誰か」も、その「誰か」を追跡していたバーキン氏も、同じように前走車として待ち構えていたというのは。とくに不自然なことではないように思えた。


 そういった「多重尾行」の状況が、さきほどのシェヴラの異常……意図せざる加速Unintended acceleration事象の始まりに関係しているのだろうか? あの……中央分離帯のパーキングへ入りかけたとき、ことで、シェヴラのを損ねてしまったように感じていたが。そういうことではないにせよ、バーキン氏が長々と語ったのは「意図せざる加速」に関わる「予感」であり、「因縁」であって。因果関係の説明はさっぱりだったので、僕は酷く混乱することになった。この人、さっきから何を言いたいのだろう……?


「どうだ。もう運転できそうか?」

「はぁ……!?」


 思わず、冗談じゃないという感じの声が出てしまった。この車で、再びエンジンに火を入れて、ハンドルを握る? 絶対に嫌だ、想像したくもない……という、強い怯えの一方で。すぐに同じ症状が出るという予想は、実際的でないとも分かっていた。

 コンピュータのメモリの中で、「バケツ」ビットのどれか一つでもひっくり返ってフリップしまう現象を起こす原因のひとつは、地上に降り注ぐだという話なのだが。そういったパターンの障害はそう容易く再現するものではないというのは、「意図せざる加速事故を起こした個体が、転売先の外国で、今も元気に走ってる」という事実とも整合する。被告ノヴァル側としては「欠陥が原因でなかった理由」として取り上げたくなるところだが、原告側でも「想定すべき確率のもとで起こる障害であり、事故につながらぬように設計すべきであった」と。反論できてしまうのだ。

 だから、バーキン氏が「そう簡単に起きないだろ」という感覚で運転を勧めるのは不合理というわけではない……わけではないのだが、足の裏に残る「機械に裏切られた」という感触は非常に重く、恐ろしいものだから。判ってほしいというか、そう簡単に言って欲しくなかった。


 実際、バーキン氏の物言いは妙にあっけらかんとしてて。こちらを慮っているようにみえても、本当のところは謎であり。


「まあ、そうだよな……でも、そうすると。牽引車レッカーを呼んで、運んでもらわないといけなくなるが、はそれでいいのか?内々に処理したいんだろう?」

「!!」


 やっぱりこの人、僕らの生業を把握している!……どう考えても、そう理解せざるを得ない一言だ。だとすれば、「追っている」と言っていたのは……?


「あ、貴方は一体……」

「君じゃないのか?」

「え?」


 バーキン氏の指さすほう……シェヴラの車内から「チロチロチロ・チロチロチロ」と。携帯電話セルラーの呼び出し音が、漏れていた。路上に出て後方を伺いつつ、素早く運転席に入り込み、床に落ちていたそれを拾い上げてケーブルを外した。そして、受信ボタンを押すと同時に、


『俺だ。そっちはどうだ?』


 ボスの声。ぐっと現実に引き戻される気持ちになるが、何と報告すればいいのか? すぐ外をバーキン氏がワゴン車へ向かって走って行く。こちらへ首を突っ込もうとしないのは助かるが、それでも僕の頭は全然まとまらない。


「は。はい、ちょっとトラブルで……」

『ああ……んん、やはりそうか。』

「へ?」


 思ってもみない反応に、変な声が出た……が。それで終わりではなかった。


『いいかな?マットロウ=サン、決して無理はしないように。』

「?……?」

『車はいいから、こっち戻ってこれるか?』

「戻る?……そ、そうですね」

『とにかく無事で良かった、また連絡する。』

「え、ボス?そちらは……もしもし?」

『ツー・ツー・…』 


 僕は。茫然と、切れた携帯を眺めながら。いったい、何が起きているのか……と。

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