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「おーい、大丈夫か……立てるか?」

「……あっ、ええ。出れます、出れますよ。」


 大きな声と、外の空気で。「誰か」が――

 ―—運転席のドアを開け、こちらを気遣っていると気付いて、ほぼ反射的に。その「誰か」を押しやるようにして、シェヴラから出ていた。気を失うといっても、実質「呆けて」いただけで。目を使うにも、身体を動かすのにも支障はない。それで、先に出た「誰か」に誘導され。左手へ、シェヴラの後ろ側へ……と回り込んで。それでようやく、周囲の状況を見渡せて。山の斜面にへばり付くようなハイウェイで。二台とも、なんとか車線へはみ出さずに済んでいたが。通り過ぎる車はそれなりに多く。ああ、結構あぶないな……と思った途端。何かが「カッ」と弾く音ともに、足元に転がってきた。赤く煌めく「蜂の巣」模様の表面が、こちらを向く。


「おっと、やっぱりか。」


 先ほどの「誰か」……つまり、黒いワゴン車の乗員と思しき中年の男性が、その反射板らしきものを拾い上げて組み直し。此方を窺いながら通り過ぎるSUVをやり過ごして、後ろの方に走っていった。そこには既に、三角形の停車反射板が置かれていたが。そのさらに先に、もうひとつ仕掛けていたようなのだ。確かにしておかないと、不注意にスピードを上げている車に引っ掛けられそうではある……というか、あれはどうやら。に積んであった反射板のようで。というのも、シェヴラのお尻の荷室ドアが開いていたからだが。


 そういう、安全の確保みたいな話はともかく。

 困惑したのは、反射板を置き直して戻ってくる男性……の。精悍な顔立ちに、見覚えがなかったことで。僕を尾行していた(と、僕が信じている)者たちのような、捜査官や探偵っぽい「乾いた」感じがせず。さりとて「タイツォータ第二」に常駐していた弁護士や、ノヴァルの従業員たちとも違う。よく通る、大きな声で、敏捷で。若々しいのに落ち着いた、余裕ある物腰なのだ。空軍っぽい形状のジャケットを纏う身体は、かなり引き締まっていて。「痩せている」と言ってもいい程だと見て取れた。ただし、同様な痩身のトグラさんとも違うのは、ジーンズ姿の下半身にボリュームがあって、していることで。背丈もトグラさんより頭半分ほど高かった。


「ちょっと待ってな。」


 そう言って、足早に僕の前を通り過ぎると。ボディ右側の擦れも痛々しいワゴン車から、見慣れた何かを持ち出してきた。いかにも保温力のありそうな、結構大きめのステンレス・ボトル。外した蓋がカップになり、そこへ注がれるコーヒーから湯気が立ち昇ってくる。香ばしい、日常の気配。


「さっき淹れたばかりだ、落ち着くぞ。」

「……ありがとうございます。お車に傷をつけてしまったうえに、こんな——」


 と。お礼を言って蓋のカップを受け取り、少しだけ飲むふりをして。カップ越しに、貴方は一体どうしてここまで……?という表情をしてみせた。

 突然現れて、暴走車の前に割って入り、接触してまで減速をサポートする。控え目に言って英雄ヒーローだ。なかなかできることじゃない……というより、あきらかにと感じていた。ワゴン車の乗員は、彼だけのようだが。「意図せざる加速」の件でノヴァルを追い回している記者だろうか?それとも、髑髏マークの営利団体が手配する不法な死・事件wrongful death case原告側の調査員だろうか……?


 その当人は涼しい顔で、ボトルからコーヒーを直飲みしていたが、そうした疑念を(僕の顔から)読み取ったようで。「バーキンだ」と名乗ったうえで、ゆっくり語り始めた。


「きみが薄々感じているように。こうしたは、俺にとって初めてじゃない。かといって、慣れているわけでもない。正直な話、関わったのはが三度目で……」

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