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「聞こえるか!?俺と一緒に踏めっ!」
大声と共に、突然。
視界を、黒い何かに塞がれた……あまりに接近していたので、そう感じたのだが。横長のリアウィンドウが、本当にシェヴラの「鼻先」にあって。
その直下。相当にワイドな黒いゲートの、左右両端に出現した赤色光が。シェヴラのボンネットに照り返った瞬間を見て、反射的にブレーキングしていた。しかし、明らかに向こうの減速のほうが……!!
「うわ、当たる、あたる!!うぁあおおおおお……!!!」
叫ぶと同時に「ドガッ」と強く、押し殺したような衝撃があり。間髪入れず、不気味に擦れるような震えが伝わってきて。僕はもう。無我夢中で、ブレーキ・ペダルに力を込めていた……が。
「か、堅い……かたいよ!!」
ペダルというより、「石」を踏んづけているようだった。しかも、本当に減速できているのかよくわからない。一生懸命踏んでいるのに、車体を揺する振動はさらに上乗せで。右前方から強烈な金属音が、間断なく弾けるようになり。にもかかわらず、ハイウェイではあり得ない程近くから。低く、落ち着いた声が、
「こっちは気にするな、そのまま強く踏め。」
投げかけられて、生まれてこの方一度も感じたことのない振動のなかで、暴れようとするハンドルを押さえつけながら。ブレーキペダルの上にほぼ立ち上がるようにして「うおぉ……!!」と、両足で踏力を加え続けた。普通じゃない轟音と振動に加え、焦げるような、焼けるような匂いが立ち込めて、気が遠くなってくる。ワゴン車のお尻が、シェヴラへ食い込んだ位置が……こちらから見て若干だけ右にズレており、その車体後半が繰り返しガードレールに当たっているように見え、実際そのたびに、金属音の震えが伝わってきていた。
(あれ、こっちのエンジンの力で、当たってるんじゃ??)
ブレーキ・エコー・チェックは?一体どうなったのか、エンジンは停止していないようだった。プッシュボタン始動ではないので、キーをひねればエンジンを止められるが、本当にそうすると
(いったい、どうしたら…………)「うおッ、何!?」
いきなり、前を行く車体が激しく跳ねて。何か異物に乗り上げた?と思う間もなく、「枷」が外れたシェヴラは右にスライドして、同じ何かを踏み越えたらしく。衝撃と共に左側へ傾き、一瞬空を飛ぶような感じがして、遠心力で乱暴に着地した。その衝撃で、僕の両足はブレーキペダルから外れ、「意図せざる出力」を得た後輪が。再び地を蹴って、ワゴン車へと突っ込んでいこうとする。バウンドする前より、こちらが右にズレているので。このまま当たれば、お尻の「角」を支点として、逆時計回りで吹っ飛んで。ガードレールを乗り越え、谷底へ転落してしまうのではないか……!? と。眼前に迫る危険に震え上がって、
「わあぁ、ロォ―――ジィ―――!!」
いったい誰の名を口走ったのか、まるで意識していなかった……が。そのときは何故か、ぜったいに助手席に居ると。そう確信していて。あの紺のスーツ姿で、ゆったりと腰を据えて、右手の書類に目を落としたまま――
『ずいぶん冷静な人もいるのね。』
と、呟いて……あの夜と同じように、僕の右手は。あたり前のように伸びてきた彼女の左手に握られて、ATセレクタ・レバーの
それで一瞬。エンジンの唸りは高くなったが、すぐ一定の「声色」となり。車体の暴れは、嘘のように治まっていった。その後は、落ち着いてブレーキを踏み直すだけで、あっさりスピードダウンして。路肩のギリギリで、ワゴン車よりも若干後ろに停止できたほどだ。
とはいえ。そこから前方5mあたりが、まさに急勾配の始まるポイントだったから、本当にゾッとして。危ないところだった、と……改めて。
「ロージー……?」
パーキング・ブレーキを掛けた後の記憶は残っておらず。助手席の方を、いる筈がない姿を確認しようとする前に。いったん僕は、気を失っていたらしい。
「おっ、開いた……おーい、大丈夫か?」
ロックしていなかったドアのほうから、揺り起こされるまで。
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