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 あのとき故郷を襲った大嵐タイフーンは、近隣でも相当な数の行方不明者を出していたので。

 その一人となった父が、役場のリストへ名を連ねるのにも、その遺体すらない地域葬送の式典にも、「どうしてだよ?」と感じるのは。被災遺族となった全員にとって、同じことだと思っていた。

 ただ、そういえば……長らくマットロウ家の面倒を見ていたラーソン弁護士を除けば、地元で会っていたのは。クァンテーロの家族と、その親族だけ――他の知り合いとは同席した記憶がないのだ。父が婿入りしたマットロウの家は、僕が小さいころに大竜巻トルネードで消滅していたし、親族とも疎遠になっていたようだから。そうなっても、決して不自然とはいえないのだが。


 しかし、父が亡くなったことで「利」を得たクァンテーロ家が、運用には失敗続きだった……という話は。いつの間にか、僕のなかに。父が行方不明になった原因について、疑いの種を植え付けていたようだ……というより何故、いままで不思議に思わなかったのだろう?確認できた遺品といえば、ジャンパー一着だというのに。それを(疲労と悲痛に歪んだ顔で)見せてくれたラーソンさんは、もう一昨年おととしに亡くなったが。そのときも僕は、第二あそこを離れられず……で。不義理をしたままになっていた。


、とは……いったい、どういう意味だったのだろう?ラーソンさん、話せるうちに聞いておくんだった。)


 ハイウェイはもう地上に降りていて。制限速度も下がっており、歩道に面した施設に出入りできるように。いちばん右の車線は断続的な乗降ボーディングレーンと化し、そのすぐ左の車線の路面には、嫌でも速度を落としたくなるグリーンのイボイボが並んでいて、ほらもう「作戦」に入れるぞ?……という雰囲気で僕を急き立てた。あの運転手が、いったい何処の誰であれ。早く問い詰めたい気持ちでいっぱいになっている。バイエル証人が非難した「タスクX」のように。無数の条件分岐if-then-elseが頭の中で膨れ上がっていて、循環複雑度cyclomatic complexityに換算すれば不穏なほどだろう……と、ぼんやり思った。

 とりあえず。シェヴラの速度を、路面のイボイボで暴れない程度の速度へ落としつつ、方向指示ウィンカーを出しながら低速度帯へと入れた。グレーの車も迷わず遅れず車線変更してくるが、もはや驚きはない。


(やはり来た。でも、けっこう混んでるな……)


 並ぶ店舗も、ファミリー向けばかりではなく。若い男がひとりで入ってもおかしくない施設もあるのだが、パーキングに入ろうとする車列ができる乗降ボーディングレーンは。隣の店舗の迷惑にならぬよう、歩道から突き出した突堤?で仕切られていて。あまり並ぶと低速度帯まではみ出すことになりかねず。歩道の並木が大きく繁っていることもあり、近くまで行かないと混雑状況が判りにくいのも難点だった。謎の車のすぐ前で、長時間並ぶというのもぞっとしない。


(仕方がない、ナビゲーションに頼るか……ん?)


 ちょうど画面上に、進行方向を横切る道路が現れた。


(信号機だ……ハイウェイなのに、交差点??) 


 この道路。実際は交差しておらず、一段下を通っており。右へ流れる一方通行ワンウェイで、こちらの右折車を引き受ける専用の車線が降りていくから。信号がなくてもよさそうなのに?……という疑問は。後を追うように、もう一本。左に流れる一方通行路ワンウェイが、こちらは本当の交差点と共に画面上に現れてきて氷解した。その両者を隔てる中央分離帯は、かなり長大なパーキング施設となっていて、なかには管理棟に軽食などの売店もあるようだが。そのほかには、もう一本の道路を跨ぐまで何もない。では、ここからアプローチするとしたら?……といえば、隣の乗降ボーディングレーンは一方通行路への右折専用車線となって消滅し。その後、今いる低速度帯から中央分離帯内に右折すれば、そのパーキング施設へ入れると読み取れた。逆に無視すると、左折レーンまで三回も車線を移らなければ……なので、すぐあとの信号は直進するほかない。


(これなら、右折すると受けとられる心配もない。打って付けでは?……ようし)


 渋滞という程ではないが、車間がかなり詰まってきたので。惰行のまま、一本目の一方通行路を跨いだ。同じ車線で前にいる車たちも、オレンジ色の光を瞬かせており。ほとんどが僕と同じに、カープールへ入れるつもりのようだった。それらの上に見え隠れしている、二本目の手前の信号が。そろそろ変わりそうなこともあって、いま出した方向指示ウィンカーの意図を。後ろのドライバーが見間違えることはないはず……わかるだろう、こっちへ。さあ、どうした?……早く、ウィンカー出せよ。そう、そうだ。このパーキングの奥で。何のつもりなのか、きちんと説明をしてもらうからな。決着つけようじゃないか。さあ、前に続いて入るぞ……?


 そして、右へと。ハンドルを切る前に、軽くブレーキを踏んだ瞬間だった。


 それが起きたのは。

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