52
「何で、まだいるんだ?……そんな、おかしいだろ……!」
たった5分ほどとはいえ、ハイウェイでのことである。10kmも先を走ってる筈のセダンを目にして、ひどく驚くと同時に。やはり追われていたのか……という焦燥感が、否が応にも募ってきた。
(同じ
ややもすれば「何かの間違いだろ?」という
いったい運転手はどんな奴だ?……と左のほうを窺っても。ふた昔ぐらい前のデザインは「低さ」を優先したもので、錆びたルーフに阻まれて。奥の座席に沿うコートの裾しか見えなかった。
(くそッ………うわぁ!!)
真っ赤な矢印の群れが、よそ見をしていた僕の目に。このさき車線が無くなるぞ?……と予告しながら、つぎつぎ続々と雪崩れ込んできて。反射的にブレーキを踏みこんだので。チャコール・グレーの車体は前方へと抜けて、嫌でもその後ろに入れざるを得ず。少し前と同じ状態になってしまった。
(こうなったら仕方がない。どこかでスローダウンして降りるしか……だな)
しかし、頼りのナビ画面は。無情にも、ここしばらく出口がないことを知らせていた。思わず零しそうになった唸り声は。画面内のあることに目を奪われて、自然に引っ込んでいく。平面マップによれば、僕が降りた出口と、戻ってきた入口との間に、車線が増えている区間があったようなのだ。しかも……その領域の全体が赤い斜線で塗りつぶされており、車両の走行は許されていないように見えた。
(だとすると、退避ゾーンかな?)
前を行く
(つまり。僕の目的地を知っている、ということなのか)
すぐ先の入口から戻ってくると踏んで、この退避ゾーンで少々暇をつぶしていた……それ以外に考えられない。ただ、そうだとしても。
(これだと。入口よりかなり後方で待つことになって、僕が上がってくるのは見えない筈だぞ?)
だから。こうやって再び僕を捕捉するのは、あまり確実とはいえなかった筈。むしろ、取り逃がしていた可能性が高い……だとすれば。
(一。捉えられれば儲けもの……位のつもりだった)
この場合、何が何でも僕の到着を「阻止」するという目的ではないことになる。でも。だとすれば、何だろう?
(二。この車にGPSが仕掛けられている……もしくは、このナビゲーション自体が、奴の
ものすごく考えたくないが、こちらではないだろうか。特に前者は……連邦警察なら造作もないだろうし、普通の探偵でも今どきなら充分可能に思えた。一方で後者は……ナビゲーションがハックされているのなら、設定された目的地も判る筈であり、そちらで待ちかまえていればよいので。わざわざ追跡などする必要はないだろう、と。
(前をふさいでいるのは、どこかに誘導して。僕を降ろすつもりなのだろうか? あるいは単に、怖い目に合わせたいのか?)
そう考えたとたん、グレーのセダンは左車線に移っていた。すわ、事故車でも?と思ったが。「前」は普通に流れており。車間も空いていたので、こちらも加速した。
(一体どういうつもりなんだ?僕と
すぐ隣の追越し車線を、何故かノロノロ走っているパストーラ……を追い抜いて、その前に出たが。石炭色のセダンも、うまく割り込んできて。再び、シェヴラの後ろに着けてきた。走行車両はどの車線もそれなりに多く、また「追手」の方が強力なエンジンを積んでいる様子で。このシェヴラでは振り切れそうにない。
(だが、そうだとしても)
僕は思い出していた。
助手席に置いた、白いデイパック。そのなかに、ニックから返ってきた帳面と、東海岸の新聞が入っていることを。そこに何か「力」のようなものが宿っているのを。ほんとうに無力だった以前とは違う……違うのだ。例えば、
◆「追手」が遺族調査会なら。この帳面のなかを全て見ている筈だし、それ以上のことは僕にも判らない……のも知っている筈だ。たとえ詰め寄られても、ゴーティのことを悪く言うつもりはない。できるぞ。やってやる。
◆「追手」が連邦警察なら、この新聞の例の記事を見せて。学校のアレは、最初からシステムの欠陥で……つまり、僕が疑われたのは「濡れ衣」だったと主張しよう。それでも付きまとうようなら、この事件で出た証拠を使って、
(この辺から先は高架でなくなるから……いろいろ店舗がありそうだ。適当なとこを見繕って、こちらから誘導しよう)
◆「追手」がクァンテーロ家なら、僕に向かって「投資しろ」とでも?言ってくるだろうか。貯えなぞ大してないのだが――
『ごめんなさい、私たちを
突然、
(だとすれば、あの「追手」は。路上で僕にプレッシャーをかけ続けて、自滅させることが目的というわけか? そうなら余計、どこかに入り、駐車すべきだろう。そして、なるべく人の多いところで……)
そうした、かなり剣呑な「思いつき」を吟味しようとしていたときに。突然の衝撃が、そのまま「うっ……!」と口に出て。
全く関係のない「記憶」が。わけのわからないショックとともに、ひどく鮮明な「カラー映像」で蘇ってきて、何度もループした。
それは、かなり昔の……僕の父が行方不明になったときのことで。弁護士のラーソンさんが僕をピックアップ・トラックの助手席に載せて、こう言っていた。
『マットロウ家の財産は守る。だがそれ以上は無理、やめた方がいい。きみは学校に戻りなさい、すぐに。……だがそれ以上は無理、やめた方がいい……それ以上は無理、やめた方が……それ以上は』
「それ以上」とは、まさか…………!!
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