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「何で、まだいるんだ?……そんな、おかしいだろ……!」


 たった5分ほどとはいえ、ハイウェイでのことである。10kmも先を走ってる筈のを目にして、ひどく驚くと同時に。やはり追われていたのか……という焦燥感が、否が応にも募ってきた。


(同じ型式タイプの違う車……じゃないよな。あんな風に褪せた色に、揃って辿り着くとは思えない)


 ややもすれば「何かの間違いだろ?」という考えアイデアに縋りつきたくなるが。再び左車線へ移り、こちらに並んできた車体は。フロントウィンドウの直ぐ上……屋根ルーフ前端部の色褪せが激しく、ところどころに赤錆が覗くなど。何度も観察してきた僕にとって、間違いようのない特徴を全て備えていたのだ。

 いったい運転手はどんな奴だ?……と左のほうを窺っても。ふた昔ぐらい前のデザインは「低さ」を優先したもので、錆びたルーフに阻まれて。奥の座席に沿うコートの裾しか見えなかった。


(くそッ………うわぁ!!)


 真っ赤な矢印の群れが、をしていた僕の目に。このさき車線が無くなるぞ?……と予告しながら、つぎつぎ続々と雪崩れ込んできて。反射的にブレーキを踏みこんだので。チャコール・グレーの車体は前方へと抜けて、嫌でもその後ろに入れざるを得ず。少し前と同じ状態になってしまった。


(こうなったら仕方がない。どこかでスローダウンして降りるしか……だな)


 しかし、頼りのナビ画面は。無情にも、ここしばらく出口がないことを知らせていた。思わず零しそうになった唸り声は。画面内のに目を奪われて、自然に引っ込んでいく。平面マップによれば、僕が降りた出口と、戻ってきた入口との間に、車線が増えている区間があったようなのだ。しかも……その領域の全体が赤い斜線で塗りつぶされており、車両の走行は許されていないように見えた。


(だとすると、退避ゾーンかな?)


 前を行く尾行車セダンの、小さく丸いテールランプを睨みながら、に辿り着いた気がした。あの運転手は、僕がハイウェイを降りたことを「ブラフ」だと見抜いていたのだ。つまり――


(つまり。僕の目的地を知っている、ということなのか)


 すぐ先の入口から戻ってくると踏んで、この退避ゾーンで少々暇をつぶしていた……それ以外に考えられない。ただ、そうだとしても。


(これだと。入口より後方で待つことになって、僕が上がってくるのは見えない筈だぞ?)


 だから。こうやって再び僕を捕捉するのは、あまり確実とはいえなかった筈。むしろ、取り逃がしていた可能性が高い……だとすれば。


(一。捉えられれば儲けもの……位のつもりだった)


 この場合、何が何でも僕の到着を「阻止」するという目的ではないことになる。でも。だとすれば、何だろう?


(二。この車にGPSが仕掛けられている……もしくは、このナビゲーション自体が、奴の手に墜ちハックている)


 ものすごく考えたくが、こちらではないだろうか。特に前者は……連邦警察なら造作もないだろうし、普通の探偵でも今どきなら充分可能に思えた。一方で後者は……ナビゲーションがハックされているのなら、設定された目的地も判る筈であり、そちらで待ちかまえていればよいので。わざわざ追跡などする必要はないだろう、と。


(前をふさいでいるのは、どこかに誘導して。僕を降ろすつもりなのだろうか? あるいは単に、怖い目に合わせたいのか?)

 

 そう考えたとたん、グレーのセダンは左車線に移っていた。すわ、事故車でも?と思ったが。「前」は普通に流れており。車間も空いていたので、こちらも加速した。


(一体どういうつもりなんだ?僕と対面サシで、話したいんじゃないのか……?)


 すぐ隣の追越し車線を、何故かノロノロ走っているパストーラ……を追い抜いて、その前に出たが。石炭色のセダンも、うまく割り込んできて。再び、シェヴラの後ろに着けてきた。走行車両はどの車線もそれなりに多く、また「追手」の方が強力なエンジンを積んでいる様子で。このシェヴラでは振り切れそうにない。


(だが、そうだとしても)


 僕は思い出していた。

 助手席に置いた、白いデイパック。そのなかに、ニックから返ってきたと、東海岸のが入っていることを。そこに何か「力」のようなものが宿っているのを。ほんとうに無力だった以前とは違う……違うのだ。例えば、


◆「追手」が遺族調査会なら。この帳面のなかを全て見ている筈だし、それ以上のことは僕にも判らない……のも知っている筈だ。たとえ詰め寄られても、ゴーティのことを悪く言うつもりはない。できるぞ。やってやる。


◆「追手」が連邦警察なら、この新聞のを見せて。学校のアレは、最初からシステムの欠陥で……つまり、僕が疑われたのは「濡れ衣」だったと主張しよう。それでも付きまとうようなら、この事件で出た証拠を使って、正義省MOJを……ステイツを訴えると言ってやろう。できるとも。にするんだ。


(この辺から先は高架でなくなるから……いろいろ店舗がありそうだ。適当なとこを見繕って、こちらから誘導しよう)


◆「追手」がクァンテーロ家なら、僕に向かって「投資しろ」とでも?言ってくるだろうか。貯えなぞ大してないのだが――


『ごめんなさい、私たちをゆるして。』


 突然、携帯セルラーに残っていた……ラビーニャのメッセージを思い出していた。あまりに唐突すぎる謝罪。もしかしてあれは、純粋に好意でくれただったのではないだろうか。 例えばもし、僕が……あの家にいた頃に、知らないうちに。に加入させられていたとしたら? あの叔父なら、充分ありうることだ。


(だとすれば、あの「追手」は。路上で僕にプレッシャーをかけ続けて、自滅させることが目的というわけか? そうなら余計、に入り、駐車すべきだろう。そして、なるべく人の多いところで……)


 そうした、かなり剣呑な「思いつき」を吟味しようとしていたときに。突然の衝撃が、そのまま「うっ……!」と口に出て。

 全く関係のない「記憶」が。ショックとともに、ひどく鮮明な「カラー映像」で蘇ってきて、何度もループした。

 それは、かなり昔の……僕の父が行方不明になったときのことで。弁護士のラーソンさんが僕をピックアップ・トラックの助手席に載せて、こう言っていた。


『マットロウ家の財産は守る。だがは無理、やめた方がいい。きみは学校に戻りなさい、すぐに。……だがは無理、やめた方がいい……は無理、やめた方が……は』

 

 「それ以上」とは、まさか…………!! 

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