51

 **************************


 きみが薄々感じているように。こうしたは、俺にとって初めてじゃない。かといって、慣れているわけでもない。正直な話、関わったのはが三度目で。幸いなことに、俺が乗ってる時じゃなかった。どうだ、落ち着いたか? まだコーヒーはあるか……? そうか。いや、初対面だよ。少なくとも、きみとはね。しかし、ある人物certain figureとは因縁がある。こういったに絡んでな。たぶん俺よりは、の方が「深入り」してる。「こだわり」って奴だろう。それがなければ、少なくとも俺は。やつthe figureと知り合うこともなければ、ここ……鎖骨をポッキリ折ることもなかっただろう。衝突事故クラッシュで?――いや違う。、墓地のパーキングで自損事故を起こしたのは、とある部品メーカーの役員で。秘書だった俺がを殴られたのは、衝突が起きる前だ。役員は無事。四、五本ほど植木をなぎ倒して、大きな飾り石を抉ってしまったが。墓地の運営会社とは示談で済んで、報道もされていない。やつthe figureが話していなければ、誰も知らないだろう。いったい何の話かって?俺がこいつを……というより、ここに居合わせた理由だよ。そんな顔するな、きみを尾行していた訳じゃない。この車きみを尾行する車を、尾行する車を、していたんだ。うん、俺の生業とは関係ない。誰かに命じられてでもない。やつthe figureが……こっちに来てると聞いたのも、つい最近なんだ。ともあれ、ようやく見つけたやつthe figureは尾行のまっ最中で、その対象は……きみも気付いていたと思うが、そうだ。いや、そのドライバーは知らん。しかし当然、やつthe figureは知っていたのだろう。それで俺は、必ず何かが起きるはず……そう予感して、さらに後ろから追っかけてきたというわけだ。んん? いや、違う。そういうことじゃない。も、やつthe figure自身はしていないんだ。俺との真っ最中だったからな。ここを折る前に、右手のここに一発。俺が銃を取り出そうとするところを、さ。それまでやつthe figureは、どう見ても丸腰で、静かに。役員と話をさせてくれ、それだけでいい……などと詰め寄ってきて。俺はそれで、正体に見当がついて。油断したんだな、拳銃を見せれば引くだろうと。この右手がホルスターに伸びた途端、目にもとまらぬ何とやらで。激痛に襲われたときには、とり落とした銃が、さらに遠くへ蹴り飛ばされていってた。「失せろ、お前に用はない」って、そりゃそうだろ。わけがわからない?……ふぅむ。悪いが、筋立てて話すのがどうにも苦手でな。墓地だ、といったろう? 役員も、やつthe figureも、花を持ってきていた。のために、だよ。――うん?そうだ、そのとおり。そこに眠っているのは、一度目の事故の犠牲者たちだ。もうかなり前になるが……そのときも、役員の運転で。俺は、後続車から茫然と見ていた。交差点で突然加速して、横から来たミニヴァンに突っ込でいくのを、な。役員はかすり傷程度だったが、向こうは全員死亡と痛ましい事故だ。しかし「部品会社」にとっては……自らのホームグラウンドでもある、廃工場の連なる区域だったのが幸いした。捜査結果の如何によらず、遺族への補償は「社」として行うと決定されたが。俺ら以外に目撃者もなく、現場の雨で警察の士気も低く、手配したのも昵懇の病院だったから。後はまあ、わかるだろ? 少なくとも……役員は、それからずっと。自分で運転するのはやめていた。俺も、墓地でやつthe figureにしつこく迫られなければ。さきに行って車を出すよう、進言などしなかっただろう。やつthe figureも唖然として、それで小突き合いは終まい。二人で協力してドアをこじ開け、エアバッグに埋まった役員を救出したんだ。で、確認ができた。一度目の事故のあと、しばらくして。同じ墓地で詰め寄ってきた、あのときの子供だ……と。そのときも威勢だけはよかったが、二回目と違って子供だったしね。言葉で従わせられなくても、銃をちらつかせれば引き下がったよ。そのときはな。でも、役員はずいぶん動揺して。こう繰り返していた。「約束が違う。どういうことだ、言いきかせていないのか……?」 それでピンときたよ。さっきの子は犠牲者たちの類縁か何かで、役員が言うのは示談の条件なのだろうと。ほんとうに、燃えるような赤毛だった――――


 **************************

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る