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 スタック・オーバーフロー脆弱性の、真っ赤なノヴァル・キャレッタに代わって。グレーの車両セダンが当然のように、こちらシェヴラの後ろにつけてきていた。

 先ほどから工事区間に入っており。車線が減少し、かなり流れが遅くなっているのに。隣の車線から割り込まれない程の微妙な間合いを保っており、ルームミラーでも運転手の様子がよくわからない。


(さっき見失ってから……ナビゲーションの言うまま、西に向かうハイウェイに乗って。そのあとで、T州へ南下する道に乗り換えたよな?)


 あそこから、僕と同じようにT州へ向かっているのなら。ナビも勧めるルートだし、不自然ではないといえた。


(あのとき……左折レーンに入ったのは、なのだろうか? ありえなくはないが……)


 しかし、思い出していた。ガス・ステーションを発ったとき、あの車は……隣のドラッグストアからで出てきたのだ。どうやってか、こちらを窺っていたとしか思えない。そしてそこからも、相当な距離を走ってきていることを考えれば。何度も隣り合うこと自体、怪しむべきなのだ。


(もう一度、に入ってみるか?)


 だいぶ慣れてきたので。運転しながらでも、ナビゲーション画面の縮尺を変えて。行く手を調べて、ハイウェイから降りるポイントを探すこともできた。とはいえ、降りた先でこいつを入れるような施設がさっぱり見当たらない。さらに相当な距離を走らねば、市街には到達できないようだった。しかし僕は、すぐに違うアイデアを思いついた。


(降りた後で、いったん北へ戻って、ハイウェイの下を二回潜れば……ここで、またハイウェイに戻れるな。よし)


 要は、ループを通ってまで、同じように追ってくるか?……を試すのだ。ここまでずっと、端っこの車線を走ってきたのも幸いした。つまり、出口案内に反応して減速をしなければ……


(いかにも直進するように見えるだろ? でも、いよっと……!!)


 アクセルを戻すとほぼ同時に切ったハンドルに、シェヴラテインは極めて従順だった。静かに、滑らかにスライドしていく。運転マナー的にはアレだが。前触れなしに、ランプに入ることができて。すぐに本線は見えなくなった。


(どうだ?……奴は?)


 どのミラーも、薄曇りの空のもとで。いつまでも曲線がうねる防音壁を映すのみ。この車に続かんとする影は……見えない。ハイウェイと並ぶ街道に出るところで信号待ちとなったが、ほんとうに誰もやってこなかった。

 たった一台で。巨大な岩々のなか、サボテンじみた植物が点在する荒涼とした風景に圧倒され……何のために降りたのか、しばし忘れる程で。


 そして信号は青。ガラガラの街道を北に向かうと、すぐに目当ての交差点に届き。これを右折して、二股に分かれ行く片割れが……ハイウェイに上がるランプとなっていく。再び一方通行の高架路になるまで、対向車は一台も来なかった。本線の下を潜る度に、自動でヘッドライトが点灯し。すぐに消灯して、再び空に抱かれるが。「予想外の障害」みたいなものは何もなく、気味が悪いほどスムーズである。


(いったい何をやってるんだか……バカバカしい。)


 ナビに走行ルートの履歴ヒストリーデータが残ることを思い出して、少し憂鬱になった。ナビがあるのに、何でこんなとこ降りたの?……とか言われそうで。さりとて履歴を削除しようものなら「明らかに寄り道した」ように見えてしまうだろう。


 もっとも。ステイツ・ノヴァルのヘッドクォーターで、法務システム主任をやっているファーレルさんが……「嬉々としてタイプ」だからといって。ノヴァル・エンジニアリングの方々も、彼と同類だとは限らないが。稀少車シェヴラテインの管理をしているなら、走行履歴のチェックは当然のように思えた。


(まあ、だからといって。わざわざ報告するとも思えないか……)


 ランプを登り切り、ハイウェイに戻って南へと。せいぜい5分ほどのロスだろうか……?と、油断しきっていただけに。ショックが大きかった。


「えぇ、何で!?」


 何事もなかったのように、あのグレーの車体が待っていた……悠然と中央車線から減速し、合流しようと加速中のこちらシェヴラを阻むようにして。

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