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「自動……運転とかでも、同じことになるのでしょうか。」

「同じことって?」

「ええと、たとえばですね。もし……衝突事故を自動オートで回避できる仕組みが開発されたら、どのメーカーの車種にも一斉に装着されることになるので?」


 ……と、いうように。話の流れ上も「自然な疑問」を、うまく作り出すことができて。先程から湧き上がってきている疑念を……出張所ここに常駐する弁護士たちは「原告側証人がヤバいと名指しした車種」を避けているのでは?——と。思うがままに口走ってしまいたいが。次第に薄れていくのを感じていた。


 そうして。ジェンが(少し考えてから)口を開く直前に、ようやく気付いたのだ。ガラス越しの日光を受けて煌めく彼女の眼鏡が、あの「な」フレームであることに。

 それは、非常に細いメタルの、何の変哲もないかたちなのだが……。


「その話題。まさに、あの消費者安全唱道者consumer safety advocateたちの好むところよね。ロージー?」

「ええ。実際、彼らは連名で……新型車への『自動ブレーキ』装着をメーカーの義務とするよう、当局NTSAへ促していますから。」

「そんな声明、出てたんだ。まったく余計なことばかりして……」


 こうやって。ローヤーたちの間では常識になっているらしき感覚が、よくわからなかった僕は。正直に、こう言ってみた。


「効果のあるものなら、そういうのが当然のように聞こえますが……?」

「あー。よ……ビル?」

「うむ……。いいかい、マット。この声明が出た開発された車がね。自動ブレーキを装備せずに売られて、があれば避けられるような事故を起こしたら。どういうことになると思うね?」

「あっ……。」


 それで今度こそは、僕にも分かった。


「つまり彼らは、後々のオーナーが起こすであろう訴訟に備えて、自分たちに有利になるようのですか……。」

「声明には、例の営利団体――『自動車安全センチネル』も。その名を連ねているのよ? それでわかるでしょ。」


 しかし。あの「髑髏マーク」webサイトの団体をジェンが挙げたのを聞いて。僕は、妙な違和感を覚えた。

 というのも。「髑髏マーク」は自らのブログにて、エンジン電子制御の欠陥を激しく指弾し続けているのだ。ブックホルド vs. ノヴァル事件で原告側が主張し、ノヴァル自身でも否定しなかった電制スロットル機構まわりの諸々を。いまだに「欠陥」とみなさず、電子制御用ソフトウェアの安全基準を定めようともせず、実際その能力もないとして、規制当局NTSAヌツァのことも。


「いや、でもですよ。自動ブレーキも、ソフトウェア制御のシステムですよね?」

「ええそうよ。それが?」

「彼らは……電子制御ソフトウェアや、その中身コードの安全基準を。規制当局が定めていないことも問題にしています。その状況で、さらに『電子制御の安全システムを載せろ』っていうの……変じゃありませんかね? 車載ソフトウェアの信頼性を疑っているのに。」


 そう聞いてみた途端。意外にも、皆の表情がみるみる柔らかくなって。


「マット。どうやら、わかってきたようだね……彼らのやり口を。」

「自分たちの主張のもたらした結果であっても、メーカーを責めるだけ。」

「どう転んでも、損にならないように考えてるのよ。連中はね。」

「え?……え?」


 まだ戸惑いを示している僕へ、ロージーが冷たく言い放った。


「彼らが声明で要請している通り、新型車への『自動ブレーキ』の装備がメーカー側の義務になったとしても。その……未成熟が原因で、誤動作や不動作で事故が多発すれば、それはそれで。自分達の”仕事”が増えてくれるでしょう?」

「ッ……?」


 呆気に取られて、息を呑んでいるところへ。


「ははは。まあでも実際、今の自動ブレーキは……そもそも確実な動作が期待できないんだ。うまく作動しても、衝突被害を軽減するだけさ。そういう付加的な機能でしかないことを、規制当局にしつこく啓蒙してもらってるからね。彼らの目論見は空振りに終わることだろう、おあいにく様だ。」


 と、降ってきたビルのコメントも含め、あまりのに愕然としている僕……を置き去りにして。空になった紙皿を囲む会話は、ジェンの言うことを切っ掛けに。まったく違うほうへと転がっていった。


「とは、言ってもね。『毒を食らわば皿まで』というのでもないでしょうけど、メーカーとして一気に自律運転Autonomous Drivingまで行きたい……っていう気持ちも。わからなくはないのよね。そのための基礎技術も育っているようだし。」

「いや。自律運転車は管制料金を負担せざるを得ないから、消費者の購買意欲を刺激しないだろう。ノヴァルにとって、良い方向ではないよ。せっかくのブランド価値を生かせないからね。」

「でも。機械はペダルを踏み間違わないから、暴走事故は減るでしょう?」

「ロージー。自律運転車が実現しても、当面は危険の回避……自律運転への介入が、ドライバーの法的義務になるだろう。それは判ってるね?」

「ええ。」

「だから、その事故に対しては。介入操作が行われたかどうか、行われたとして内容は、その結果は有効だったのか?……が争点になるのは間違いない。となれば、裁判での理屈は今と同じで。寧ろ、さらに不利になるんだよ?」

「ビル。言いたいことは判るけど、事故の絶対数はロージーの言う通りでしょうし。紛争処理がシンプルになれば、ノヴァルにとってもメリットよ。」

「自律運転は『サービス』として提供することになるから、ユーザーにサインしてもらう『サービス利用条件』の中で、『陪審員裁判を受ける権利の放棄』と『仲裁による紛争解決』、それに『集団訴訟クラスアクションを起こす権利の放棄』 を約束させられるから……という話ね?」

「例の最高裁判決『クラスアクション殺しキラー』だね、ロージー。レンタカー会社もノヴァルの優良顧客だから、いい判決だったと思うよ。しかし、そうは言ってもだな……」


 あとはもう、ずっとこんな具合で。ローヤーたちの会話についていけない僕は。あっという間に一人、置いてけぼりにされていた。


 とはいえ。

 ロージーの言った「機械はペダルを踏み間違わない」というフレーズは、色々な事を考えさせるもので。『自律運転をするコンピュータに「意図」はあるのか?』も、そうだが。なにより、MDマルディへ吸い上げられたUA事件のひとつで下された、ノヴァル側の略式サマリ判決請求を却下する裁判所命令コート・オーダーを。そのなかに盛り込まれた「ある判断」のことを、僕に思い出させていた……


『原告・被告の主張する因果causationでも事故の発生が可能であり、けれども、そのにも決定的な証拠のない状況のもとでは』


 ……記憶をたどり乍らキッチンを見ると、既にハバリ氏の姿は消えており……


し、』


 ……議論に白熱する若手(?)ローヤー達を残して、キッチンまで行ってみると……


『逆に、から』


 ……飲み干した紙コップの側面に、ボールペンらしき字で。書置きが残されていた。そこには……


のである。』


 ……<[ 明日も来るから、ここを開けておけ ]>…… と、書かれていた。

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