3B

「じゃあさ、『エンジンの電子制御に欠陥がある』とかは……やっぱり、仕込んだ連中がいるんだよな。あれだけのバッシング・キャンペーンだ。成功し過ぎた海外企業への妬みか? 大変だな、お前のとこも。」

「は?」


 この一言が漏れた瞬間。ニックから追加質問が来るのを予測して、周到に(頭の中で)準備していた諸々のが。一気に吹き飛んで、バッラバラになっていた。

 そういった方針たちストラテジーの中には:


『エンジン電子制御については、技術に深入りしないこと。昨年秋、この州の陪審評決jury verdictが出てからは。ノヴァルの旗色が悪くなって、MDLマルディ訴訟でも和解に応じざるを得なくなってるので。』

――とか、


『ブレーキ・オーバーライド・システムの話はにすること。でないと、電子スロットル制御のことに触れざるを得なくなって、スロットル制御ソフトウェア自体の障害には?……という、もっともな疑念が生ずるだろうだから。』

――とか、


電子制御を疑ってきたときは、「製造物責任PLのクラスアクションですら、その件は不問に付すかたちで収まったこと」や、「今日の正義省MOJの声明でも全く問題にしていないこと」に触れて、あっさり否定せよ。』

――とか、


『年式の絡む話は、「うちで扱ったのは2005年式だけだから」で押し通せ。電子制御に「問題」があるといわれるモデルの範囲を「2010年式以前のみ」というようには絞れないのだから。バイエル証人は「2007年以降、ノヴァルのソフトウェア開発プロセスには改善がみられる」と証言したらしいが、そうだとしても、それで開発された車が製品となるのは2012年式以降であり、今だと言い難くなってしまう。

――とか。

 だから要するに、


『裁判については「和解で終わった」だけにしよう。ニックが陪審評決のことを知っていて、どうしても技術の細かい話に入ろうとするなら、「僕自身よく分かってないことだから」で通そう。』

――という方針ストラテジーにならざるを得ない。


 いや、むしろ逆に。

 僕なら「知らない・分からない」で通せるから、訴訟の争点に通じている筈の弁護士ローヤーたち……ボスはもちろん、ジェンやロージーなどよりは。よほど答えやすい立場だろうと考えていたのだ。


 そうやって。顔に出さないように、密かに身構えていたのを。このニックは飛び越して。

 電子制御を疑うこと自体が「仕組まれたものだ」と言い出したから、僕は頭の中が真っ白になってしまい。

 そうしてる間にも、ニックからは……


「『は?』じゃないだろ、皆そう言ってる。フライスターは外資になってたから違うんだろうが、トーボとかグラン・モータースとかが、さ。お抱えのロビイストやNPOを使って、連邦議員たちに吹き込んだんだって。」


 え?え?え?……何?何?全然ついていけません、が。

 それでも、今から4年前。連邦議会Congressにて、ノヴァルの役員たちを。特に、ノヴァル・ホンゴクのCEOであるノバル・ヤキヨ氏を召喚して、各州の議員たちが質問攻めにしたことの、裏の事情?…を言ってるらしいのはわかった。

 でも僕は。あの時期、フロアマットにハマり易い構造のアクセル・ペダルと、粘って戻りが悪くなる材質のアクセル・ペダルとを。採用していた車種について、すべて無償交換するリコール処理を行っていたはずなのに。リコール済みの車両や、リコール非対象車のオーナーから「意図せざる加速」の苦情がすごい勢いで増えたことが、連邦議会へのプレッシャーになったのだと思っていたので、そうした陰謀めいた印象は受けていなかったのだ。


 ――――ああでもか、そういった苦情が。オーナーたちの「踏み間違い」によるものだとすれば。踏み間違ったドライバー自身が原因を転嫁できそうな「別の欠陥」へと、関心を誘導することで。オーナーは自身の責任をなかったことにできるし、競業メーカーはノヴァルへのバッシングを持続させることができる……という発想なのか、なるほど。しかも、当局NTSAへの苦情はオンラインでも提出できるようだから。ノヴァル車の車体番号VINをどうにか入手して、のUA遭遇レポートを連発すれば、議員たちに水増した数字を見せられたかも知れない。大体、このNTSAヌツァという組織は、もともと自動車メーカーから出向で来ている人も多いという話で、とすればノヴァルと競合する筋の人も実際に居る訳で。欠陥調査で得た情報のうち、ノヴァルに都合の悪いものを選りすぐって「ご提供」できる立場なのだから。あれこれ手を尽くして危険なムードを演出すれば、裁判所もスロットル電制プログラムのソースコードを開示するよう、命じやすくもなるだろう。……とまあ、こんな具合で辻褄は合ってるし、動機もで。説得力がある。


 でも、あの頃を含めて。「意図せざる加速」のクレームが最も多い自動車メーカーは、実際のところ。ノヴァルなのだ。事実、トーボ・モーター自身も、ノヴァル同様にオーナーたちから次々訴えられて、訴訟まみれとなりつつあり。原告たちは、トーボ車のエンジンや駆動力伝達装置トランスミッションの制御モジュールの欠陥を訴えて、それらのソフトウェアのソースコードを提出させようとしている……と聞いた。ノヴァルと違うのは、変速の方式が伝統的なオートマチックプラネタリー・ギアでないモデルもあり、そちらもコンピュータ制御なので。キャブラやキャビーネよりも込み入った話になって、訴訟の進行も遅れているらしい。


 というか、僕の読んだ反対尋問か何かで。BBLさん……つまり、ノヴァル側の代理人は「GUCAS:自動車システムC言語利用ガイドライン」をと、コードマン証人へ尋ねていたし。また、コードマン教授もバイエル技師も、ノヴァル以外の自動車メーカーの実情を知らないと証言していたので。

 ノヴァルやトーボ同様、苦情の多いモデルを路上に送り出していた他の自動車メーカーにとっても。世間の疑いの目が、電子制御やソフトウェアに向いてくるのはなるべく、いや避けたい筈ではなかろうか。自分たちが燃え上がらない保証もないのに、危機感を煽ろうとするだろうか?……と。


 それを言うなら、いわゆる「安全弁護士たち」が訴訟まみれにしてメーカー側から搾り取るために煽ったのだ……というほうがの感がある。実際、ノヴァル批判の急先鋒に立つ「髑髏マーク」webサイトの団体「自動車安全センチネル」は、NPO非営利団体ではないそうなのである。その件で、僕はロージーから。こういさめめられたことがあるのだ。


は営利団体よ。安全弁護士から依頼を受けて、訴訟投資会社litigation funding firmと『商談』したり、有利な証言をしてくれそうな専門家証人を紹介したり、実車試験を受託したりしている。公益のふりをして、営利事業でやっているの。あのTVショーの実験もが企画を持ち込んで、TV局から有償で受けていたのよ。』


 いやでも、それを言うと。ステイツ生粋のメーカーでも、同じ立場になるわけだから。ニックは、こう返してくるんじゃなかろうか……『そういった状況なのに、ノヴァルだけがバッシングされたわけだから、かえって怪しいんじゃないの?』と。

 ううう、色々考えているうちに何だか。熱が出て、頭の中が焦げ臭くなってきたみたいで。ようやく僕の口から出たのは――


「え、そこまでの事かな。というか、みんな…って?」

バレンデルうちの取引先に、と同郷のとこが結構あるんだ。樹脂メーカーとか、繊維関係の商社とかな。」

「へえー……。」

もこの話を持ちかけると、それはもう憤慨して。とてもよく喋ってくれるぞ。」

「商談テクニックなのか。」


 ホンゴクでは、思われている……ということだろうか?

 確かに、それなら。ホンゴクを代表する企業の製品が輸出先国で非難され、運輸省MOTはNUSAまで使って「濡れ衣」だった……と結論したわけだから。そう思うのは良く解る気がした。

 でも、だとしたら。「そのNUSAの報告ですがね…実はアレ、まだ解析が途中だったらしいんですよ? NUSA自身も箇所を幾つも挙げていまして、それであの結論なのは、どうなんでしょう? 確実な原因が見つからなかった、というのはその通りなのでしょうがね。」……という話を聞いてしまったら、ホンゴクの人たちは一体どうなってしまうのだろう?


 実は。「意図せざる加速Unintended Acceleration」を、ホンゴクで言うのか知りたくて。ネットの翻訳サイトで調べてみたことがある。それは確か、一番メジャーなクラウド企業の自動翻訳サービスで。ユーザーが訳文を訂正すると、それを機械学習するという触れ込みだったが。ものすごく長ったらしい単語を返してきたので、ちょっと驚いた。ホンゴク独特の表意文字を含んでいるにも関わらず、あったのだ。

 それで。そのとき僕は、あまり深く考えずに「翻訳の向き」をひっくり返すボタンをクリックした。これをすると、その20文字の異国語を「戻し翻訳」することになる。

 その結果は……


アクセルとブレーキのaccident caused by misapprication 踏み間違いによる事故of accelerator instead of brake pedal


 であった。

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