HAVEN'T CHANGED おかわりなく。

31

(もう順風満帆、というわけだ)


 適度に古びた、どの国にもありそうなオフィスビル……の一階に。

 いま「痩躯の男」が腰を据えている喫茶店は。ボックス席が適度な距離をおいて配置され、商談などの相談事に使われることも多い名門店で。どのボックスにも一人ずつ、年齢や恰好はバラバラの――いずれも真剣そうな顔つきでノート・パソコンに向かう客たち……で、均等に埋まっている。


 彼らに交じって、痩躯の男が開いているのも。それらと見分けがつかない……無個性な形をした銀色のマシンであり。決して大きいとは言えないディスプレイの画面いっぱいに、標準のwebブラウザを開いている。今アクセスしているのは、衛星写真をもとに構成された電子地図サービスだ。


(2013年……とあるな。去年の撮影か)


 手慣れたタッチパッド操作で。海岸と思しき、上下に走る不愛想な境界線のあたりを拡大していく。見覚えのある地形。大量に穿たれたエビ養殖池の跡……の近くに、例の建屋も映っている。街道沿いの、森のないエリア。今はただの荒れ地だが……痩躯の男には、違うふうに見えている。


(工業団地にしようと区画整理しかけて止めたのか。あるいは、一旦立ち上がったあとでさびれたのだろうか?)


 ウィンドウを切り替え、ほぼ同じような地形画像を出す。しかしそれは……暗黒のなかで静止するほたるのように光の粒が浮き出ている点で、さきほどの衛星画像とは違っていた。海岸線、特に河口のデルタ地帯から少し奥の辺りには、光点がおびただしい群れを成しており。そこから街道に沿って、糸を引くように溢れ出ていたが。次第にまばらとなり、例の建屋のあたりまで来ると、もうほとんど存在していない――暗黒そのものであった。


(ふむ。)


 あの建屋で。巨漢、タノン=モウドとやり取りしたことを思い出そうとする。確か、地域政府から「助成金カネが出た」とか言っていた。多分それはであろう……と。裏側に退いていたwebブラウザに戻し、あたりをつけて拡大していく。さきほどの荒れ地の、さらに陸側に……規則正しい幾何学模様が表れてきた。人造物ではあるが、見るからに建物らしくない。


(これか?……確かに、太陽電池ソーラーパネルにみえるが。)

 

 さらに拡大して周辺をチェック……すぐ傍にある大型アンテナを掲げる建屋は、通信施設にみえる。


(これがまだ5年ぐらいだとすると、以前はどうしていたのだろう?海老を水揚げするにしても、インフラが要るだろうに)


『ここで何が起ったのか、知らんだろ?』


 突然。男の脳裏に、巨漢モウドの声が蘇る。あれは確か、国際電話を――していて、受話器の向こうで。何か……言い争っているような空気に、興奮した猫の震えを聞き取れたとき――だったか。


『取り込み中か。あとにするか?』

『いや、よくあるんだ。気にするな。』

『通報義務があったんだから、捜索費用を出すべきだ……とか、言っているようだが?』

『なんだ。言葉、んじゃねえかよ。』


 巨漢の言うには。数学能力があるという条件で、スタッフ一名の斡旋を受けたとき。後になって、その人材紹介業の経営陣が「闇社会」の一端だったことが判明して。一時は警察などの相手で大変であった……というのだ。


『どうやら、ヤバイ事業の「隠れ蓑」にされたらしいのさ。』

『ヤバイ事業?』

『奴隷労働者の斡旋だよ。他所の国で出稼ぎを募って、言いくるめてサインさせるんだ。』

『つまり、それと知らず……に、か?』


 とはいえ、採用した人物は確かに優秀な若者で。今はメインスタッフとして、プログラム・コードを書いているらしい。

 しかし、警察がモウドたちを「御咎おとがめ無し」と判断して、良好な関係に戻った後になっても。「被害者」の家族たちが、国際人権NGOに連れられて。度々、やってくるのだという。


『こっちは……ちゃんと試験をして採用したんだし、話がきたときに白か黒か?なんてわかんねえよ。』

『じゃあ、に来てクレームつけても仕方ないんじゃないのか?』

だよ?』

『……。』


 感じ悪く頷いてる様子が容易に想像でき。いま着ているTシャツには、どんな柄が入っているだろう?——と思いながら無言でいたところ、巨漢のほうが根負けしたのだった。


『ああ、つまりな。「ここに働き口がある」というだったらしいんだ。』

、ということは……昔の養殖場の?』

『そうだ。もう放棄されて何年にもなるのにな。』


 この話だったか。あるいは、その流れで出てきた……何か別の話だったか?


『ここはな、兵糧攻めを食って廃業したらしいぜ。』

『兵糧攻め?』

『電気だよ。昔は「南」から送電してたらしいんだ。それがだな――買い手側の私企業の負担だったから。海老がうまく育たなくなって、儲からないから止められたっていう――噂だが。』

『今は?』

『蓄エネも含めて自前だよ……と、言いたいところだが、助成金でな。もっとも、このあたりに誘致目的のインフラを整備する口実が欲しかったらしいが。』


 男は、ディスプレイのなかの幾何学模様を眺めている。なにか、話に辻褄の合わないところがある……のを感じて。おもむろにブックマークを開き、web検索サービスを呼び出して。地名などのキーワードで、サーチを始める。

 そしてほどなく。検索結果のそれぞれに付記されているサイト概要の文字列のなかに……とても。

 とてもものを感じて、即座にノートを閉じる。


 あの辺りに養殖場shrimp farmがまだ多数あった頃。稚エビ孵化場ハッチェリーや冷凍施設も保有する契約バイヤー企業が、ホンゴクで有名なブランドの指定する認証会社を連れて来て。「ブランドに相応ふさわしくない事情」がないか確認する現地監査オーディットを行った……その翌日に。池の「解毒処理」に纏わるバイヤー企業のをうったえる為に、NGOや所轄大臣へ陳情行脚をしていた住民達が帰還して。その報告をしたことで、監査に協力していた「バイヤー派」住民からにあったこと――が読み取れたのだ。

 そのたぐいの調達先監査では、まさにが解決されているか?も対象となる――と、知っていた。


 痩躯の男は、閉じた瞼に指を当てている。


(まあ。、かもしれないな……)


 数分ほど、そうしていて。目を開けると。

 昼時に差し掛かったのか、数名で連れ立って来店するビジネスマンが増え始めていた。瘦躯の男は、ノートPCを書類鞄へ仕舞い、トランクケースの持ち手に括り付ける。


(では、そろそろ俺も。行くとしよう。)

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