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ECTS電制スロットルの、フェイルセーフだ。」


 あのとき。BBLバルブラウさんの考えや気持ちが、ほんとうに何も……読みとれない声に、僕は。当たり前だけど、「最終」というところに引っかかりを覚えて。


「最終……ですか?」

「何段階かあるフェイル・セーフのなかで、『最後の防衛線』という意味だ。」

「なるほど……?」


 BBLバルブラウさんは、どう続けようか考えているようだったので。僕はフロントガラスの向こうに目を移していた。

 このとき第二ここのパーキングには、D&D本部ヘッドクォーターのローヤー達や、ノヴァルの訟務スタッフで使う車を含めて、十数台も駐車していただろうか。その中の一番隅っこに、白い2ドア車が停まっていた。


(ビルが持ち主を探してるという車かな?)


「どの車に誰が乗ってきたのか」チェックせずにはいられないのは、如何にもビルらしい話で。

 確か……僕の「無線LAN監視デバイス」でも、車の到着は検知できていなかった。とはいってもそれは、ドライバーが無線LANを切っていたか、そもそもWifi機器が無かったかの……どちらかに過ぎないのだが。


 白いボディ。長めのボンネットと、天井ルーフからお尻テールへ緩やかに降りていくデザインには、ワイルドと言うよりは上品フォーマルな趣があった。前後の車輪を囲うボディ外板――『フェンダー』とかいう部分――に、少し凹みがあるだけで。ほかは十分に綺麗といえたけど、の年代物と伺えたからこそ、そう思ったのかもしれない。


「この最終フェイルセーフだが、昨年に有効性を確認するテストをした。」

「えっ。実際のキャブラで……ですか?」

「そうだ。とはいえ、ノヴァルも協力して、エンジンECMのスロットル制御システムに手を加えた。そうしないと人工的にUAオーバーランを起こせないんだ。」

「人工的に?……そんなことして、危なくないんですか?」

「シャシー・ダイナモという、ローラー台の上で行うから大丈夫だ。」


 なるほど。


――いや、「なるほど」じゃない。ぱっと聞いて、それだけで消化できる内容ではなかった。

 でも、BBLバルブラウさんは。僕の理解を待ってはくれず、すぐ続きを話していた。


「要はだ。UAがときに、ブレーキを踏んでみて、『最終フェイルセーフ』が作動するか?という試験だ。」

「で、どうだったんですか?」

「百発百中、作動した。」


 ほっ……と胸をなで下ろす僕だった。

 でも、そうなら何故。この話を持ち出したのだろう?


「それなら、よかったじゃないですか。」

「そうだ。ただし――」

「……ただし?」


 やっぱり、何かあるんだ。


「―――色々試して、が判った。」

「妙なこと?」


 思わずBBLバルブラウさんの顔を窺ったが、少し呼吸を整えて答えたときも。その静かな眼差しからは、何も読みとれなかった。


「ブレーキを軽く踏みながらUAオーバー・ランを起こすと、そのまま『奥』まで踏み込んでも、フェイルセーフは作動しない……ということ、だ。」

「!!」


 すぐ目の前の図に。ロージーが描いたとおぼしき、手書きの図へと目が行った。

「モニターCPU」の中の「エコー・チェック」。人工的に起こしたUA意図せざる加速というのは、この「エコー・チェック」で検出できるものだろう。

 つまり、右側のメインCPU側で異常が発生して、メインCPU側で把握しているブレーキのON/OFFの状態が更新されなくなり、左側のモニターCPUからやってきた(ほやほやの)ブレーキ状態と「一致」しなくなることは、「エコー・チェック」で検知できているのだ。設計の意図どおりに。


 では何故「ブレーキを軽く踏んでいると」検知できない……のか? メインCPU側で、ブレーキのON/OFFの状態が更新されないのは同じ筈だ。

 ON/OFFの状態が……


「あっ。」

「何だね?」


 今にして思えば。このとき初めて、BBLさんの声に「驚き」のようなものが混じっていたかもしれない。


「これ……たぶん、仕様どおりの動作ですよ。」

「どういうことかね?」

「ブレーキを踏むと、このブレーキスイッチがOFFからONに切り替わりますよね。」

「そう。だからメインCPU側のほうでOFFのまま更新されないと、エコーチェックで検知される。」

「でも、ブレーキを踏んだ状態で”おかしく”なるんだったら、メインCPU側はONのままだし、モニターCPUからくるほうもONじゃないですか。エコーチェックで比較してても、ON同士だったら検知されないですよね……。」


 と、一気にまくしてたてた僕……を観察しているBBL弁護士の顔には。『やはり、そう見えるのか』という表情が浮かんでいた。


「ごめんなさい、僕の言ってること……おかしかったでしょうか?」

「いや、それでかまわない。実際に――の話に行かせてもらおう。」


 あれ、いいのかな。


「先ほどは『人工的にUAオーバー・ランを起こす』と言ったが、実際に行ったのは……『アクセルの踏み込み量などをスロットル・バルブの開度に変換して出力するプログラム』を止めることなのだ。」

「はあ。」


 さっき、しまっちゃった方の図が欲しいんですけど。


「これを止めた後、スロットル開度はどうなる?」

「ブレーキの話と同じだとすると、止める直前の開度のまま……固定されるのでは?」

「その通り。」


 でも、そんな重要な『機能』を止めたら、ほかのフェイルセーフが動くんじゃ? も改造して反応しないようにしてあったのかな。


「次に、アクセルとブレーキを踏まない、としてみよう。」

「ええ。」

「アクセルから足をどけると、どうなるかね。」

「エンジンの回転数が下がっていって、アイドル回転数というのになるんでしたっけ……?」

「その通り。それでブレーキを踏んで、UAオーバー・ランを起こしたら?」

「アイドル回転数で固定される?」

「そうだろう。」


 ん?


「その状態で、フェイルセーフが動作しないまま、ブレーキを踏み込むと……どうなる?」


そうだろう。It would be so』?……『その通り。Correct.』じゃなくって……?

 微妙に違和感を覚えつつ、望まれていそうな回答をした。


「エンジンがアイドル回転数に落ちているなら、ふつうにブレーキを踏むのと変わらないと思います。」

そうだろう。It would be so

「ですが……」


 BBL氏が『身構え』たのが判った。


「この試験ですが、実際に『異常』が起きる場合と同じである……と、言ってよいのでしょうか?」


 BBL氏がしまい込んだ方の図では、アクセルの踏み込み量から変換して出力されたスロットル角は、そのままスロットル・モーターの制御には行っていなかったような気がするのだ。

 「クルーズ・コントロール」や、「アイドル制御」や、「車両安定化制御」などからも矢印が延びてきて、それらと『合流』していたような記憶がある。

 だからもし、そっちのほうが――


「あくまで、試験に限定した話だ。」

「成る程、それでしたら。」


……と、僕が揚げた白旗にかまわずに、BBL氏の弁舌が続いていた。


「付け加えておくと、この試験はそもそも原告側あちら専門家証人エキスパートの設計で、ノヴァル・エンジニアリングの協力で実現した。被告側われわれの意思で行ったものではない。」


 なるほど。でも何故そんな力説をするのだろう?……という思いは、フロント・ウインドウの向こうに現れた訪問者に遮られた。


BBLブブルゥ~!!」

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