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「……いっこうに直りませんね。」

「これはもう、『仕事しなくていい』ってことですかね……!」


 半年前のことで追憶にふけっていた僕も、このようにな会話を耳にしては中断せざるを得ない。


「直らないって、裁判所のサイトが……ですか?」

イカsquidとか……って出るだけ。全然、受け付けなくなっちゃったのよ。」


 やれやれ。つい先程、「これは長引くわよ」って言ったのはジェンだったよね?……と思ったけど、もちろん口には出さない。


判例法case law集のほうは見れるわね。」

「そっちは、まかせるわ。」


『エーリォも舌を巻いてたぞ。すごいな彼女、この州に居着くつもりじゃないか?』ってボスに言われるほど。この州の判例法を学ぶのに余念のないロージーに比べて、ジェンの淡泊なことといったら……。僕が口を挟むのも変だけど。


「殆ど紙で貰ってるでしょう、移してるんじゃないの?」

「うーん。うちのNLSCと合ってるか、確認したいことがあったのよ。」


 そろそろ介入しないとかな……半分はだし。

 ちょっと覚悟を決めて、口を挟んだ。


「さっき僕のほうで、裁判所のドメイン全体に繋げないようにしましたから。」

「何それ……どういうこと?」

「どの範囲までか分かりませんから。大事をとって切りました。」


 感染したコンピュータが、Webサイト自体を――利用者への攻撃の為に「改竄tamper」することもありえたので。これは正当な危惧だった。


「なるほど。……でも、一言あっても良かったんじゃない?」


 うわ、きた。

 とにかく頭を低くせねば……と、覚悟して。


「ごめんなさい。でも、本当にやらないと僕が主任ファーレルさんに怒られます。」

「『お前が常駐してる意味がないだろぉ?』って。」

「そうです。て言うか、巧いですね……主任の口真似。」


 ジェン、何か考えてる目をしている。

 ちょっと、やな予感……ロージーは判例法に没頭して、蚊帳の外に脱出してるし。


「でも、切っちゃったら。サイトがいつ直ったのか……直ってても判らないんじゃないの?」

「それはそうですが、こうするのが規則なんです。」

「こまるわー」


 本当に困るのなら、ロージーが援護射撃をしてる筈では?……と思って当人のほうを窺うと。耳の前で細い束になって下りる髪を、PCディスプレイでキラキラと照らしながら。単純シンプルに「関わりたくありません」という表情かおをしていた。


 僕は、それで何か。

「ピン」ときてしまった。


 おそらく、ジェンは……仕事と全く関係のない、全く別の裁判例ケースを見つけて。請求motionとか命令orderとかのを、ちょうど読みふけっていたところだったのでは? おそらく……そのデータを載せていたのは、停まった方のサーバではなかったのだろう。それで「火事場の鑑賞」が佳境に入ったところで「切られて」しまい、やり場のない欲求不満に陥っているのでは……?。


違うわよIt's wrong。」

も言ってませーん!!」

「は?……復旧を確認しないのって違うわよね、って言おうとしたのよ。」


 ヒイィ……びっくりした、心を読まれたかと。ジェンって、時々こういうのあるんだよな。


「主任にメッセージを打ちますから、それで復旧の連絡を貰います。」

「あのひと、飛び回ってること多くない?」

「ですが……」

「だからよ。」


 言いながら。こちらに寄ってきて、思いっきり右手を差し出すジェン。


「何です?」

「わたしのファブレットを出して。外でアクセスするわ。」

「え。そこまでして?」

「良いから出しなさい。」


 僕が渋々、金庫を開けて。出してあげた8インチ画面のファブレットを。こっちを見ずに引ったくったジェンは、勢いよく扉から出て行って。自分のリワンゴのなかに閉じ籠もってしまった。


 ああ、久々だな……やるジェン。


 風圧に煽られた「販促くん」が揺れ続けるなか、僕は。

 ポータブルの「無線LAN監視デバイス」を出して、ジェンのファブレットがWiFi・APアクセスポイントスキャンを開始したのを見守った。


 スマートフォンを少し厚くした感じの、ちょっと武骨な見た目のデバイスは。WiFi・APをしたもので、利用者側で接続先を探している電波の強度も、かなり精緻に表示してくれるから。

 みんなには悪いけど、ここ第二の関係者が所持しているモバイル機器類は、既に全てを把握しており。出荷前に焼き付けられた物理MACアドレスは、その利用者と紐付けてリスト化していた。

 今。こういった利用があったことも、当然……記録することになるのだ。


 それも。ボスやビルのスマートフォンや、ジェンの巨大ファブレットだけ……ではなくて。無線LANが常時動いてるカー・ナビゲーション・システムも、である。

 つまり、ボスの「パストーラ」も、ビルの「マンファリ」も、タイツォータさんの「キロ・ワット」も。に近づいてくれば、判るのだ。

 すぐ横のガレージにいる「シェヴラテイン」も、始動すれば感知できる。


 わからないのは、ロージーのことだけ。

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