21
『例の「最終フェイルセーフ」にしても、一体どうしてああなったんだ?』
あの南国の、飛行場。
痩躯の男は――ホンゴク行きの便の中で。離陸を待つ間、巨漢タノン=モウドとのやりとりを思い返している。
この国では高級車であるノヴァル・キャブラを、中古とはいえ――わざわざ購入してまで「あれ」を開発してみせた。自動車用のソフトウェア開発からは暫く遠ざかっていた筈なのに。それほどの技術力がありながら、どうして……?
『……。』
あのとき。巨漢モウドは、聞こえないふりをしていたから。痩躯の男は、答えたくなるような誘導をした。
『ベッソー側でやったんだろう? エンジン
『俺たちが……どの辺りをやったのか、知ってるだろ? 裁判資料にも出たようだし。』
確かに。その資料は、
それによると……ノヴァル側で行ったのは、基本仕様の策定、ハードウェア・ソフトウェアへの機能の割り振り、モジュール設計、そして
世人なら。「一番重要なところをサプライヤー任せにしないとは……さすがはノヴァル!」と、褒め上げてくるところであり。実際その通りでもあるのだろうが。
そうは言っても。各センサー類からの入力値をもとに、どのように処理をして、どこへ出力させるのか?――といった、制御の大枠を決めていくところ:すなわち「構成設計」は「✖」が付いており。つまり、「ノヴァルは何もしていない」――とされていたのだ。
『あのとき。ベッソーで改めて作らなくても、寄せ集めのサンプル部品でもできるぞ?……と見せつけたから、そういう分担になったんだろうが。』
何か、叱りつける口調になってしまったのを……少し、後悔している。
『スロットル制御が「
『モウさんの所為だろう?』
『……違うよ。』
静かな口調。嘘ではない否定だった。
――だとすれば。「盛り過ぎた」構成設計は、一体どこが?
(俺が見た裁判資料に、載っていないこともあるのだろうか。)
一連の「意図せざる加速」訴訟では、ベッソーは被告から外れていた。裁判所は証拠を提出させる「ディスカバリ命令」を、第三者に対しても出せると聞いているが。ホンゴク企業であるベッソーから、直に裁判所へ電子メールなどを提出した――ということはなさそうなのだ。
だから、おそらく……と、男は思考を巡らす。振動とともに景色が動き、離陸が始まったのだと知る。
(俺がモウドとともに、自動車の世界に初めて持ち込んだ「モデリング・ツール」……が、原因だろうな。どこが
二十年近く前。ステイツの西海岸で、あのソフトウェア企業に……今やノヴァルの最重要取引先となった、あのソフト屋の
『自動車製造業は、
――が口癖だったミニーキュは、俺たちがキャブラの設計支援用に導入したモデリング・ツールを、いつの間にか自動コーディング・ツールへと変えてしまった。
ソフトウェア・コードの自動生成は、確かに最初からあのソフト屋が目指していたことだったが。俺たちはぜんぜん本気にしていなかった。しかし、それこそが……コーディングに関心のない「制御家」を魅了し、奔走させたビジョンだったのだ。
ノヴァル量販車種で初めてスロットルを完全に電子制御化する
それを追うようにして、秘密裏に進んでいるプロジェクトがあったのだ。
それが一体何なのか……わかったのは、二代目パストーラが発売されて落ち着いた頃。そのハイブリッド動力統合装置のECUが、自動生成されたソフトウェア・コードで動いていることが公表されたのだ。ほんとうに機械へコードを書かせるとは!? まさに新時代の到来だ……!
折しも、自動車に組み込まれる電子制御は着々と増えていっており。ノヴァルだけでなく、どの自動車メーカーでも、同じ方向へと走っていた。
だから。モウドたちの立場も、「プログラマー」から「プログラム検査員」に変わるべきなのだと、ホンゴク・ノヴァルが考え出すのも時間の問題であった。
まさに今、離れようとしているこの国にて。かつて設立されていた「スワール通商」は、本来は(ベッソーに任せない)コーディング作業のためのものだったのに。その責任者として、巨漢タノン=モウドが任命される筈だったのに。
(俺が異動になっていなければ、力になってやれたか?……いや、無理だな。)
好き勝手にモデリングする連中の所為で、自動生成ツールの吐き出すソース・コードは、およそ人の目で読めたものではない――と、モウドはよくこぼしていた。
コードの目視検査はツールから吐き出されるスピードに追いつかず。ミニーキュが指揮するホンゴクの開発部隊は、またもあのソフトウェア企業が次々と作り出した「テストツール」や「検証ツール」に頼って、スワールへの発注を避けるようになった……と聞いた。
『出来レースさ。
7年ほど前に。ノヴァル内部で「クーデター」が起きて、ストローワ=ミニーキュが開発の
スワール通商を畳むのを機に、自らノヴァル・グループを辞めて。この国へ残ることを選んだのは、もう10年も前のことだから。
『モデリング・ツールを駆使する設計。
『だから、なんだ?』
『さらに先端の何かを持ち込んでくる
『……。』
誰もが世界でトップを争うレベルと認めるC言語プログラマー、カベン=ドルト。奴が、初代パストーラのハイブリッド制御コードを開発してから、十年ほどの間に三回も「クーデター」が起きたことになる。
(これは、正常なのだろうか?)
轟音とともに、地面が遠ざかっていく。いつものように空は晴れ、潜り抜ける雲など一つもない。
(モウドが他の二人と違うのは、最早ノヴァル・グループに在籍していないこと。だけ、ではないな……)
痩躯の男を捉え続けようとする思考は。北に向けて旋回中、機下に広がる海岸地帯を目にすることで。あっけなく雲散霧消していく。
椰子の木々が街道沿いに並ぶのが見え、その先に。あの、見覚えのある建屋が姿を現したのだ。
(ほぉ?……見えるのか。)
思わず巨漢の姿を探すと。海の近くに、それらしい影が。さらに別の影に向かって、何か指示をしているように見えた。
(あんなところで、一体何を?)
そこで、はじめて認識する。
海岸へ穿たれて醜く並んでいた「穴々」が。建屋の近辺だけとはいえ、きちんとした形状の区画に整えられて、なみなみと水を湛えていることを。
(陸の方にも、もっと穴があった筈だが……
……おや、あれは?)
遙かに大きくなった「池」どうしを仕切る、細い土手の部分が。何か緑色に、こんもりと茂っているのだ。
(まさか、木を植えているのか?)
思わず、確かめようとするが……その光景は。
ゆっくりと主翼の下へ、隠れていってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。