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 誰にでも居ると思うのだけど。

 嫌ってるとか、嫌われているとか…とは別の次元で。自分とは全然ペースの合わないタイプ……の人が。


 このとき車体シェヴラの右側からフロント・ウィンドウに貼り付いて、助手席のほうをドンドン叩きながら呼んでいる年配の女性がその。


BBLブブルゥ~!!」

「……!」


 呼ばれたBBLバルブラウ氏の反応は素早かった。目と左手で挨拶をして、右手で助手席ドアを開けていく。それで支えを失い、ダッシュボードからずり下がっていく図面……のほうは、僕の手元へと寄せて折り畳んで―――いると。ほぼ同時に、ガラスドアから出てきたビルが、こちらへと駆け寄って来るのが見えた。


「今……ご到着ですか、ダイクさん。」

「いったい、こっちの暑さは何なの……?」

「事務所の中は快適ですよ、スペース狭さはともかく。」


 筆頭パートナーであるマリエル・ダイク弁護士。この方、開拓時代の肝っ玉母さんがダークスーツでガッチリと武装してる様で、なんだか落ち着かない気持ちになるのだ。

 なので、いつでも挨拶できるように。でも、目立たないように。ひっそりとBBLさんの影に隠れていた……が。

 きちっとセットしたショートカットに収まった、年齢を感じさせない笑顔が。あっさりとBBLさんの横をすり抜けてきて、ロックオンされてしまった。


「おや? マットロウさんも、ご苦労ですねGood, keep the fine work。」

「……は、はいぃ!」


 幸い、BBLさんは助手席で座ったままだったので。僕には起こらなかったのだが。代わりに標的となった(?)ビルの……額に浮かぶ汗が、暑さとは原因によるものに変わっていくところを、僕は見てしまった。


(ああ、ビルが犠牲に。アーメン……ダイクさんのとこ、夫婦そろって『ハグ魔』なんだから。)


 最初にお会いしたのが、ここの開設直後でバタバタしてた頃だったか……珍しく東海岸のほうに行っていたときで。

 旦那さんのほうも、別のロー・ファームのパートナー弁護士だそうで。どういう場だったか思い出せないけど、代わる代わるハグされてもう大変だった。


には気をつけなさいね。』


 ――と、囁かれたのは、そのときだったと思うのだが。そのころには、ロージーも、ジェンも……そして三年前に退職したサラも。出張所ここへの配属が決まっていたので、マリエル所長が「誰のこと」を言っていたのか……今でも判らない。


「さあビル、ダイクさんを中へ。ここは陽射しが強すぎる。」

「少し太ったんじゃない、ビル?」

「あはは……おっと。そちらのバッグも、お持ちしますよ。」

「ありがとう。じゃあBBL、また後で。」


 そのやりとりを、ちょっと胸をなで下ろしながら見ていた僕の目に。何か、妙なものが飛び込んできた。バーガンディ・レッドの中に臙脂色コチニールで浮き出たそれは、と繋がり……ひどく崩れた筆記体文字のようで。


曖昧ambiguous不明瞭obscure漠然vague……?』


 すぐに、只の模様に戻った……と思ったら、それも消えて、古いSUVのお尻が映し出された。

 それでようやく、運転手側のサイド・ミラーを見ていると気づいて。BBL氏がドアを閉じていく途中で、隣に停まったSUV――ジェンの「リワンゴD」の内装が写ったのだろう、と。


 そう、ジェンは何時も。パーキングに停めたSUVで、車内にカーテンのような布を下げて「目隠し」にしていたのだ。

 その生地は、模様があると気づかない程度コントラストの『模様pattern』で覆われていて……それはジェンを知る者にとって、もう「当たり前」になっていたもので。

 何故かといえば、彼女の身につけるものには、大抵その『模様pattern』が。に入っていたから。それが彼女の「好み」なのだろう……としか、思われていなかったので。


(鏡に反射して、文字に見えるようになったのだろうか?)

 BBLさんの肩越しに見ても、リワンゴの車内に下げられた布を覆い尽くしているのは……よくある唐草模様アラベスクにしか、見えなくなっていた。

 まあ。そのように読めたというのも一瞬だし、気のせいかもしれない。


 そうそう。マリエル・ダイク所長は?――といえば、既に事務所の内に入っていて。この暑さで小脇に抱えてたショールを、たぶんビルの勧めで(?)「販促くん」の「首」に掛けてあげているところだった。

 で猛烈に暑苦しくなった「販促くん」の様子と、携帯電話を「徴収」しようとしてハグに捕まったファーレル主任の表情に。笑いを堪えているうちに、『模様pattern』のこと等どうでもよくなった僕なのだが……。


 状況を挟んだこともあって。

 BBLさんから投げかけられた質問は、かなり唐突なものと感じた。


「きみの業界で、『コーディング規約』は普通なのか?」

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